バリュエーションは危険な領域に

英誌The Economistは「アメリカの強気相場はmanic(熱狂)フェーズに入った」と題する論考を掲載した。その根拠として以下の点を挙げている。第一に、スペースX(正式名称:スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ・コーポレーション、以後「スペースX」)に対する異常な熱狂、第二にカジノ化したようなオプション市場、そして第三にITバブル期並みのバリュエーションの高さである。

スペースXのIPO、その後の株価高騰などについては熱狂ぶりが行き過ぎているように感じる。まだ利益の出ていない赤字の新興企業の評価として、PSRで100倍超というのは異常だろう。

エコノミストの記事が指摘するようなオプション市場の歪みは、実はそれほどではない。そこはまだ市場は正常の範囲内だと思う。

バリュエーションについては確かに危険な領域に入ってきた。グラフ1はS&P500のCAPEである。ノーベル経済学者のロバート・シラー教授が考案したCyclical Adjusted (景気循環を調整した)PER(株価収益率)だ。

グラフ1.S&P500のCAPE
(出所:ロバート・シラーOnline Dataを基にマネックス証券作成)

5月に40倍台に乗せ、いまは41倍だ。かつてのITバブル時に匹敵する高水準にある。ただ、前回は40倍を超えた1999年1月から、CAPEがピークを打つまで1年ほど上昇が続いた。CAPEが1999年12月にピークをつけた後、実際の株価(ナスダック)の頂点はその後の3月だった。仮にITバブル時と同じバリュエーションの切り上がりと株価のピークアウトの推移を辿るとすれば、CAPEのピークが2027年4月、株価のピークは同年7月だ。

ITバブルとの比較考察

ITバブルをアメリカの金融政策の面からも振り返っておこう。歴史的なバブルの終焉は中央銀行の引き締めがその要因であったことが少なくないからだ。

グラフ2.ナスダック総合、FF金利、米国10年債利回り
出所:Bloombergより

1999年6月にFEDが利上げを開始し、翌年5月に一気に0.5%引き上げてピークに至るが、その前に株式市場は耐えきれず、ITバブルは崩壊した。利上げ開始から9ヶ月で株価がピークアウトしたことになる。長期金利を見るとFEDの利上げに先行して上昇し、株価のピークと前後して天井に達した。

現在に当てはめると、長期金利は3月にボトムアウトして上昇に転じており、利上げを先取りする格好で長期金利が上がり始めたとも見える。今週のFOMCでは半数のメンバーが年内1回の利上げを予想した。おそらく8月のジャクソンホールで地ならし、早ければ9月、遅くとも12月の利上げというシナリオはじゅうぶんあり得る。

利上げ開始から9ヶ月で株価がピークアウトしたITバブル時の再現を仮定するなら、2027年6月-9月の間に株価の天井が来る。

CAPEの推移とFEDの利上げ  -  この2つのパターンから考えて、2027年夏に今回の大相場が天井を打つ公算が高いと考える。

ただ、逆に言えば、この「熱狂」があと1年以上は続く可能性もまた高いということだ。投資家は恐怖を感じながら、この先も「熱狂」の中を相場とともに駆け抜けていかなければならない。

「今の相場はバブルですか?」という質問を頻繁に受ける。いちばん、あっさりした回答は「バブルは弾けてみないとわからない」というものだが、無論、そんな逃げを打つ気はない。

今はバブルではないという主張の最たるものは、つまるところ、このAIブームは実態があるというものだ。産業革命、鉄道の発明、インターネットの勃興、それらに匹敵する偉大なイノベーションでありレボリューションであるというものだ。

それに対して僕はひとつの見方をここに提示しておきたい。

C.P.キンドルバーガーは著書『熱狂、恐慌、崩壊―金融危機の歴史』の中で、このような示唆を我々に与えている。

バブルは、荒唐無稽な作り話から生まれるのではない。その起点には、むしろ本物の変化がある。新技術の登場、戦争の終結、金融の自由化  -  キンドルバーガーが「変位(displacement)」と呼ぶこうした外生的な転機が、ある産業に実体のある収益機会をもたらす。投資家がそこへ殺到するのは、必ずしも非合理的な行動ではない。物語は、出発点においては正しいのである。その意味ではまさに今がそうではないか。

バブルは正しい物語が、その正しさの限界を越えて延長されたときに起こる

問題は、その正しさが行き過ぎることにある。実体ある変化に裏打ちされた楽観は、信用の膨張を燃料として陶酔(euphoria)へと転じ、やがてThis Time Is Different「今回は違う」という確信のもとで、人々は明日の利益を今日のうちに先取りし始める。価格が将来の現実から徐々に乖離していくこの過程を、キンドルバーガーは過剰取引(overtrading)と呼んだ。バブルとは、間違った物語が引き起こすものではない。正しい物語が、その正しさの限界を越えて延長されたときに起こるのである。

そして崩壊の引き金は、しばしば事後にしか名指せない。ある経済指標の悪化であれ、一社の不祥事であれ、それらは偶発的だ(実際、ITバブル崩壊の一因として「CPIショック」が挙げられることもある)。真の原因は外からのニュースにあるのではなく、内側にある。次に買う者がいなくなったこと(この喩えはまるで「ババ抜き」である)、そして熱狂を支えていた流動性が静かに引いていったこと。キンドルバーガーが歴史から繰り返し抽出したのは、この内生的な反転の構造であった。

翻って現在、AIという疑いなく本物の変化を前に、我々は同じ問いの前に立っている。物語が正しいことと、その物語に付された価格が正しいことは、別の事柄である。

『熱狂、恐慌、崩壊―金融危機の歴史』は名著であり、僕も繰り返し何度も読んできた。そして今もまたページを繰っている。キンドルバーガーは答えを与えてはくれない。だが、問いの立て方を与えてくれる。その問いに答えるのは  -  あなた自身である。