SlackやAgentforceを提供する顧客管理テクノロジーの世界的企業

セールスフォース[CRM]は、顧客関係管理(CRM:Customer Relationship Management)テクノロジー分野における世界的企業。クラウド型の顧客管理ソフトウェアを中核に、営業支援、カスタマーサービス、マーケティング、コマース、データ統合・分析、ビジネスチャットのSlack、AIエージェントのAgentforceを提供しています。現在基盤となっている「Agentforce 360 Platform」は、企業が持つ分散した顧客データを単一の信頼できる情報源としてまとめ、そこに人工知能(AI)をシームレスに融合させることで、顧客接点業務の効率化と自律的な遂行を実現しています。

同社のビジネスモデルは典型的なストック型で、収益の大半(約95%)がソフトウェア利用に伴う継続的なサービス提供によって生み出されています。顧客企業とは通常12ヶ月~36ヶ月の解約不能な複数年契約を締結しており、利用料は契約期間にわたって計上されます(経常収益)。また大半の顧客が年額前払いとなっており、将来の収益見通しが非常に立ちやすく、市況変動の影響を受けにくい安定した収益基盤となっています。サブスクリプション型の収益基盤と設備投資を必要としないビジネスモデルによって、粗利益率は70%台後半で推移しており、毎年多くのキャッシュを残すキャッシュ創出力を備えています。

同社は1999年に元オラクル[ORCL]幹部のマーク・ベニオフ氏らが創業しました。企業の業務システムをオンプレミス型からクラウド型へ転換させる先駆者として成長を遂げ、MuleSoft、Tableau、Slackなどの買収を通じてAPI連携やアナリティクス機能、ソーシャル機能を拡充し、さらにInformaticaを取り込むことでデータ管理および統合基盤を大幅に強化しました。

世界トップを獲る競争力:業界標準の地位と顧客を囲い込む広大なエコシステム

IDCによると、2025年の世界CRM市場でセールスフォースのシェアは20.0%で、13年連続トップを走っています。2位のオラクル(4.1%)を大きく引き離しています。分野別で見ても、セールスは14年、カスタマーサービスは13年、マーケティングは7年連続でトップシェアを獲得しています。そして新設されたAIエージェントの構築・展開市場においても、シェアは前年の6.9%から17.5%へ拡大し2位につけています。競争力の源泉は、エンタープライズCRM市場におけるデファクトスタンダードとしての地位と、世界屈指の規模を誇る統合プラットフォームにあります。

同社の「Agentforce 360 Platform」は、営業支援(Sales)、顧客サポート(Service)、マーケティング(Marketing)、電子商取引(Commerce)という企業の重要機能を一つのデータモデル上で連携させることができます。多くの競合他社が特定領域に特化しているのに対し、同社は全社横断のデータをリアルタイムに統合し、顧客ごとに全体像を可視化できる点に競争優位性があります。

また、強固なブランド力と高い顧客ロイヤルティも重要な競争力です。同社はデファクトスタンダードとして世界中の大手企業に深く浸透しており、顧客基盤にはメルセデス・ベンツ、シスコ(Sysco)[SYY]、NTTデータ、ロビンフッド・マーケッツ[HOOD]、かんぽ生命保険(7181)、FIFAワールドカップ2026など、世界的な有力組織が名を連ねています。顧客企業は、基幹業務を同社のプラットフォーム上に構築しているため、他社サービスへの乗り換えには業務リスクと多大なコストが伴います。実際、解約率は8%と低水準で、顧客基盤は強固です。さらに、自社マーケットプレイス「AppExchange」を通じて多くの第三者開発者が補完的なアプリケーションや拡張機能を提供しており、同社プラットフォームの価値を高めるネットワーク効果を生み出しています。

技術面においては、データ基盤とAIの融合が進んでいます。近年では、単なる「業務履歴の記録システム」にとどまらず、蓄積されたデータを基に自律型AIが判断とアクションを実行するインテリジェントなプラットフォームへ進化しています。企業固有の文脈や安全性を担保した上でAIを業務プロセスに組み込めるアーキテクチャは、他社に対する大きな差別化要素となっています。

エージェント型AIへの転換

現在、企業のAI活用は、従来の文章作成や質疑応答の段階から、AIが人間の指示を受けて自律的に意思決定を行い、システムを操作して業務を完遂する「自律型エージェント」の時代へシフトしています。同社はこの流れを捉えるべく、「エージェント型AI(Agentic AI)」とそれを支える「データ基盤(Data 360)」の領域に注力しています。この領域の成長には勢いがあります。最新の2027年1月期第2四半期の決算資料によると、「Agentforce & Data 360」の年間経常収益(ARR)は、第2四半期末時点で約39億ドルに達し、前年同期比210%を超える成長を記録しました。内訳を見ると、データ連携基盤である「Data 360」のARRは前年同期比200%超の増加となる約24億ドルに達し(買収したインフォマティカのクラウド事業によるARR約11億ドルが含まれる)、自律型AIエージェント群である「Agentforce」のARRは約15億ドルと240%超の急激な伸びとなっています。

AIエージェントの実際の業務利用度合いを示す「Agentic Work Unit(AWU:AIエージェントが実行した判断、レコード更新、ワークフロー起動などの個別タスク単位)」も大幅な拡大を見せています。顧客向けに本番稼働しているエージェントによる累計AWU数は70億件を突破しました。特に当第2四半期中のAWU数は前四半期比で97%増の32億件へと急増しており、コミュニケーションツールであるSlack上でのAWU数も133%増と急拡大しています。また、AIモデルがプラットフォームのツールやデータにアクセスするための規格「Model Context Protocol(MCP)」サーバーへの週間呼び出し数が当四半期中に6倍へと拡大するなど、新しいインターフェースを通じた顧客の利用拡大が顕著です。

成長に向けたM&Aと技術投資も活発

2025年11月にデータ統合力を強化するため、データ管理大手のインフォマティカを買収し、2026年4月にはエージェント型AIマーケティングソリューションを手がけるクオリファイドの買収を完了させました。さらに5月にはコンポーザブル・コンテンツプラットフォームを提供するコンテンツフルの買収を、続く6月にも自律型AIサービスエージェントを提供するインターコム(Fin)の買収を発表しました。両社とも当第3四半期中に買収手続きが完了する見通しです。

また、自社プラットフォームの強化にとどまらず、アンソロピックに対して戦略的投資を実行しています。同社の保有する戦略的投資ポートフォリオのうち、アンソロピックへの出資評価額は約51億ドルに達し、ポートフォリオ全体(約113億ドル)の約45%を占めるに至っています。含み資産として、同社の企業価値を高める可能性があります。

安定した強いキャッシュ創出力と健全な財務構造

サブスクリプションビジネスによる強固なキャッシュフロー創出力は、特筆すべきものです。同社の請求業務は第4四半期に集中し、翌年の第1四半期に最大の現金回収が行われ、第2四半期は資金流入が落ち着く時期に当たります。しかし、実際には、当第2四半期の営業キャッシュフローは前年同期比71%増となる12億6900万ドルを記録しました。一方、設備投資額は1億7100万ドルに留まった結果、フリーキャッシュフローは11億ドルとなりました。これは前年の1.8倍です。同社の設備投資額は売上高の1.5%程度にとどまっており、生み出された営業キャッシュフローの大半がフリーキャッシュフローとして残る構造となっています。通期見通しにおいても、営業キャッシュフロー・フリーキャッシュフローともに前年比4%~5%の増加が見込まれており、キャッシュ創出力の見通しも良好です。

7月末時点で、手元資金として約114億ドル(現金等83億ドルと有価証券31億ドル)を保有しており、さらに50億ドルの無担保リボルビング信用枠(期限2029年10月)も保有しています。つまり、予期せぬ資金需要に耐えられる流動性が確保されています。一方、有利子負債は約393億ドルと前期末の145億ドルから拡大しました。これは3月に加速型自社株買い(ASR)を実行するための原資として250億ドルのシニア無担保社債を発行したためです。

こうして調達した250億ドルを自社株買いに充てたことで、発行株式数は前年同期比で15%減少。EPSを大きく押し上げる効果を生んでいます。

成長投資も重視しつつ、自社株買いを中心とした積極的な株主還元

同社は、配当と自社株買いを通じた株主還元を積極的に実行しています。今期第2四半期累計期間における株主還元総額は279億ドルに達しました。還元の中心となっているのは自社株買いで、自社株買いプログラム開始以来の累計還元額は631億ドルに達しています。2026年2月には総額500億ドルの自社株買い枠が承認され、上述の250億ドルのASRは、この枠組みを活用して行われました。

この大規模なASRの実施により、株式数は前年同期比で1億4100万株、率にして15%減少し、一株当たりの価値を引き上げています。また7月末時点で自社株買い枠の残額は229億ドルとなっており、相場全体の調整局面や株価下落時において株価の下支えとなることが期待されます。なお第1四半期には、ASRとは別に、1100万株(総額21億4500万ドル、平均単価192.00ドル)の自社株買いも実施しました。

配当については、2024年の四半期配当開始から、安定的かつ継続的な現金配当を実施しています。当四半期中の配当支払総額は3億6400万ドル、上半期累計での支払額は7億2900万ドルとなっています。配当性向を20%に抑え、成長投資に振り向けながらも自社株買いで機動的に株主還元するという柔軟な株主還元を行っています。

総合的な評価としては、競合のAI参入による直近の株価下落は、押し目買いの好機になると捉えます。同社の歴史とブランド力、長年かけて築き上げた顧客基盤、基幹CRMに蓄積された業務データ、そしてインフォマティカ買収で強化されたデータ統合力は、新興のAIツールが短期間で容易にリプレイスできるものではないと思います。エージェント型AIプラットフォームへの進化に成功しつつあり、年間経常収益(ARR)の急拡大やAWUの大幅な増加がそれを物語っています。今後、コンテンツフルやFinなどの買収完了に伴う製品統合が進むことで、さらなる収益拡大と持続的な成長が確認されれば、株価の再評価が進むと考えます。

【図表1】セールスフォース[CRM]年間配当推移
出所:Bloombergより筆者作成
※2024年~2026年
【図表2】セールスフォース[CRM]とS&P500の株価推移比
出所:Bloombergより筆者作成
※S&P500およびセールスフォース[CRM]株価は2004年6月30日を1とした数値