本欄の 8月30日更新分で、米ワイオミング州ジャクソンホールにおいて開催された経済シンポジウムの話題を取り上げました。当時、市場が注目していたのは米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長と欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁による講演の内容です。
結局、その場ではイエレン議長から年内の追加利上げ観測を後押しするような発言は聴かれず、ドラギ総裁から足下のユーロ高をけん制するような声は聞かれませんでした。その結果、市場はユーロ買い・ドル売りで少々強く反応したわけですが、そうした市場の反応について筆者は「本質からかけ離れた行動であった可能性が大いにある」と述べました。
その実、後にイエレン議長は米12月利上げの可能性が十分にあることを明確に市場に示し、そのことを相場にじっくり織り込ませようとするようになりました。一方でドラギ総裁は、これまでに足下のユーロ高について大いに警戒し、けん制する発言を行っています。その結果、一頃まで強まっていたドル売り・ユーロ買いの流れはいつしか反転し、足下ではユーロ/ドルが徐々に下値余地を拡げる展開となってきています。
もともと市場はよく間違います。そして、一部の投資家は市場が間違っていることを確信します。それでも、直ちに逆に向かうわけには行きません。ただ、本質的なところをちゃんと理解し、その場の状況をきちんと把握してさえいれば、いずれ相場が逆流する=本来の流れに戻ろうとするときにチャンスを逃さず、比較的迷いなく次の流れに乗ることができます。したがって、ときに市場の判断に疑問を抱くことは非常に重要です。
振り返れば、9月7日に行われたECB理事会後の記者会見でドラギ総裁は「最近のユーロのボラティリティの高まりは不確実性の源泉。将来の政策決定では為替も考慮する必要がある」と述べました。これは明らかに足下のユーロ高を強く嫌気した発言です。しかしながら、市場はドラギ総裁が同時に述べた「量的緩和(QEの扱い)についての大筋は10月に決定」という一言を、ユーロにとってポジティブであると勝手に解釈し、一時的にもユーロに対してやけに強気になりました。
結果、翌8日にはユーロ/ドルが一時1.2093ドルまで上値を伸ばしたわけですが、その後はずっと同水準を越えられずにいます。思えば、ECBは現行のQEのスタイルを今年12月まで続けるとしてきたわけですから、10月の理事会において何らかの形で来年1月以降の方針を決めて公表するのは当然であり、これは必ずしもポジティブというわけではありません。9月のECB理事会通過後に、市場も徐々に本質を見定め始めたのでしょう。
おそらく、現実的には市場が一頃想定していたよりもずっと緩やかなペースでしか「出口」へのアプローチは進められないものと思われます。仮に、来年1月以降、資産購入規模が縮小されるとしても、その縮小規模は相当に限られたものとなりそうです。
そもそも、ユーロ/ドルは年初から9月初旬まで一貫して値上がりを続けてきました。それは、一つに域内経済にとって深刻なダメージとなり得ます。また、域外からの輸入物価が低下することで結果的に域内のインフレ率は低下しかねません。そうなれば、ECBは積極的に「出口」に向かうための大義名分を失ってしまいます。何より、金利の高いドルを売って代わりに金利の低いユーロを買うというポジションをとり続けるというのは、やはりどこかに無理があります。
結局、割に合わないところが出てきて、最終的にはポジションの解消に動かざるを得なくなるという点も理解しておく必要はあるでしょう。
コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役