2024年3月に日経平均株価が4万円の大台を突破してから、わずか1年と237日で5万円(ザラバベース計算)に到達しました。1988年12月に終値ベースで3万円を突破してから4万円の大台に乗せるまでには、実に35年と96日を要しました。いわゆる「失われた30年」と呼ばれるデフレ経済の時代を経たことが、4万円台到達までの長い年月につながったと言えます。今回の5万円到達のスピードは、まさにデフレからの脱却が進むなかで実現したものです。
インフレ転換が進む世界では、次の大台である日経平均6万円到達へ
市場では、上昇ピッチの速さに対して過熱感を懸念する声も聞かれます。しかし過去を振り返ると、日経平均が2万円を突破してから1988年に3万円台へ乗せるまでの期間は、わずか1年と312日と、今回に匹敵するスピードでした。
さらに当時をみると、その後も1989年末の高値3万8,915円まで、いわゆる「バブル相場」と呼ばれながらも、基本的な上昇トレンドが続いていました。こうした経緯を踏まえれば、今回の5万円突破の速さを過度に警戒する必要はないと考えられます。
そもそも、2万円から3万円への上昇は率にして約50%でしたが、4万円から5万円までは約25%の上昇にとどまります。金額幅では同じ1万円でも、実際の上昇インパクトは以前ほど大きくありません。
こうした数字の特徴を踏まえたうえで、インフレ転換が進む世界において、今後の日経平均株価が5万5,000円、さらには6万円へと到達する日も、遠い未来の話ではないでしょう。
現状のPER(株価収益率)は割高なのか?
足元の株価の高値警戒感を指摘する向きの根拠として、大きな要因の1つにPER(株価収益率)の水準があります。2025年10月23日時点で、日経平均株価の予想PERは18.83倍でした。これまで株価が比較的安定して推移していた局面では、PERはおおむね14~16倍程度とされていたことから、18倍を超える現状は高いとの見方もあります。
しかし過去を振り返って見ましょう。2012年12月に野田佳彦元首相が退陣を表明した後、いわゆるアベノミクス相場が始まった当時、2013年4月にはPERが21倍台まで上昇しました。その後も、「機動的な財政出動」と「大胆な金融緩和」の2本柱を掲げたアベノミクスに支えられ、日経平均株価は翌5月に1万5,000円を突破。その後は変動を挟みつつも、2015年4月には2万円を突破するなど、基本的な上昇基調を維持しました。
構造転換の局面にあるときには、将来への期待が高まるため、PERが上昇するのは自然
日本経済が構造転換の局面にあるときには、将来への期待が高まるため、PERが上昇するのは自然なことです。したがって、足元で18倍を超えているPERを割高と判断することはできません。
日本初の女性首相の誕生は、海外から見ても「日本が変わる」象徴的な出来事であり、外国人投資家の日本株への姿勢が一段と積極化することも期待されます。また、「サナエノミクス」の実現に対する期待を背景にすれば、アベノミクス初期を連想させる状況とも重なり、現在のPER水準を割高とみなす必要はないでしょう。株価の公式は「株価=EPS(1株当たり利益)×PER(株価収益率)」です。
PERは「株価÷EPS」で表されるため、式を変形すると「株価=EPS×(株価÷EPS)」となり、分母と分子のEPSが約分されて消えることが分かります。
したがって、日経平均株価を予想PERで割ることで、日経平均株価の予想EPSを求めることができます。足元の水準では、およそ2,580円程度です。一方、実績ベースのEPSは約2,760円であり、この差から算出すると、2025年度の増益率はマイナス6.4%、すなわち、それなりの大きさの減益予想となります。
予想EPSは企業側が公表する業績の見通しが大きく反映されます。2025年度については、トランプ関税の行方や米中関係の不透明感に加え、国内政局の不確実性も重なりました。その結果、企業側が保守的な業績見通しを公表する傾向が強まり、日経平均ベースで見てもEPSが減益予想となっているのです。
注目すべき2つのポイント、PER上昇とEPSの追随は?
ここで注目すべきポイントは2つあります。
第1のポイントは、投資環境が改善していく局面では、まず投資家の期待が先行し、その後に実体経済や企業業績の改善が追随するという流れです。
改めて「株価=EPS×PER」という基本式を振り返ると、EPSは企業の現時点での収益力を示し、PERは投資家が持つ将来への期待を反映する指標です。投資環境が好転すれば、将来の業績拡大を見込んでPERが上昇し、その後、実際のEPSが拡大するにつれて、PERは再び通常水準(巡航水準)へ戻るのが一般的なパターンです。この観点からすれば、現在のPERが18倍程度で推移していることは、むしろ自然な水準といえます。
第2のポイントは、こうしたPER上昇が示す先行的な期待を裏づける形で、実際にサナエノミクスの実現などを通じた景気や企業業績が改善していけるかどうかです。2025年11月中旬にかけて、3月期決算企業の第2四半期決算発表が本格化します。トランプ関税については、四半期ごとの検証が行われる見通しであり、仮に米国の対日貿易赤字が縮小しない場合には、再び圧力をかけるような発言が出る可能性もあります。
もっとも、「TACO(Trump Always Chickens Out:トランプはいつも尻込みする)」という言葉に象徴されるように、過度な強硬策には至らないでしょう。それでも、企業側は依然として慎重な業績計画を維持せざるを得ないと見ています。このため、日経平均ベースのEPSが当面は減益予想のまま推移するでしょう。
実際にトランプ関税の影響が当初の懸念ほど深刻でないと確認される流れのなかで、EPSのマイナス幅が2025年の年末から2026年3月にかけてゼロ近辺まで改善すると予想しています。この場合にPERが18倍で試算すると、日経平均株価はおおむね5万円前後が妥当水準となります。
さらに、来期の業績回復を市場が織り込み始めれば、株価は再び上値を試す局面に入る可能性が高いでしょう。
高市トレードから、低位株や株主還元の観点からの銘柄選別へ
現在の相場は、株価が現状水準を維持しながら値堅めの展開が想定される局面です。積極的な上値追いは年末から年度末と見る中で、それまでは、足元の株高を牽引してきた「高市トレード」関連――公共投資・国土強靭化、防衛・安全保障、AIなどの先端技術分野――は、いったん一服となる可能性があります。
むしろ、ここからは株価が出遅れていた銘柄への資金シフトを意識したい場面です。企業業績などの実態や企業価値に焦点が移りつつあるなか、低位株や株主還元の観点からの銘柄選別が有効と考えられます。
低位株については、10月8日付マネクリ掲載の【連載:吉野貴晶のマーケットクオンツ分析】「株価が低く少額で買える銘柄は株価パフォーマンスが良い?『低位株効果』による裏付けは?」で参考銘柄や選別方法を紹介していますので、参照にしてください。
