業界を象徴する二大企業を統合

アナログ・デバイシズ(ADI)[ADI]は、高性能アナログ、ミックスドシグナル、パワーマネジメント半導体の分野におけるリーディングカンパニーです。同社は、データコンバータ、アンプ、無線周波数(RF)製品、パワーマネジメント製品、センサー、プロセッシング製品など、幅広い高精度部品を展開しています。これらの製品を、産業、自動車、通信、コンシューマーの4つのエンドマーケットに提供しています。最近では、特に工場自動化やデータセンターにおける配電需要の増加が追い風となっています。

同社の創業は1965年。当時から現在に至るまで、同社が一貫して追求してきたのは「現実世界の曖昧な信号を、デジタルの正確な言葉に翻訳する」という、極めて難易度の高い技術です。デジタル半導体が「計算」を司る「脳」であるならば、アナログ半導体は、光、音、温度、振動、位置といった物理現象を捉える「五感」であり、それらを動かすための「神経や血管」です。この分野は、デジタル回路のように設計の自動化が容易ではなく、熟練したエンジニアによる「職人芸的なチューニング」が不可欠です。

ADIは創業以来、この「解けない問題」に挑み続けることで、競合が容易に真似できない参入障壁を築いてきました。現在のADIは、2017年にリニアテクノロジーを、2021年にマキシム・インテグレーテッドを統合し、業界を象徴する二大巨頭の技術を取り込んできました。もはや単なる部品メーカーではありません。物理世界を制御するための「究極のポートフォリオ」を持つ、インフラ企業へと進化を遂げました。

競争力:物理世界とデジタルをつなぐ、替えの効かない圧倒的な技術力

強みは一言で言えば「物理世界とデジタルをつなぐ、替えの効かない圧倒的な技術的支配力」です。その強みは、以下の3つで構成されます。

1.職人芸的なアナログ技術の蓄積

光、音、振動といった物理現象を捉えるアナログ信号処理は、設計の自動化が難しく、数十年に及ぶエンジニアの経験が参入障壁となります。

2.長寿命製品とストック収入的側面

ADIのチップは、一度デザインイン(設計に組み込み)されると、その製品が生産される10年~20年にわたって採用され続けます。例えば、医療用CTスキャナや航空機の制御システムにおいて、動作が保証されたチップを他社製に変更することは、膨大な再検証コストとリスクを伴います。

「ストック型ビジネス」に近い安定性があるため、将来のキャッシュフローを見通しやすく、次の投資判断もしやすくなります。

3.「フィジカルAI」におけるポジション

AIが現実世界で機能するには、正確な「五感(センサー)」と効率的な「血管(電源管理)」が不可欠です。この点でADIは、AIの脳(エヌビディア[NVDA]など)が物理世界を動かすために必要な「神経系」を独占的に提供しています。

2025年8月にレポートしたモノリシック・パワー・システムズ(MPS)[MPWR]も優れた企業ですが、その「土俵」と「稼ぐスタイル」に明確な違いがあります。MPSの強みは、独自のプロセス技術を用いた「電力効率の極限追求」と「小型化」です。特にデータセンターのGPU向け電源管理(PMIC)において、そのスピード感と高効率設計は他を圧倒しています。

対するADIの強みは、信号処理から電源までを統合する「システム全体の総合力」にあります。MPSが「特定の電力課題に対する鋭い解決策」を提供するのに対し、ADIは物理現象をデジタル化してから制御するまでの「全工程」をカバーします。今回の決算でも触れられた、注目のフィジカルAIにおいては、MPSが「AIの動力源」を支え、ADIが「AIの五感と神経」を司るという、補完的な役割を担っています。

また、テキサス・インストゥルメンツ[TXN]との違いは、注力領域にあります。ADIは高性能産業、航空宇宙、AI駆動型通信への依存度が高い一方、テキサス・インストゥルメンツは幅広い産業および組み込み分野に重点を置いています。

全てのエンドマーケットに追い風:高付加価値製品の拡大で、利益改善つづく

成長エンジンは、単なる部品供給から高付加価値なシステムソリューションへと進化しています。同社は、産業、自動車、通信、コンシューマーの4つの主要なエンドマーケットで事業を展開しています。2025年10月期の売上構成比は、産業45%、自動車30%、通信12%、コンシューマー13%でした。注目は、4つのエンドマーケットすべてが好調で、いずれの市場でも追い風が吹いていることです。

産業部門では、ロボティクスや医療計測等の「インダストリー4.0」加速により、エッジへの知能実装が進んでいます。高精度センシング等の利益率の高いソリューションへの移行が追い風となっています。

自動車部門では、EV1台あたりのADIコンテンツ搭載量が内燃機関車の3倍以上に達しています。バッテリーマネジメント(BMS)や先進運転システム(ADAS)等の安全基盤をシステムレベルで圧倒的なシェアを獲得しており、次世代アーキテクチャへの移行に伴い、2桁台前半の持続的な成長が見込まれます。

通信部門は、AIインフラの消費電力増大が構造的な追い風です。低レイテンシと電力効率に不可欠なタイミング・電源ソリューションは、一時的な急増でなく、長期的な需要として定着しています。

コンシューマー部門では、低利益率製品が足を引っ張っていましたが、最近ではウェアラブル等の高IP領域へ転換し、利益の質を向上させています。

全体として、EVパワートレイン、自動化プラットフォーム、データセンターAIインフラなどの高付加価値領域に供給する製品は、安全性が重要視される設計やシステムレベルの設計に使用されます。そのため、価格下落の影響を受けにくい傾向にあります。加えて、工場稼働率の上昇による利益改善も見込まれます。

フィジカルAI:AIの「物理層」で優位性

注目したいのは、「フィジカルAI」です。ADIはこれまで「アナログ技術の雄」として君臨してきました。今回の決算資料(説明資料やトランスクリプト)からは、同社が「AIの物理的実装(フィジカルAI)」における主役へと変貌を遂げたことが読み取れます。この領域では、創業から培った「高精度な信号処理」が、今やAIが現実世界を正しく認識し、制御するための「五感と神経」そのものとなります。フィジカルAI(ロボティクス、自動運転、スマート製造など)が成立するためには、以下の3つのプロセスが不可欠です。

1.センシング:AIの「五感」の解像度

フィジカルAIが現実世界で正しく機能するためには、振動、温度、圧力、位置といった微細なアナログ情報を、極めて正確にデジタル値に変換しなければなりません。ADIは、買収したマキシムやリニアの技術により、微細な信号をノイズなく増幅・変換する業界随一の能力を持っています。例えば、外科手術ロボットの微妙な圧力感覚や、協働ロボットの衝突検知において、ADIのチップは「AIが判断を下すための根拠(データ)」の質を担保しています。

テキサス・インストゥルメンツ[TXN]は汎用品で圧倒的な規模を誇りますが、ADIはより「極限の精度」が求められるハイエンド領域に特化しており、フィジカルAIのような高度なシステムではADIが優先的に選ばれる傾向にあります。

2.インテリジェント・エッジ:AIの「反射神経」

フィジカルAI、例えば自律走行ロボットや工場の自動化アームは、コンマ数秒の遅延(レイテンシ)も許されません。今回の決算説明会でも触れられていましたが、ADIはセンサーが捉えたアナログ情報をその場で即座に処理する「インテリジェント・エッジ」に注力しています。クラウドにデータを送って判断を待つのではなく、「現場のデバイスそのものに知能を持たせる」ための低消費電力・高精度なチップを提供できるのがADIの強みです。

これにより、顧客はADIから「ハードウェア+AIアルゴリズム」を一括で提供されることになります。その結果、ADIの収益モデルは単なる「チップ単価」から「ソリューション価値」へと引き上げられます。

3.バッテリー・マネジメント(BMS):AIの「スタミナ」

フィジカルAIの最大の課題の一つは「電力」です。自律型ロボットやドローンが、重いバッテリーを積まずに高度なAI処理を行うには、極限の省電力性が求められます。買収したリニアテクノロジーやマキシムの技術(パワーマネジメント)は、「AIチップが必要な時に、必要な分だけ、効率的に電力を供給する」ことに長けており、この点で優位です。今回の決算でも、データセンター向けの電力効率化技術が過去最高の受注を記録したとありましたが、この技術はそのままフィジカルAIの動力源管理へと転用されます。

なおADIのバッテリーマネジメントシステム(BMS)は、電気自動車(EV)市場で世界トップクラスのシェアを誇ります。バッテリーの残量や劣化状態を「誤差数ミリボルト」単位で測定できるこの技術は、自律走行ロボットの稼働時間を最大化するために不可欠となっています。特にADIが先駆けている「ワイヤレスBMS」は、ロボット内部の複雑な配線を不要にし、軽量化と故障率の低下に直結します。これは競合に対する大きな差別化要因です。

実際、今回の決算説明会でCEOのローチ氏は、「データセンター向けが過去最高の受注を記録した」と述べました。これはAIの第1波ですが、第2波は必ず「エッジ(現場)」で起きます。AIを搭載したロボットが工場を走り回り、ドローンが配送を行う未来において、それらを「物理的に制御する」アナログ半導体は、もはやオプションではなく「必須インフラ」となります。

持続的な成長と株主還元を実現しているキャッシュマシンとして評価

高いキャッシュ創出力

業績は好調です。その結果、キャッシュ創出力が高く、営業キャッシュフローとフリーキャッシュフローはいずれも長年プラスで推移しています。この12ヶ月(TTM)の営業キャッシュフローは51億ドル、フリーキャッシュフローは46億ドルと、最高水準に達しています。そしてフリーキャッシュフロー・マージンは39%と、製造業としては極めて高い水準を維持しています。これは100ドルの売上のうち、40ドル近くが「使い道が自由な純粋な現金」として残ることを意味します。製造業としては異常とも言える効率性です。

この潤沢なキャッシュは、成長投資と株主還元に、バランスよく振り分けられます。具体的には成長投資に15~20%、配当に40~60%、そして残った分を自社株買いで還元しています。実に柔軟性のあるアロケーションです。成長投資については、研究開発と工場の増強に充てます。特に、「フィジカルAI」を実現するための、高精度センサー、AIエッジプロセッサ、次世代パワーマネジメントICの開発が中心となります。ADIの製品は一度設計されると寿命が長いため、このR&Dは「未来の10年間の収益」を確定させるための先行投資といえます。

なお同社の製造では、高付加価値製品は自社工場で生産し、汎用品は外部委託しています。過度な設備投資リスクを避けながら製造コストを低く抑えることができ、これが39%という高いフリーキャッシュフロー・マージンにつながっています。

22年連続増配の記録

こうした好循環により、財務は健全です。四半期末の現金および短期投資は40億ドルとなり、純レバレッジ比率は0.8に低下しました。株主還元も優秀です。ADIは創出したフリーキャッシュフローの100%を株主還元することを約束しているからです。還元は、40~60%を配当金、残りを自社株買いで還元するとしています。なお、2025年度には自社株買いと配当金を通じて約40億ドルを還元しました。今期には、まだ第1四半期ですが、10億ドルを還元し、さらに四半期配当を11%増(1.10ドル)に引き上げました。これにより「22年連続増配」となります。

短期的な株価の変動はあると思います。しかし、同社が持つ「物理世界をデジタルにつなぐ技術」は、フィジカルAIの普及とともに、希少価値をさらに高めていくと思います。今回の決算で見せた「全市場での成長」と「大幅な増配」は、同社が次なる黄金期に入った合図だと思います。「AIを、現実の力に変える会社」。その筆頭候補として、ADIはポートフォリオの中核を担うにふさわしい銘柄と言えます。

【図表1】アナログ・デバイシズ[ADI]年間配当推移
出所:Bloombergより筆者作成
※2003年~2026年、2026年は予想値(直近四半期実績を通期換算)
【図表2】アナログ・デバイシズ[ADI]とS&P500の株価推移比
出所:Bloombergより筆者作成
※S&P500およびアナログ・デバイシズ[ADI]株価は1980年7月31日を1とした数値