先週末5月27日土曜日、米国連邦政府の債務上限(デット・シーリング)の引き上げについて基本合意に達したという報道が流れました。次のステップは合意内容が法案化され、31日には議会で採決される見通しが立ってきました。これまで、最終的には合意に至るだろうと思うものの、万が一そうならない可能性もあるのではと、世界中の市場参加者が神経を尖らせていたこの債務上限の引き上げ問題、この問題の持つ意味を今一度振り返ってみたいと思います。
債務上限引き上げとは、政府が法的に設定した債務(国の借金)の上限を増やすことを指します。米国においては、政府が発行できる国債の総額の上限が法律によって定められており、この上限を債務上限と呼びます。政府が歳出を賄うために必要な財源が税収だけでは足りなくなり、追加で国債を発行して調達する必要が生じた場合、その国債の発行額が債務上限を超えてしまうと、法律上、新たに国債を発行することができなくなってしまいます。これが債務上限問題です。債務上限が引き上げられない場合、政府は法定通貨を発行するための財源を失い、国債の利払いやその他の政府支出を賄えなくなります。この状況は「債務不履行」または「デフォルト」とも呼ばれ、その結果、金融市場に大きな混乱を引き起こす可能性があるのです。
本来は、国を運営するために必要なお金の話ですから、債務上限の引き上げに合意するのは当たり前のことだと思うのですが、そこは政治の世界のやり取り。民主党と共和党それぞれの思惑もあり、民主党を代表するバイデン大統領と共和党のマッカーシー下院議員との間の政治の駆け引きに使われていた側面もありました。イエレン財務長官によると、今回最終的には6月5日までに合意に達しないと連邦政府の資金が枯渇してしまい、米国政府がデフォルト(債務不履行)になってしまう可能性があると警告していました。では、果たしてデフォルトになった場合、一体何が起きていたのでしょうか?
実は、米国の債務上限問題というのは、これまで何度も歴史的に発生しており、その都度、金融市場にネガティブな影響を及ぼしています。特に注目されたケースとしては、2つがあります。
2011年の夏、米国は実際に債務上限に達してしまい、政府の一部閉鎖とデフォルト(債務不履行)の危機に瀕しました。この問題は、最終的には妥協案により解決されましたが、その間に起こった政治的な対立と不確実性は金融市場に大きな影響を及ぼしました。特に、この時は米国の国債の格付けがS&Pグローバル・レーティングスにより初めて最上位の「AAA」から「AA+」に引き下げられたのです。米国債は世界中の金融市場で最も安全な資産とみなされており、その信用格付けが下がった場合、金融市場に混乱を与える可能性が高いのです。実際この時は、ドル安が起き、株式市場ではS&P 500が2週間で17%下落しています。
今回も債務上限を巡り政治的対立が続き、いわゆる「瀬戸際政策」がとられていたことで、S&Pとは異なり、未だ米国債の信用格付けを「AAA」としていた格付会社フィッチ・レーティングスは先週、格下げを行う方向で見直すことがある「ネガティブ・ウオッチ」に指定しました。金融格下げが起きるということは、米国政府が債券の利息支払いまたは元本返済に失敗するリスク(信用リスク)が高まったことを示し、投資家の信頼を損なう可能性があり、その結果として米国債への需要が減る可能性もあります。債券の価格は需要と供給によって決まるため、需要が減少すれば価格が下落します。債券価格が下落すると、その逆の関係にある金利が上昇します。これは、新たな債券を発行する際のコストが上昇し、それが連鎖的に経済全体の借り入れコストを高めることを意味し、米国経済に大きな影響を及ぼすことになります。また、長期的には、借り入れコストの上昇は企業の投資を抑制し、家計の消費を減らし、米国経済の成長が減速する可能性すらあったのです。
債務上限問題は2013年にも再び発生し、政府の一部閉鎖が実際に16日間にわたって起こり米国政府が機能しなくなりました。この時の閉鎖は、政府の支出を一時的に停止させ、経済活動に影響を及ぼしました。社会保障や政府の給付金の支払いが停止するなど、何百万人ものアメリカ人の生活に影響を与えたのです。
現在は2011年と違い、高インフレで、金融政策の引き締めが起きており、株価のバリュエーションに懸念もある中、今回万が一債務上限の引き上げ合意に達していなかったとすると、金利の上昇、そして株価の大幅な下落を招き、アメリカの経済システムへの世界的な信頼が修復不可能となるダメージを与える可能性もあったと考えられます。
最終的に議会で採決されるまで余談は許されないものの、与党と野党のトップが合意をしたことで、金融市場にとっての目先の大きなリスクは一つ解消されたと考えて良いでしょう。