前回の記事「アクティビストが京浜急行電鉄に投資を開始、割安感目立つ鉄道業界の現況は?」では鉄道業界に注目しました。京浜急行電鉄(9006)にアクティビストが投資を始めている中、鉄道株はここ5年程度、指数を大きくアンダーパフォームする傾向が続いていること、そうした中で各社のバリュエーションも割安になってきていることを解説しました。

その割安の背景には、業績面でのリスクはあるものの、持ち合いの解消など本業の影響がない部分もありそうだということについても触れました。前回の記事の後、トランプ米大統領の関税政策で株価が大きく下がる中、相対的に鉄道株は好調で、より注目している方も多いかも知れません。

「コングロマリットディスカウント」の典型例であるセブン&アイ・ホールディングス(3382)

さて、本連載ではコングロマリットディスカウントについて、何度か解説しています。その中でも典型的な事例と言えば、今まさに買収などが話題になっているセブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)(3382)です。

セブン&アイはコンビニが中心の会社ですが、そのコンビニは国内・海外に分かれおり、さらに売却なども進めています。加えて、イトーヨーカ堂に代表されるスーパーや百貨店、外食、各種専門店も保有していました。このあたりについては、2021年の記事「セブン&アイに投資したアクティビストの狙いを詳しく解説」でも詳しく解説しています。

セブン&アイに投資しようとすると、収益性において劣るコンビニ以外の事業にも投資しなくてはならず、結果的に投資としての効率が悪くなります。それゆえ、個々の事業の価値を合わせたものよりも、全体で見ると割り引かれる(ディスカウントされる)のがコングロマリットディスカウントです。セブン&アイの場合は、収益のいいコンビニ事業と、相対的に収益性の劣るその他事業のため理解しやすいかと思います。

ある会社が様々な事業を展開している場合、個々の事業の収益性が良くても、コングロマリットディスカウントは発生しうるということも理解いただくとよいでしょう。

鉄道業界におけるコングロマリットとは? 国内外の事業や不動産、観光開発

今回紹介する鉄道業界では様々な事業を展開しています。例えば、国内鉄道と海外物流を行っている会社があったとします。両者はそれぞれ収益がある事業だったとしても、成長性を重視する投資家からすると、国内鉄道は物足りないかもしれません。昨今の関税などを考えて、安定性を重視する投資家には海外物流が不要に見えることもありそうです。

何より、より国内鉄道事業が主力の会社、海外物流のみを行っている会社などがあれば、その専業の会社に投資すれば良いだろうということになります。結果、複数事業を行っているコングロマリットは、個々の事業を合わせたものよりも低く評価されがちであるということです。

【図表1】各社の事業内容と投資家のスタンス
出所:マネックス証券

つまり、複数の事業を行っていると、そのセットに関心がある投資家しか買ってくれなくなります。もちろんそれに対し、同じグループ内で事業を行うことによるシナジー効果もよく言われます。鉄道会社の多くは、不動産業を行っています。鉄道事業は一般的に多くの土地を必要とし、その中心である駅の周りの不動産開発が発祥ということが多いようです。しかし、今ではマンションの開発などにも力を入れています。

これは新しい路線を開発すると、その路線の周りの土地の価格が上がり、相乗効果が見込めることが大きいでしょう。一方で、沿線ではないエリアにマンション開発している例もあります。これは鉄道会社の信用力が要因だと思われます。マンションのようなものを買う場合は、鉄道会社くらい規模もあり、収益も安定している会社だと、万一の場合にも安心ということはありそうです。

沿線の観光開発も本業である鉄道事業との相乗効果は大きいと考えられます。阪急阪神ホールディングス(9042)の阪神タイガース・甲子園球場はその典型です。一方で、平成前後には南海、近鉄、阪急といった球団がありましたが、今では鉄道会社の名を冠する球団は阪神タイガースと埼玉西武ライオンズのみになっています。相性の良さそうな球団運営でさえも、シナジー効果が見込まれないという判断もあるのでしょう。

アクティビストから見たコングロマリットの魅力は?

先ほど、セブン&アイに対し、アクティビストが投資してきた話を紹介した通り、コングロマリットはアクティビストから見ると大きなチャンスがあるのです。図表1に記載したように、コングロマリットになっているA社がB社とC社を合わせたような事業を行っている場合、A社の株価がB社・C社の合算よりも安いのであれば、理屈上はA社を買収し、事業を切り出すことで価値を上げることができるからです。

過去の記事で取り上げた帝人(3401)がファンドに売却したインフォコムについて、インフォコムのシステム開発事業を日鉄ソリューションズ(2327)が買収するというニュースがありました。インフォコムはシステム開発会社でありながら、「めちゃコミック」という電子コミック配信事業も行っており、利益の主軸は電子コミック事業でした。複数の事業のうち一方は日鉄ソリューションズがまとめて行うことで、より価値が産み出せると考えているのでしょう。少なくともファンドが売却したということは、システム開発事業が電子コミック事業の価値との見合いで良い条件で売却できたということだと思われます。これも典型的なコングロマリットの解消による利益と言えます。

コングロマリットの代表各である鉄道会社、本業の割合は?

球団経営が減少しているとはいえ、今もなお、鉄道会社は複数の事業を行っているコングロマリットの代表的な存在です。鉄道会社の本業である運輸事業が売上・営業利益の中で占める割合を、主要私鉄(営業利益100億円以上)においてまとめたものが図表2となります。

【図表2】主要私鉄の運輸事業が売上高・営業利益に占める割合
出所:マネックス証券

各社のセグメントの切り分けにより、鉄道事業ではない物流事業を個別のセグメントにしていたり、その他に含めていることなどがあるため、詳細は各社のセグメントを見ていただきたいのですが、おおむね各社とも「運輸事業」に鉄道事業を入れています。鉄道とバスが入っていることが多くなっています(会社により、都市交通といったセグメント名にしているものも運輸事業としています)

こうして見ると、京成電鉄(9009)を除けば、運輸事業が売上の半分を占める会社がないことに気づきます。相鉄ホールディングス(9003)、西日本鉄道(9031)、近鉄グループホールディングス(9041)は20%を切っています。相鉄は不動産、西鉄は不動産と物流、近鉄はレジャーと国際物流などに存在感があるのです。

鉄道会社における不動産事業の強さ、もはや「不動産会社」と言えるケースも

そして、鉄道会社と言えば、不動産事業が注目されることも多くなっていますが、その不動産事業はどうでしょうか。

【図表3】主要私鉄の不動産事業が売上高・営業利益に占める割合
出所:マネックス証券

各社の不動産事業に京成、南海電気鉄道(9044)は建設事業を加えたものです。こうして見ると、先ほどの運輸事業と似た水準であることが分かります。実際、14社の売上に占める運輸事業は単純平均で30%、不動産事業は23%、営業利益ではそれぞれ33%と40%です。水準で言うと、ほぼ同様で、特に利益ではむしろ不動産が強いということが分かります。

不動産事業の売上・営業利益に占める比率がいずれもトップの京阪ホールディングス(9045)は、売上高で見ると不動産販売が921億円、不動産賃貸が269億円です。一方、営業利益で見ると販売は75億円、賃貸が113億円です。賃貸が手堅く稼いでいることが分かります。

相鉄は売上より利益面で不動産の活躍が目立ちます。同社は横浜駅周辺に多くの賃貸不動産を保有しており、それらの賃貸が売上、特に利益で貢献しています。営業利益比率で見ると、相鉄・西鉄・南海・京阪では不動産が鉄道の倍になっており、これらの会社は不動産会社と見るくらいのほうがよいということになります。逆に、鉄道の営業利益比率が不動産の倍あるのは、近鉄のみです。

そして、各社とも鉄道・不動産の売上を合わせても50%程度に留まる会社が多くなっています。一方で、営業利益は両者を合わせるとすべての会社で50%を上回っており、80%を超える会社が半数です。

【図表4】主要私鉄の運輸事業・不動産事業が売上高・営業利益に占める割合の合算
出所:マネックス証券

これは、各社とも運輸・不動産以外で十分に稼げていないことが表れています。運輸・不動産以外の利益が目立つのは、東武鉄道(9001)、京王電鉄(9008)、西武ホールディングス(9024)、近鉄でレジャー・ホテル事業です。近鉄と西鉄は物流事業の存在感も大きくなっています。一方、京王は直近で傘下の「啓文堂書店」を運営する書店事業を紀伊國屋書店に売却することを発表しています。

阪急阪神ホールディングス(9042)が配当政策の変更を発表、注目点は?

いずれにせよ、鉄道各社はコングロマリットであり、また不動産を中心に優良な資産を有しています。古くは阪神電気鉄道に旧村上ファンドが買収しようとしたことがありましたが、今回の京急・京成の話題も、前回説明した西武の話題も、こうした魅力があることを示していると言えそうです。

そうした中、直近で阪急阪神ホールディングスが長期経営構想と配当政策の変更を発表しています。阪急阪神はもともと総還元性向を30%としていましたが、今回年間配当の下限を100円とし、総還元性向を50%とするという発表を行っています。

阪急阪神の2024年3月期の1株益は281.8円で、2025年の予想は292.7円(会社)、326.8円(会社四季報)、2026年は会社四季報だと343.6円です。ざっくり、300円程度の利益があるということなので、50%の総還元だと150円相当、最低配当の100円に加え、50円分を配当するか自社株買いを行うかということだと思われます。

阪急阪神の株価は4月23日時点で4,258円なので、100円配当として配当利回りは2.3%、150円だと実に3.5%という水準になります。主要私鉄で最も配当利回りの高い相鉄が2.6%なので、非常に高い水準です。関西の私鉄では近鉄が1.6%、南海も1.6%、京阪は1.1%なので突出した水準になります。

阪急阪神は前述した阪神タイガースもそうですが、ユニークな事業を行っており、宝塚歌劇団も有しています。また、阪急百貨店・阪神百貨店を経営するエイチ・ツー・オー リテイリング(8242)や東宝(9602)の株式をグループで20%以上保有しています。東宝は映画事業の好調もあり、時価総額が1.5兆円に達していて、阪急阪神グループの保有分は3000億円相当になります。

阪急阪神の賃貸不動産は前期末時点で0.89兆円ですが、時価は1.46兆円とされており、これも5000億円以上の含み益があります。阪急阪神の時価総額は約1兆円なので、まさにコングロマリットディスカウントがされている…という見方も出やすく、株主還元を増やしていこうとしたようにも映ります。

過去の記事で取り上げたように、2024年、阪急阪神は東宝と連携して、グループの上場映画館会社の買収を行っています。それら上場映画館会社はいずれも優良不動産を有しており、上場させておくよりは自社内にとの意図だと考えられます。阪急阪神自体もアクティビストなどのターゲットとされうると考え、対応しているのかも知れません。今後の株主還元など経営方針は注目できそうです。直近では阪急阪神のグループのREITに対し、アクティビストが公開買付を行うという動きもありました(記事参照:「東宝による東京楽天地の買収、公開買付価格から考えたこと」)。

トランプ関税の影響で、相対的に影響の小さい鉄道株への注目は増しているようです。一方、ここまで解説してきたように「鉄道株」と言っても、本業の鉄道の部分は限定的です。各社の事業、資産、経営方針などをよく見定めてポテンシャルの高い鉄道会社を探してみるのはいかがでしょうか。