SaaS型企業への変革:収益の安定性高まる

ナスダック[NDAQ]は、1971年設立の金融サービス企業です。世界最大級の電子取引所「NASDAQ」の運営で知られる世界的にも有数の取引所グループです。取引所は他にも、フィラデルフィア証券取引所やボストン証券取引所、また北欧・バルト地域諸国にも取引所(Nasdaq Nordic)を運営しています。一方、近年では、SaaSやFinTech(フィンテック)への多角化を推し進め、金融テクノロジー企業(FinTech企業)へと変革を遂げており、現在展開する事業は、祖業の「市場サービス事業」に加え、「資本アクセスプラットフォーム事業」「金融テクノロジー事業」という3つの事業セグメントで構成されます。

【1】取引量に応じた手数料収入を得る中核の「市場サービス事業」

祖業の市場サービス市場では、米国・欧州を中心に、株式、オプション、デリバティブ、債券、商品(コモディティ)取引を扱う計19の取引所を運営するほか、清算・決済サービスを提供しています。取引所として世界最大級を誇り、米国のマルチリストオプション市場で29%、米国現物取引市場で28%、欧州現物取引市場の72%のトップシェアを誇ります。世界中で頼りにされている主要な取引所運営会社といえるでしょう。

一方、同社は長年、取引量に応じた手数料収入を得る「市場サービス事業」を中核としてきましたが、この事業モデルは市場の出来高やボラティリティ次第で収益が縮小したり跳ね上がったりするため、収益の安定性という点で課題がありました。そこで同社は、マーケットインフラに依存する構造から脱却し、SaaS型の金融テクノロジーやデータサービスを柱とする多角化戦略を本格化させました。

2024年度には、市場サービス事業は全体の22%まで縮小し、他の2事業は拡大。資本アクセスプラットフォーム事業が最大事業に成長し、42%を占めるまでになっています。金融テクノロジー事業は35%ですが、最も勢いがあり、収益はこの2年間で倍増しています。SaaS型ビジネスを中心とする2事業の成長により、SaaSによる収益は全体の4割を構成するまでになりました。これによりARR(年間経常収益)は2020年からの5年間で約40%成長し、ARR比率は37%→45%と変化しています。収益が取引依存からサブスクリプション型に移行しており、収益の安定性が高まってきたことがわかります。

特にここ数年は、金融犯罪防止(Verafin)、規制報告(AxiomSL)、リスク管理とトレーディング(Calypso)といったリカーリング収益が見込めるFinTech領域の強化を進めており、収益構造の安定性と成長性の両立を図っています。

【2】上場からIR支援までワンストップで支援する「資本アクセスプラットフォーム事業」

この事業セグメントでは、上場支援からIR支援、ESG情報管理、指数ライセンス提供、データ分析などに至るまで、ワンストップで提供できる構造となっています。SaaS型プラットフォームが中心で、近年では特にSaaS型IRツールやガバナンス支援ツールへの需要拡大を受け、ARRは2017年から年平均9%拡大し、収益は年平均12%で拡大、また営業利益率は4.3ポイント上昇しました。

このセグメントはさらに下記の3つのサブセグメントに分けられます。

「データ&リスティングサービス」

データ配信(Nasdaq TotalView、Basic)や新規上場(IPO/SPAC/ETP等)支援を提供します。ETPやETF上場も多く、低コストインデックス需要に対応し成長しています。IPOのWinrateは過去5年間平均して74%、最近では81%に達しています。

「インデックス」

Nasdaq-100を中心に400超の指数を開発・ライセンス供与しています。指数使用料(ロイヤリティ)やETF連携によるフィー収入が主な収益源で、過去5年間年間平均21%のペースで成長しています。

「ワークフロー&インサイト」

ESG開示支援(Metrio)やIR管理ツール(Boardvantage)、資産運用可視化ツール(eVestment, Solovis)などを提供します。売上の85%がSaaS収益という安定性の高い収益源となります。

【3】SaaS×アップセル&クロスセルで勢い増す「金融テクノロジー事業」

最も成長が加速している事業セグメントで、中長期での成長ドライバーに位置付けられます。この事業セグメントは、2021年に、金融犯罪対策ソリューションを提供するVerafin(ベラフィン)を27億ドルで買収して始まりました。その後、2023年にリスク管理および規制ソフトウェア会社Adenza(アデンザ)(Calypso、Axiom SL)を99億ドル(現金57億5000万ドル、残りは株式)で買収したことで、成長が加速しました。主に、金融犯罪検知ソリューション(Verafin)、規制報告・リスクデータ管理プラットフォーム(Adenza・AxiomSL)、トレーディング&リスク管理プラットフォーム(Calypso)などのSaaSプロダクトを提供しています。近年高まる、RegTechへの需要を享受しており、例えば、Verafinは「AI+クラウド」による誤検知率の低いAML検知を競争力として、2600以上の金融機関に採用されています。

また注目したいのは、アップセルやクロスセルが効きやすい事業であることです。例えば、足元2025年第2四半期にトレーディング&リスク管理のCalypsoは、新規顧客2社+アップセル37件+クロスセル1件を獲得しました。Calypsoは、トレーディング、清算、リスク管理、ミドル/バックオフィス業務を一元化するSaaS型プラットフォームです。アップセルはアカウント追加や機能追加などによります。例えば金利デリバティブのトレーディングだけ使っていたところ、他の取引にも拡張したり、リスク管理機能を追加したり、さらにVerafin(AML)を組み合わせたりと、一つの顧客で多数の収益源を獲得することに成功しています。契約金額やSaaS使用量を引き上げることで、ARR(年間経常収益)の着実な積み上げにつながっています。マッキンゼーによると、フィンテック業界は今後数年間、年間+15%の成長が予想されていることからも、金融テクノロジー事業の展開は収益拡大の大きなチャンスとなることが期待されます。

中長期で堅実なリターンが期待できる銘柄と評価

堅実なキャッシュ創出力は、株主還元の源泉となっています。配当利回りは1%程度で高くありませんが、13年連続増配の実績、そして高い増配率が続けられていることが魅力です。例えば、同社の年間平均増配率は過去5年間、および3年間においては10.5%、ここ1年間においては12.5%と、一貫して高い増配率が維持されています。また配当性向は44%、フリーキャッシュフロー配当性向は30%と余裕が残されていることも将来の増配可能性を物語っています。短期的には買収によるコストが重荷になる可能性がありますが、中長期での収益性改善・EPS成長が見込まれます。

【図表1】ナスダック[NDAQ]年間配当推移
出所:Bloombergより筆者作成
※2012年~2025年、2025年は予想値(直近四半期実績を通期換算)
【図表2】ナスダック[NDAQ]とS&P500の株価推移比
出所:Bloombergより筆者作成
※ナスダック[NDAQ]株価は2002年7月31日を1とした数値