公的資金の投入をするかしないか。それを分かつものは何か。これはとても重要なテーマです。かつて日本に於いても、長い間、何度も何度も議論されてきました。公的資金、即ち税金を投入するか否かには、多くの論点がありますが、今回は「富のトランスファー」と云う観点に注目してみたいと思います。
倒産すべき会社に公的資金を投入してその倒産を防ぐ時、その会社の株主、債権者、取引先、社員等が被るであったろう損害が回避もしくは軽減される一方で、納税者全員の財産がその分、毀損されます。即ち、納税者から、当該会社の広義の関係者に対して、富のトランスファーが起こる訳です。
従来日本は社会主義的色彩が強い国の所為か、このような富のトランスファーは、向きの如何に関わらず(と云うことは時と場合によってしっちゃかめっちゃかであるのですが)、起こり勝ちで、アメリカは自由資本主義的色彩がとても強いので、斯様な富のトランスファーは起きにくいものでした。
かつてアメリカで何度も起きた航空会社の倒産時然り、ワールドコム然り。しかし流石のアメリカも、今回ばかりは若干のぶれと云うか迷いがあるように見えます。納税者が個人だけであれば、社員以外に基本的に個人関係者のいないリーマン・ブラザーズには公的資金を投入しない、即ち個人からプロ(金融機関など)への富のトランスファーを起こさせない、と云う考え方には、一定の妥当性があるように思えます。社員は自ら選択し、好況時にはそれなりに恩恵も受けていたであろう、と整理可能です。個人株主についても、アメリカでは値幅制限がありませんから、アッと云う間に予めマーケットの中で株式はほぼ無価値になりますから、これも自動的に整理済みです。
一方AIGのケースはどうなるでしょう?個人の保険保有者も多く、その人たちの利益を守るため、それは即ち選挙に於ける票の獲得にも繋がり得る訳ですが、そう云った大義から、公的資金は投入されるのでしょうか(このコラムは、北京に出張する飛行機の中、東京の朝に書きました。今、北京に着いて確認したら、既に或る意味での公的資金投入が決定されているようです。しかしこれからミーティングで出掛けるため、書き直す時間がございません。朝に書かれたものとして、皆様、御容赦下さい。注:追伸を御覧下さい)?
しかしAIGの破綻回避によって金額的に最も恩恵を受けるのは、デリバティブなどの保証をAIGから買っていたプロたち(金融機関など)でしょう。納税者は個人だけでなく、法人、特に多額の利益を上げてきた金融機関も含まれますから、それはそれでOKなのでしょうか。ではリーマン・ブラザーズとAIGを分かつものは何なのでしょう。大きさでしょうか?世論でしょうか?
ファニーメイやフレディーマックには公的資金の投入を決断しました。これはアメリカの個人の住宅を守ると云う大義の下であったと云われています。しかし同時に、これら二社は大量の債券を発行し、日本や中国が大量に保有していました。ですから最大の恩恵を受けたのは、必ずしもアメリカの個人だけではありません。問題は複雑です。今迄の対応を見ると、必ずしも国内有権者だけを見て、方針を決定しているとは云えないと思います。
しかしこの数十時間、アメリカ国内世論が高まってきているのが気になります。完全な対応は出来ないでしょう。クリスタル・クリアの方針、ドクトリンを打ち出すことも不可能でしょう。しかし、間違った、或いは独り善がりな富のトランスファーを起こさないように、良識ある動機の下に、対応が進められていくことを願って止みません。
追伸:ミーティングから帰ってきました。かろうじて、コラムの脱稿時間に間に合いそうなので、追加コメントを書きます。アメリカ政府は、AIGに対して、中央銀行(FED)が約9兆円のお金を貸すと云う形で、公的資金の投入を決定したとのこと。このローンは、AIGの全ての資産が担保となり、ライボ(市中の銀行間金利)に8.5%上乗せした金利であるとのこと。
多くの関係者の利益を考え、市場が極度の混乱に陥ることを回避し、かついびつな富のトランスファーを抑えた、上出来の解決法だと思います。不良債権処理の時に、我が国中央銀行が、ずっと大量のお金を日本の銀行に(担保を取りながら)貸し出し続けたのと、或る意味で同じ手法です。
然しながら日本に於いては、預金者は極端な低利を強いられるなど、富の分配についていびつな部分がありました。今回のアメリカの策は、このいびつなトランスファー部分を、逆向きに8.5%の金利を取ることで調整した、実利的な方法でしょう。アメリカらしいとも云えるし、日本の教訓が活かされているとも云えるでしょう。いずれにしろ、今回の対応によって、先週後半から極度に視界の落ちた資本市場の景色は、随分と変わることでしょう。