相場は平均回帰だけではなく、逆方向に過剰に動くという「振り子のような動き」をすることがある
世界的規模の最初の金融危機、ブラックマンデー
1987年10月19日、米国株式市場のダウ工業株30種平均が508ポイント、約23%下落した。一日の下落率としては史上最大で、この記録は今なお塗り替えられていない。この日、ニューヨーク証券取引所の時価総額は5000億米ドル以上減少し、1914年の第一次世界大戦開戦以来最大の損失となった。1982年8月から続いていた強気相場に終止符が打たれた瞬間でもあった。
この日が月曜日であったことから「ブラックマンデー」として記録されている。この暴落は主に自動売買プログラムの導入によって生じた「売りの連鎖」と、それを受けた投資家のパニックが原因だったと言われている。損失を限定するため、一定の損失額に達すると自動的に株式が精算されるようにプログラムされており、これがドミノ効果を引き起こした。このドミノは世界中の取引所を下落させ、さらに売り圧力を強めた。
1987年の株式市場の大暴落は、電子取引の出現によって世界の金融市場がいかに相互接続されるようになったかを示す世界的規模の最初の金融危機であったと言える。米国市場の急落は瞬く間に世界の株式市場に広がった。10月19日から23日にかけて、ロンドンの株式市場は25%、東京では日経平均株価が13%下落した。シカゴ・オプション取引所とシカゴ・マーカンタイル取引所は取引停止を余儀なくされた。
ブラックマンデーの根底にあったもの:インフレ率の上昇、米ドル安、保護主義の台頭や地政学リスクの高まりなど
皮肉なことに、ポートフォリオをリスクから守ろうという意図のもと設計されたプログラム取引が市場を撹乱する要因になったというわけだ。しかし、プログラム取引は表層的なものに過ぎない。この出来事の根底には、インフレ率の上昇、米ドル安、保護主義の台頭、米国とイランの緊張という地政学リスクの高まり、さらには長く続いた景気拡大に対する懸念が反映されていた。
ブラックマンデーが起きる2年前(1985年)、米連邦準備制度理事会(FRB)は他のG5諸国(フランス、西ドイツ、英国、日本)の中央銀行とともに、国際通貨市場において米ドルの価値を引き下げることに合意した。米国の貿易赤字の拡大を抑制するためにドルを意図的に切り下げることが目的だった。会場となったのはニューヨークのセントラルパークすぐ横にあるプラザホテルだったため「プラザ合意」と呼ばれている。
暴落前の1987年2月にはプラザ合意によってもたらされた急激なドル安に歯止めをかけるためにG7(米国、日本、イギリス、西ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)が、通貨安定に向けた協調介入を行うことで合意した。「ルーブル合意」である。
レーガノミクスやコンピューターの出現など、1980年代は激動の時代
1980年代は激動の時代であった。東西対立においては西側の圧倒的な力が明らかになりつつあった。東側陣営(共産主義)は崩壊寸前だった。米国ではレーガン大統領の経済政策(レーガノミクス)が推進され、技術的にはコンピューターの出現など、社会の変化を促すいくつかの事象が起きていた。
株式市場においてもコンピューター技術の進歩により、複雑な取引を短時間で執行することが可能になり、コンピューター取引を取り入れた機関投資家は、株価のわずかな変動から利益を得ることができるようになった。その結果、1980年代の市場は急速に上昇し、ダウは1981年から1987年にかけて250%上昇、資産バブルが形成された。
一方で、米国の双子の赤字(財政赤字と経常収支の赤字)が大きな社会的、経済的問題として浮上しており、株価は内在する矛盾に耐え切れなくなった。最も悲惨な一日のひとつとして市場の歴史に刻まれているブラックマンデーと、現在おかれている状況と似ていると考えるのはうがった見方になるだろうか。
米メルリンチのストラテジスト、ボブ・ファレル氏10の投資ルールから学べること
米メリルリンチのストラテジストとして活躍したボブ・ファレル氏は、ウォール街のストラテジストとして45年のキャリアを持つ伝説的人物で、テクニカル分析のパイオニアと言われている。キャリア終盤の1998年に「10の投資ルール」をまとめたノートを発表した。そのルールの1つめは「市場のトレンドは時間の経過とともに平均に回帰する」、2つ目は「一方向への行き過ぎや過剰は、逆方向への行き過ぎや過剰を生む」である。
トレンドが一方向に行き過ぎると、反転や平均への回帰が起こる傾向があるため、投資家は何らかの形でそれに備えるべきであろう。相場は「平均への回帰」だけではなく、一方向へ過剰に動いた後、今度はその逆方向に過剰に動くという「振り子のような動き」をすることがある。
過剰が積み重なると、「今回は違う」という言葉が聞かれるようになるが、投資家が新しい局面について語り始めた時は、その局面が最終段階を迎えている場合が多い。人々の恐怖と強欲は感情を曇らせ、底値で売り、天井で買うといった誤った投資判断につながる。
過剰な状態(新高値または新安値)、あるいは上昇/下降のプロセスは、理性的に理解できるよりもずっと長く続く可能性がある。しかし最終的に、相場の行き過ぎは、ある日突然、考えもしなかったような理由で終焉を迎える。
長期的な成果を左右するのは、想定外の事態に資産全体が致命傷を負わない構造を作ること
マーケットは行き過ぎているのか
現在、当時と同じ行き過ぎの兆候がいくつか出ている。経済成長は鈍化し、インフレが台頭、米ドル高、さらに株式市場のバリュエーションは過度な水準まで上昇している。債券利回りが急騰、為替の不安定さが株式市場のリセッション(景気後退)懸念を悪化させている点も似ている。金利上昇と財政赤字拡大、そして米ドル安が同時に起こるのは危険なカクテルであり、1987年のブラックマンデー相場を想起させる。1987年と同様に、景気後退の示唆が少しでも現れれば、株式への壊滅的な打撃になることがあるかもしれない。
金融、政治、地政学的な秩序で起こっている「一生に一度あるかないか」の大崩壊に要注意
世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエーツ創業者であるレイ・ダリオ氏は、投資家に対し警告を発している。ダリオ氏は投資家が関税という狭いテーマに目を奪われ、金融、政治、地政学的な秩序で起こっている「一生に一度あるかないか」の大崩壊に十分な注意を払っていないと指摘。根本的な状況に注意を払わないと、今後起こる最大の混乱から不意打ちを食らうことになるかもしれない警告した。
ダリオ氏の懸念は、政府および企業の債務が持続不可能な水準に達していること、そして通貨の切り下げを目的とした中央銀行の積極的な政策、この2つが相まって生じている。結果として、金利は人為的に低く保たれるようになる。これが債務を処理する「見えにくい方法」だ。
ダリオ氏が懸念しているのは、これらの動きが「景気後退」と重なることである。実際、それが実現する可能性の高いシナリオだと彼は考えている。当然ながら財政赤字はさらに拡大する。リセッションの最中に「増税します」とか「給付を削減します」とは誰も言い出さない。結果として、政治的・社会的・経済的に非常に困難な状況に陥る可能性が高い。
レイ・ダリオ氏が考える「より安全な投資とは何か」
では、そうした中で投資家はどのようなスタンスを取るべきなのか。ダリオ氏は「より安全な投資とは何か」という観点から、次のように彼の考えを披露した。
第一に、あなたのポートフォリオの価値は名目ではなく、インフレ調整後(実質)で考えるべきだ。「インフレで目減りした後でも、どれだけの購買力が残るか」を基準にする。
次に重要なのは、分散投資だ。分散の力は非常に強力だ。ただし、ゴールドを保有することについては考えておくべきだろう。ゴールドは通貨の一つの形態であり、中央銀行が分散先として買い増している資産でもある。また、市場が大きく混乱したときに、他の資産と逆に動く傾向があるため、保有していると全体のリスクを抑えることができる。
分散投資とは単に銘柄数を増やすことではない。株式、債券、コモディティ、現金といった資産クラスの分散、米国、日本、新興国などの地域分散、成長株と高配当株を組み合わせるスタイル分散を重ねることで、特定リスクへの依存度を下げる考え方である。2026年のように先行きの見通しが揺らぎやすい局面では、「どれか一つが外れても、他が支える」構造を作ることが重要になるだろう。
ボブ・ファレルの投資ルールをおさえておこう。
② 一方向への行き過ぎや過剰は、逆方向への行き過ぎや過剰を生む
③ マーケットに「今回は違う」はない。行き過ぎや過剰は永続しない
④ 指数関数的な上昇や下落を見せるマーケットは、思ったよりも長続きするが、それが「横ばい」で終わることはない
⑤ 一般大衆は、ほとんどの場合「高値掴み」し、安値ではほとんど拾えない
⑥ 「恐れ」や「強欲」は長期の視点に立った判断を覆すことがある
⑦ マーケットは、全体が上がるときが最も強固であり、一握りしか上がらない時は最も脆弱である
⑧ 弱気相場には、3つの局面がある。急落、短期的な反発、ファンダメンタルズに沿った長期の下落局面、の3つである
⑨ マーケットの専門家が異口同音に同じことを言い出すときは、別のことが起こる
⑩ 強気相場は、弱気相場よりも楽しい
2026年は、「当てに行く投資」から「生き残る投資」への発想転換が必要になろう。どの資産が最も上がるかを正確に予測することよりも、想定外の事態が起きても資産全体が致命傷を負わない構造を作れるかどうかが、長期的な成果を左右する年になると想定している。過去を振り返れば、分散投資は地味で退屈に見えることが多い。しかし、市場が不安定になる局面では、その「退屈さ」こそが、武器になる。
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