「有事の米ドル買い」が終わったとされた2つの中東有事

比較的最近の「中東有事」としては、2003年の米英連合軍によるイラクへの武力行使で始まったイラク戦争が挙げられるだろう。その後間もなく、為替はユーロ高・米ドル安へ向かうところとなった(図表1参照)。こうしたことから、このイラク戦争への為替相場の反応は、「有事の米ドル買い」の変化を示す象徴的事例と説明されるようになった。

【図表1】ユーロ/米ドルの週足チャート(2003年)
出所:LSEG社データよりマネックス証券が作成

もう1つ代表的な中東有事として、1990年8月のイラクによるクウェート侵攻から始まった湾岸危機が挙げられるだろう。世界一の産油地域である中東でのこの「有事」を受けて、原油価格は急騰した。ただこれに対して為替相場では米ドル安・円高が広がった(図表2参照)。これこそまさに、「有事の米ドル買い」が機能しなくなったと大きく報じられた代表的エピソードだったのではないか。

【図表2】米ドル/円の週足チャート(1990~1991年)
出所:LSEG社データよりマネックス証券が作成

「有事の米ドル買い」の機能不全、背景には米経済の相対的優位性の低下

「有事の米ドル買い」とは、基軸通貨として代表的な安全資産と位置づけられる米ドルが、「有事」において緊急避難的に選好されるという意味だった。それがなぜ1990年以降は機能しない局面も出てきたのか。

1985年の、いわゆるプラザ合意では、先進国が実質的な米ドル切り下げを行った。その背景には、米国の経常・財政「双子赤字」拡大により、米ドル高での維持が困難になっていたことがあるとされた。それは、換言すれば世界経済における米経済の相対的優位性の低下ということだった。「有事の米ドル買い」が機能しなくなったのも、基本的には同じ脈略で理解された。

トランプ不信でむしろ加速した「米ドル離れ」

今回、米国とイスラエルによるイラン攻撃をきっかけに米ドル高になると、これを「有事の米ドル買い」と説明する向きが少なくないようだ。では、これまで見てきた「有事の米ドル買い」が機能しなくなった状況が変わった、つまり「有事の米ドル買い」が復活したのか。

CFTC(米商品先物取引委員会)統計による投機筋の米ドル・ポジション(非米ドル主要5通貨=円、ユーロ、英ポンド、加ドル、豪ドルのポジションから試算)は、イラン攻撃が行われる直前に大幅な売り越しとなっていた(図表3参照)。この売り越しは、1月23日の米通貨当局による米ドル高・円安けん制の「レートチェック」から急拡大したものである。これを受けて、米通貨政策の責任者であるベッセント財務長官は、「強い米ドル政策に変わりない」と再確認を余儀なくされた。

【図表3】CFTC統計の投機筋の米ドル・ポジション(2000年~)
出所:LSEG社データよりマネックス証券が作成

以上からすると、いわゆる「双子赤字」の拡大などによって、米経済の世界経済に対する相対的優位性が低下する流れは変わらない。むしろ、その流れはトランプ米大統領の国際秩序を無視した言動によりさらに加速し、米ドルの基軸通貨の地位を危うくしている。これが正確な理解ではないか。そうした中で、「有事の米ドル買い」の復活などあるのだろうか。

シェール原油で世界一の産油国になった米国=原油供給リスク影響せず

過去10年余りの中での大きな変化の1つに、シェール原油の登場により米国が「世界一の産油国」になったということがある。その意味では、今回のイラン攻撃によるホルムズ海峡封鎖などから原油供給リスクが拡大する中でも、米国は最も抵抗力が強いと言える。

その上で、トランプ米大統領への不信から「米ドル離れ」が広がっていたことが、原油供給リスクの高い欧州や、日本などアジア諸国の通貨買いの反動をもたらしたのだろう。以上のように見ると、イラン攻撃以降の米ドル買いの理由は「中東有事」ではない。原油供給リスクの拡大する中で「世界一の産油国」である米国の通貨、米ドルが選好された結果だということではないか。