(本コンテンツは、2023年12月22日付け:東証マネ部の連載「日本経済Re Think」に掲載された内容を転載・更新したものです。)

この国の市場や経済に成長可能性はあるのか、いわば「日本の未来」を有識者が占う連載「日本経済Re Think」。今回は、マネックスグループ会長の松本大だ。

GDP増ではなく株価3倍高を目指せ――。2023年10月に発刊された松本の著書『松本大の資本市場立国論 日本を復活させる2000兆円の使い方』(東洋経済新報社)には、このような一節があった。

その真意として、日本には株価3倍高を実現できるポテンシャルがあり、また、そのための施策を行う「余地」も多分にある。そして何より、株価を上げることは「日本がこの先、大国でいるための分岐点」になるという。だからこそ松本は、株価上昇に向けた具体的な方法も著書で示している。

この国の未来に対する「憂い」ばかりが聞かれる昨今、なぜ日本再興の手立てが株価上昇なのか。そしてその方策とは。松本の胸中を聞いた。

日本の現状は鉄下駄でマラソン、早くスニーカーに履き替えるべき

 

「日本のGDPはドイツに抜かれ、世界4位に転落するという報道がありました。ただ、そもそも私は日本がこの位置に居続けてきたこと自体アメイジングだと思っています。なぜならこの国は、ヒト・モノ・カネの最適配置がなされていない状態を続けながら、世界3〜4位の経済規模を保ってきました。たとえるなら、鉄下駄を履いてマラソンを走りながら上位にいたようなものです。それ自体がポテンシャルの高さとも言えるでしょう。だとしたらやることは明確で、きちんとしたスニーカーに履き替えればいいのです」

らしさあふれる表現で日本の実情を口にした松本だが、その分析はあくまで厳しい。「日本はヒト・モノ・カネの最適配置がなされていない」という点は、同氏が強く問題視しているこの国の課題だ。

「ヒトに関しては、依然として年功序列が残っています。全ての企業というわけではありませんが、大きな経済主体である上場企業や中央官庁に多く見られる。年功序列が絶対悪ではないものの、能力に応じて適材適所すべきでしょう。モノに関しても、今までの成功体験が邪魔をして、不要になった非効率なビジネスラインが残っているケースも少なくありません。国内に同じビジネス分野の競合企業が乱立し過ぎている状況もあります。ときには近い領域の企業が融合し、技術や設備をまとめてグローバルで戦う方法もあるでしょう」

 

カネについては、日本企業の内部留保が多すぎる点を挙げる。「リスク回避のために現金を貯め込むのではなく、新しい価値を生むために設備導入やAI、ICTといった新技術への投資を進める必要があります。つまり、儲かる事業領域にお金を回すべきです。これが一連の東証のPBR改善要請の根底にあります」と説明する。

では、ここから日本は何をすれば良いのか。まずもって「人口減少に歯止めを掛けなければならない」という考えが、松本にはある。ただその実現は簡単ではなく、またやるにしても長い時間がかかる。

そこで松本は、人口減少対策の前に先行して効果を上げる手段として、たくさんの人が投資を行い、日本の株価が上昇する仕組みを構築することを提言する。それが先述した日本企業の最適配置を促進するのに加え、さらに広く日本の国力や経済、日本人の生活を良くしていくという。

「日本のGDPを3倍にするのは難しいですが、株価3倍高なら視野に入れられると考えています。なぜならこの国には、2000兆円を超える個人の金融資産があります。これは間違いなく底力であり、多くの個人が投資に向かう環境を今から作れば、その先に株価が上がっていけば、日本経済はまだまだ行けるでしょう。逆に何もしなければ衰退は避けられません。今はその分岐点なのです」

株高の恩恵を受けるのは投資家だけではない、国全体が良くなる

 

なぜ多くの個人が投資を行い、株価上昇が起きると日本再興につながるのだろう。理由はいくつかあるが、ポイントは株式を保有する投資家だけではなく、社会全体に恩恵をもたらす点を松本は強調する。

「株価上昇が起きれば、その株を発行する企業自身にも当然メリットが生まれます。株式価値が高まり、他の企業や技術を買収する能力も上がりますし、人材の調達力が高まるだけでなく、新株発行による資金調達力も増すでしょう」

さらに、株価が上がるメリットは企業だけでなく一般の人々、それも投資を行っていない人にまで、広く日本全体に行き渡るという。

「まずは、株価が上がれば私たちが受け取る年金の額が増えます。公的年金はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が運用しており、そのうち20%以上は日本株に配分されていますから。また、株高になれば海外の機関投資家も積極的に日本株を保有します。円で株が買われるので、現在のような急激な円安を防止することにもつながる。そのほか、株を売却する際には一定の税がかかるので、国の収入にもつながるでしょう。すべての生活者、企業、国にメリットがあり、しかも人口減少の対策よりはるかに短いスパンで実現できるのです」

だからこそ、株価が上がりやすい仕組みを構築する必要がある。それにより投資のリターンを期待できるようになれば、国民も自然と市場に参加するようになる。こうして資本市場を最大限に活用しながら国の経済を高めようというのが松本のアイデアだ。

これらを実際に行っているのがアメリカである。たとえば同国では「エリサ法」と呼ばれる法律の中で「企業年金の運用リターンは市場全体と同等か、それ以上を達成しなければならない」と解釈されている。結果、生活者はリターンを期待しやすく、自分が将来もらえる年金を運用へ回す行動が起きやすくなるのだ。

 

「同じように、日本も株価が上がりやすくなる仕組み、国民がリターンを期待できる仕組みを作らなければいけません。ただここで重要なのは、先ほど話したように、株価の上昇が投資をしていない生活者から日本企業、経済まで広くメリットになることをきちんと伝え、国民のコンセンサス(合意)を得ることです。株価を上げる施策というと、得てして『投資家だけが潤う仕組み』と誤解され、批判が起き、動きにブレーキがかかるためです」

また、日本企業への投資が日本自体のメリットとして還ってくることを認識してもらわなければ、「たとえ投資家が増えても、アメリカの企業やインデックスに資金を投じる人ばかり増えてしまう」と危惧する。「国もわれわれ金融機関も、東証のような取引所も、そしてメディアも、全員でコンセンサスを得るよう努力しないといけません」と、穏やかながら強い口調で伝える。

著書では具体的に「株価が上がりやすくなる仕組み」や「国民が投資しやすくなる仕組み」にも言及している。そのひとつが配当の損金参入だ。現在、上場企業が投資家に支払う配当は経費として扱うことはできない。それを認めるのが損金参入である。

「配当の損金参入を認めれば、今の税率で1.5倍ほどの配当を支払えるでしょう。仮に配当利回りが一定だとすると、株価は現在の1.5倍になると考えられます。特別なシステムも準備も必要なく、ルールを変えるだけで株価上昇が実現できるのです」

そのほか、国民が投資しやすくなる仕組みとして、本人確認の必要なくコンビニでインデックスファンドやETFを買えるアイデアなどが提案されている。

個人投資家の方が「企業にモノを言える」仕組みと環境を

 

こうした施策を起爆剤に資本市場を活性化し“投資家”が上場企業に直接提言することでヒト・モノ・カネの最適配置を進めていく。これが松本の描く日本再興の大きな絵、グランドデザインである

ここでいう“投資家”は、通常、欧米では「受託者責任」を負う機関投資家、たとえば投資信託や年金を運用する投資家を指すことが一般的だが、日本においては、個人投資家の存在感の高まりを松本は指摘する。

「アメリカでは投資先の企業価値、つまり、受益者に多くの利益がいくよう、個人から資金を預かった機関投資家が日々上場企業に提言をしています。また、意外に思われるかもしれませんが、アメリカでは個人が直接、個別株式に投資するのは少数派です。一方、日本は個別銘柄に投資している方が多い。だからこそ、上場企業に提言する役割として期待しているのは個人投資家の方々です。ここ10年ほどで存在感が増しており、私自身も株主総会で鋭い質問を受けたこともたくさんあります。もっと個人投資家の方が上場企業に意見を言うべきですし、その仕組みを作る必要があるでしょう」

東証では2022年4月の市場区分見直しの後、より良い市場を考えるフォローアップ会議を開催してきた。松本もメンバーに名を連ねているが、そこでも個人投資家と上場企業、あるいは取引所がつながる仕組みを提案しているという。

「上場企業に対して個人投資家ができることはたくさんあります。一個人の意見なんて企業は耳を貸さないのでは・・・と思わずに、株主総会に出席する、あるいは企業の問い合わせ窓口を利用するなど、どんな形でも良いので企業にメッセージを伝えてほしいですね。2000兆円の個人金融資産がある国だからこそ、個人投資家が企業を支えられる可能性があるのです」

最後に、松本が今回記した著書は、すべての漢字にルビがふられている。経済に詳しい人もそうでない人も、子どもから大人まで、日本について学んでいる人達も含め、すべての人に読んでもらいたいと考えたためだ。資本市場を活性化させ、株価を上げることは投資家だけに関連する話ではない。投資に触れていない人も含め、日本全体のためになる。自他ともに認める“資本市場オタク”は、個人と資本市場の力で日本再興のグランドデザインを描いていく。

 

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2023年12月22日現在の情報です