食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋…何をするにも過ごしやすい季節になってきました。皆さんは、どのような秋をお過ごしですか?今回は「健康脳の維持」について、脳科学のフロントランナーである東北大学の瀧靖之教授に、最新の知見をもとにお話をうかがいました。前編では「健康脳」の定義をはじめ、年齢にかかわらず記憶を定着させるためのコツや、脳の健康を左右する生活習慣についてご紹介します。

●瀧靖之さんプロフィール●
東北大学加齢医学研究所 スマート・エイジングセンター センター長・臨床加齢医学研究分野 教授。東北大学発スタートアップ 株式会社CogSmart技術顧問。医師・医学博士。「脳の発達と加齢に関する脳画像研究」「睡眠と海馬の関係に関する研究」「肥満と脳萎縮の関係に関する研究」など多くの論文を発表している。10万部突破のベストセラーとなり、海外でも複数ヶ国で翻訳本が出版されている『生涯健康脳』(ソレイユ出版)や『賢い子に育てる究極のコツ』(文響社)はじめ著書多数。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」、NHK「NHKスペシャル」、NHK「あさイチ」、TBS「駆け込みドクター!」など、メディアにも多数出演。

「健康脳」とは、支障なく充実した社会生活を送ることができている状態

――「健康脳」とはどのような状態なのか、健康を阻害する要因は何かなどが気になります。改めてご説明いただけますでしょうか。  

「脳が健康である状態」にはさまざまな定義があります。本質的には、私たちが日常生活を送るうえで必要な「考える」「判断する」「記憶する」「何か新しいものを作り出す」「コミュニケーションを図る」といった、日常生活や社会生活に必要な脳のさまざまな機能が保たれている状態を「健康脳」と呼ぶことが多いです。これらの機能は「高次認知機能」と呼ばれます。

上記の認知機能に加え、自分自身を大切に思える「自己肯定感」や、毎日ささやかながら幸せだと思える「主観的幸福感」といった心理指標も含めて、これらの機能や状態が保たれ、支障なく、充実した社会生活を送ることができる状態が、「健康脳」であると考えられます。  

――日々、何かしら物忘れをすることもあるかと思いますが、それは脳の健康が少し低下している状態になるのでしょうか?

断言は出来ませんが、一般的には気にする必要はあまりないケースが多いです。私たちの「考える」「判断する」「記憶する」といった認知機能は、個人差は大きいものの、おおよそ20代後半ぐらいがピークであることが多く、そこから30代、40代、50代…とゆっくり機能が落ちていくのは普通の現象です。

もう一つの大きな要因として、今の情報社会が影響していることも考えられます。昔と違ってインターネット上に情報があふれ、日々触れる情報量が格段に増えています。そのため、立ち止まって考えたり、覚えるという行為に時間をかけられず、昔よりも覚えが悪いと感じることが多いと思われます。 

情報の定着には「対連合記憶」と「可塑性」、そしてワクワクする感情

――情報が多く、流れも速い中で、大事な記憶を脳に定着させるためには、何をすればよいのでしょうか?  

基本的に人は忘れる生き物であり、記憶というものはどんどん減衰していくものです。そんななかで記憶を維持する方法としては、2つ挙げられます。1つ目は「繰り返し見る」ことです。忘れては思い出すというプロセスを繰り返していくと記憶は定着しやすくなります。2つ目は「対連合記憶(ついれんごうきおく)」です。これは、あるものと別のものを組み合わせて覚えるというもので、歴史の年号の語呂合わせ(「いいくに作ろう」など)が当てはまります。頭文字で覚えたり、歌に合わせたり、何かと結びつけて覚えることで記憶が維持されやすくなるのです。

そして、もっと大事なことは、私たちの脳には「可塑性(かそせい)」といって、変化する力があるということです。あきらめずに記憶のトレーニングをしていると、やり始めた時より楽に覚えられるようになります。10代・20代の方が可塑性は高いですが、たとえ70代・80代でも可塑性はきちんと残っていると言われています。楽しく努力をすれば、何歳からでも英会話を身につけたり、ピアノが弾けるようになったりすることは可能なのです。  

――投資の観点で考えた場合、例えば、ある銘柄の過去の値動きと日経平均の状況などを関連づけて覚えているのも対連合記憶なのでしょうか?  

一種の対連合記憶でもありますが、もう少し大きな「メタ認知」というか、知的好奇心につながっている素晴らしい思考だと思います。マーケットの動きは世界情勢や経済など、さまざまな要因が複雑に噛み合って動くため、それが一種の知的好奇心につながります。知的好奇心は脳の健康維持に非常に重要です。

何かに取り組む時に、「やらなければならない」と思ってやるより、「楽しくてワクワクするからやりたい」という気持ちが大事です。私たちの脳は感情と記憶が密接に関わっているため、ワクワクする楽しいことのほうが覚えやすいのです。  

脳の機能を健康に維持する2大要素は「運動」と「睡眠」

――記憶力を維持し、脳のさまざまな機能を健康に保つには、どういった生活習慣が必要でしょうか?  

いくつかありますが、特に大事なのは「運動」と「睡眠」です。運動、特に息が少し弾む程度の中強度の有酸素運動を習慣化することで、脳の機能全体が保たれやすくなります。最近はレジスタンス運動と呼ばれる、いわゆる筋トレもかなり良いと言われています。急に激しい運動をするのはお勧めできませんので、やや早歩きをしたり、駅ではエスカレーターではなく階段を使ったりと、日常生活にいかに運動する機会を入れるかが重要です。  

――逆に、「健康脳」ではなくなる要因や、「健康脳」ではない状態とはどのようなものでしょうか?  

最終的には、計算ができなくなる、買い物ができなくなるなど、日常生活が自立して行えなくなる状態が健康ではない状態と言えます。これに影響する要因としては、動脈硬化にかかわる要因、つまり飲酒や喫煙です。あとは男性に多い内臓脂肪型の肥満などが挙げられます。これらは体の慢性炎症を高め、脳や心臓などの臓器に悪影響を与えます。

また、生涯で2人に1人がかかると言われる「うつ病」も、将来の認知症リスクを高めることがわかっています。うつ病と診断されたからといって、必ず認知症になるわけではなく、薬や日常生活でしっかりコントロールしていくことが大事になります。  

――日本人は睡眠時間が短いと聞きますが、これも脳に影響があるのでしょうか?  

睡眠は実は非常に大事です。睡眠には、疲れを取るためだけではなく、記憶力を維持する「海馬」の機能を保ち、記憶を固定したり、脳の中の老廃物を洗い流したりする役割があります。アルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβは、寝ることで脳から洗い流されることが最近わかってきています。質の良い睡眠をとるためには、昼間に運動して活動量を高めて覚醒と睡眠の差を大きくすることや、夕方以降にリビングの照明を暗くするなどの工夫が大切です。  

>>>後編では「健康な脳を保ち、人生を豊かにするための日常の小さなヒント」についてお届けします(近日公開予定)。

企画・編集/マネックスSP信託 徳永玲

※本インタビューは2026年9月15日に実施しました。