先週24-26日、米ワイオミング州ジャクソンホールにおいて経済シンポジウムが開催され、25日にはイエレンFRB議長、ドラギECB総裁がともに講演を行ったことから、その内容に市場は大いに注目することとなりました。結果、両者による講演の内容を受けた市場は少々強めにユーロ買い・ドル売りで反応することとなったのです。
それは、イエレン議長が年内の追加利上げ観測を後押しするような発言を行わなかったことと、ドラギ総裁が足下のユーロ高をけん制するような発言をしなかったことが主な理由であったとされます。果たして、これは本質的に正しい判断だったのでしょうか。もちろん、筆者は「ちょっと違う」と思っています。
周知のとおり、この「ジャクソンホール(会合)」は、米カンザスシティ地区連銀が米ワイオミング州に世界中から中央銀行関係者やエコノミストを招いて行う年次経済シンポジウムであり、毎年8月下旬に恒例で催されます。本欄の連載開始後も既に7回の「ジャクソンホール」を経験していますが、この会合は主に世界経済全体が抱える問題や課題について、その解決策などをともに議論する、やや"高尚"な場というイメージがあります。
実際、2017年のテーマは『ダイナミックな世界経済の促進』で、世界的な生産性の伸び悩みや保護主義の高まり、更なる緊縮財政が求められる局面での経済成長促進などという難解な課題と向き合うことを主眼としていました。そのような場において、米国やユーロ圏など個別の国や地域の金融政策の現状、あるいは今後の方針などについて細々(こまごま)と言及するのは、正味のところ、少々"下衆なこと"であるといった印象があります。
だからこそ、この場ではFRB議長やECB総裁らも個々の政策についての言及は極力避けようとするのでしょう。そして、今回もあえて言及しなかったのでしょう。ところが、市場は「(ある特定の注目事項に関わる)言及がなかった」という結果に大騒ぎして、ただただ刹那的にユーロ買い・ドル売りという行動をとりました。ともすると、これは本質からかけ離れた行動であった可能性が大いにあります。「それも相場なのだから仕方がない」と簡単に片づけてしまうこともできません。
既知のとおり、8月17日に公開されたECB理事会議事要旨では、理事会メンバーらが足下のユーロ高の悪影響を危惧していることが明らかにされました。確かに、ユーロ高の状態を長らく放っておけば、域外への輸出が徐々に先細り、結果的に域内の景気拡大が足踏みする可能性も大いにあると思われます。何より、ユーロ高なら域内における輸入物価は下がりやすくなり、結果として域内のインフレ圧力が低下傾向を辿ることで、ECBが金融政策を引き締め方向に見直す必要性も低下します。とどのつまり、ユーロ高を放置しておくと、いずれは見る見るユーロ買いの材料が目の前から消えて行くこととなるのです。
あらためて確認しておきますが、参加メンバーらが足下のユーロ高の悪影響に対する危惧を示した直近のECB理事会は、7月20日に行われたばかりなのです。その約1カ月後に行われた「ジャクソンホール」で、たとえドラギ総裁がユーロ高をけん制する姿勢を示さなかったからといって、それで「もはやECBはユーロ高(に伴う悪影響)を危惧していない」とはならないでしょう。
そして、すでに市場の関心は9月7日に行われる次回のECB理事会に向かっています。いつも以上に注目度の高い理事会であることは確かです。
コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役