世界40ヶ国以上で展開する金融機関グループ

モルガン・スタンレー[MS]は、ニューヨークに本拠を置く世界的な金融機関グループです。世界40ヶ国以上で、投資銀行業務や資産管理、証券取引など幅広い金融サービスを提供しています。従業員数は全世界でおよそ9万人を超え、2024年末時点の顧客資産はおよそ8兆にのぼります。

ジェイピー・モルガン・チェース[JPM]やゴールドマン・サックス[GS]、バンク・オブ・アメリカ[BAC]、シティグループ[C]等とともに、投資銀行業務の幅広い分野においてリーグテーブル上位に位置する世界有数の投資銀行です。特にM&Aアドバイザリー業務ではゴールドマン・サックスと並んでトップクラスのシェアを誇ります。

事業は、機関投資家向け証券部門、ウェルス・マネジメント部門、投資運用部門の3つで構成されます。近年、ウェルス・マネジメント部門が成長してきて、2024年12月期においては売上の46%を構成しました。機関投資家向け証券部門は45%、投資運用部門は9%でした。

【1】機関投資家向け証券部門

機関投資家向け証券部門(Institutional Securities:IS)では、企業や政府機関、金融機関に資金調達などの投資銀行業務、およびM&Aアドバイザリー、リストラクチャリング、不動産およびプロジェクトファイナンス、企業融資などを提供しています。

【2】ウェルス・マネジメント部門

ウェルス・マネジメント部門(Wealth Management:WM)では、主に富裕層に向けて資産運用、財務プランニング、プライベートバンキングサービスを提供しています。旧スミス・バーニーの統合やイー・トレードの買収を通じて、リテール金融サービスを強化し、個人投資家市場での競争力を高めました。

【3】投資運用部門

投資運用部門(Investment Management:IM)では、年金基金や企業、個人に対してエクイティ、債券、オルタナティブ投資、不動産投資、プライベート・エクイティの資産運用商品およびサービスを提供しています。

同社の設立は1935年。1933年のグラス・スティーガル法の制定を機に、旧JPモルガン(現在のジェイピー・モルガン・チェース)の投資銀行部門が分離独立して設立されました。以降、資本調達、証券取引、M&Aアドバイザリー、資産管理などで成長を遂げます。2007年からの世界金融危機では経営危機に陥るも、三菱UFJフィナンシャル・グループ[MUFG](8306)からの資本を得ることで生き残りました。そしてリーマンショック以降は10年以上にわたって、収益性と安定性を向上させる経営構造の改革を進めてきました。

金利上昇、不確実性に強いウェルス・マネジメント部門が成長

経営改革の中で、特にウェルス・マネジメント部門の拡大が重要なところとなります。2009年にはシティグループからスミス・バーニーを買収し、これがウェルス・マネジメント部門の成長の源泉となりました。同社の富裕層による既存ターゲット層を、この買収によって、より幅広い層に拡大することができました。

一方、投資銀行業務はボラティリティの高い事業です。経済の不確実性や金利が高まる局面では、企業買収や資金調達の機会が減り、その結果、企業を支援する手数料収入が減少するからです。実際、利上げ加速や景気後退懸念が高まった2022~2023年には、企業がM&AやIPOを延期したり、社債の発行を見送ったりしたことで、11%の減収27%の最終減益となりました。事業をみると、投資銀行業務を行う機関投資家向け証券事業の売上は18%減、利益は42%も減少しました。一方、ウェルス・マネジメントは0.7%の売上成長と9%の利益成長を遂げました。不確実性の高い中、人は的確なお金の預け先を求めるものです。

企業活動によって収益が急増・急減する投資銀行業務を、そうでないウェルス・マネジメントが支えているという事業構造となっています。ウェルス・マネジメント部門は基本的に、預かる運用資産残高の時価に連動する手数料ベースのストック型、資産管理型ビジネスで、安定性の高い収益基盤として、業績を下支えする重要な役割を担っています。収益基盤となる顧客資産は、2018年の2.3兆ドルから2024年には6.2兆ドルまで拡大し、売上高は全体の46%を構成するまでになっています。

中長期的な成長性:プライベート(未公開資産)市場

また、ウェルス・マネジメント事業の内でも次の成長ドライバーとして注目されるのがプライベート(未公開資産)市場です。米国には年間収益1億ドル以上の民間企業が17,200社以上あるとされます。そのうち株式公開されているのは4,060社程度とされていますが、プライベート市場での投資資金へのアクセスが拡大したことで、特に株式公開せずとも資金調達が可能になってきたためです。

プライベート市場は相場変動の影響を受けにくく、長期運用となる性質から、高い利回りを得られるのが特徴です。同社のウェルス・マネジメント部門が追跡してきた2つのプライベート投資戦略、ベンチャー・キャピタルとバイアウト/グロース・エクイティは、過去3年、5年、10年、15年、20年の期間にわたり、小規模公開企業のラッセル2000指数をアウトパフォームしていると言います。投資家にとってもリターンの高い資産運用となります。

こうしたことからプライベート市場は急成長しています。投資データ会社のPreqinによると、その運用残高は2010年の4兆ドルから2023年には16兆ドルまで拡大したと報告されており、さらに2026年には24兆ドルまで拡大すると予想しています。

また、プライベート市場は成長が見込まれることに加えて長期運用となることから、資産残高の拡大に伴い収入が増えやすく、公開市場よりも高い手数料収入が得られる安定性の高い収益源となります。

業績:記録的な株式トレードと投資銀行業務がけん引し過去最高を記録

2024年度はディール環境が良かったことから、投資銀行業務による手数料収入は35%増、機関投資家向け証券部門の純収益は22%増を記録。第4四半期には45%という伸びを記録しました。2025年第1四半期(1月~3月)も好調で、売上高に相当する純収益は、四半期最高の177億ドルで、前年同期を17%、市場予想も7%上回りました。また1株当たり利益(EPS)は2.60ドルで、前年同期を29%、市場予想を19%上回りました。なお退職金費用と税制優遇を除いた調整後のEPSは2.56ドルで、これも市場予想を16%上回りました。

業績をけん引したのは、投資銀行業務とトレーディングを展開する機関投資家向け証券部門でした。特に伸びたのが株式トレーディングで、ヘッジファンドなどを顧客とする「プライムブローカレッジ業務」がアジアで好調だったほか、ボラティリティの上昇でデリバティブも増加したことなどにより、45%増の41億2800万ドルと過去最高を記録しました。トレーディングでは債券・通貨・コモディティ(FICC)取引も5%増の26億400万ドルと堅調でした。

投資銀行業務では、手数料収入は第4四半期の伸びに比べると減速したものの、アドバイザリー業務と債券引き受け業務の収益が増加し、15億5900万ドルと前年から8%増加。市場予想も6%上回りました(内訳:助言業務の手数料収入は22%増の5億6300万ドル、株式引き受けは26%減の3億1900万ドル、債券引き受けは22%増の6億7700万ドル)。これらの結果、機関投資家向け証券部門の純収益は28%増の89億8300万ドルとなり、過去最高の四半期を達成しました。

ウェルス・マネジメント部門の純収益は7%増の73億2700万ドルと予想通りで、堅調に推移しました。市場予想を10%上回る938億ドルの資金が純流入し、手数料ベースの顧客資産は11%増加し2兆3500億ドル。全体の顧客資産は6兆ドルと堅調に推移しています。投資運用部門も好調で、純収益は16%増の16億200万ドルとなりました。資産残高(AUM)は1兆6470億ドルで前年同期から9%増加。ウェルス・マネジメント部門と資産運用部門の顧客資産は7.7兆ドルとなりました。

リスク:ディール減少の可能性

顧客資産が8兆ドルに上り、安定性の高い収益基盤も成長してきたことで、事業基盤が固められましたが、リスクを無視することはできません。金融株は金利低下の中、規制緩和をうたうトランプ大統領の当選によって大きく上昇しました。ディールメイキングが活発化することが期待されたからです。ところが現在は、関税の不確実性、金利が上昇、経済減速懸念が高まるという状況で、ディールは減少している可能性が高いです。

また、トランプ政権による富裕層向け税制改革も投資運用部門とウェルス・マネジメント部門のリスクになる可能性があります。トランプ米大統領は、投資ファンドの運用者が得る成功報酬に対する税優遇措置を廃止することを提案しています。実現した場合、運用者の報酬体系が変わって投資家にも影響が出る可能性があり、そうなると同社では投資運用部門の成功報酬に関連する収益(2024年度は約2億ドル)ウェルス・マネジメント部門の一部の顧客に影響します。なお、トランプ政権第1期目の提案では実現しませんでした。

積極的な株主還元と割安感を評価

第1四半期の業績は市場予想を上回る好調な内容でした。ただし足元では、経済不確実性が高まっており、見通しを立てるのが困難です。関税政策がどう落ち着くのか、その経済への影響は実際どのようなものになるのか…。見通し困難な中で、企業は活動を先延ばしにしたり、逆に前倒しでやっていたりする状況です。実際、経済が悪化した場合、M&AやIPOは減少し、顧客のリスク選好が低下します。そうなると収益が減りますが、リーマンショック以降、安定性を高めてきた同社は、特にウェルス・マネジメント部門の存在によって影響を軽減することができる力があると思います。

逆に金利が低下し経済が上向けば、投資銀行業務は活発化し、トレード収入も増えることになります。ただし、この場合は競合のゴールドマン・サックスのほうが受ける恩恵が大きくなる可能性が高いです。財務面からもリスク耐性は高くなっており、Moody’s、S&P、Fitchの主要機関から「Aレンジ」の長期格付けを獲得しています。第1四半期末時点の普通株式等Tier 1(CET1)自己資本比率は15.3%で、必要要件を1.8ポイント上回っています。

同社では配当と自社株買いで利益を還元しています。配当は11年連続で増配されており、配当利回りは3.43%と競合の利回りを上回っています(ゴールドマン・サックス・グループ[GS]2.40%、チャールズ・シュワブ[SCHW]1.46%、ジェイピー・モルガン・チェース [JPM]2.44%)。

一方、自社株買いですが、200億ドルを上限とする自社株買いプログラムを2024年度第3四半期から開始しました。現在の時価総額6,390億ドルの3%に相当します。2024年度の年間の買い戻しは32億5,000万ドルで、株式数は1.2%減少しました。今期2025年第1四半期は800万株を10億ドルで買い戻しました。有効期限は設定されていませんが、引き続き自社株買いによる1株当たり価値上昇が見込まれます。

株価は下落が続いていますが、経済の不確実性が高く、不安定ではありますが、セクターの中でも高い配当利回りと大規模な自社株買いプログラムが進行していることを考慮すると徐々に割安な水準になってきたと見ることもできると思います。

【図表1】モルガン・スタンレー[MS]年間配当推移
出所:Bloombergより筆者作成
※1995年~2025年、2025年は予想値(直近四半期実績を通期換算)
【図表2】モルガン・スタンレー[MS]とS&P500の株価推移比
出所:Bloombergより筆者作成
※モルガン・スタンレー[MS]株価は1993年2月26日を1とした数値