2026年9月4日(金)日本時間21:30発表
米国 2026年8月雇用統計、他
【1】結果:雇用者数は市場予想を大幅に上回り、過去分も上方修正
2026年8月の非農業部門雇用者数は前月比16.2万人増と、市場予想の5.5万人増を大幅に上回り、5ヶ月ぶりの高い伸びとなりました。また、6月分は前月比2.0万人増から3.1万人増へ、7月分は2.3万人減から2.1万人増へそれぞれ上方修正されました。2ヶ月分の修正幅は合計でプラス5.5万人の上方修正です。
非農業部門雇用者数の前月比の3ヶ月移動平均値は7.1万人増と、前月時点の改定後である3.8万人増から上昇しました。7月までの直近12ヶ月の平均は3.1万人増でした(図表1-1参照)。
内訳を見ると、民間部門の雇用者数は前月比12.7万人増、政府部門は3.5万人増となりました。民間部門のうち、財生産部門は4.1万人増、民間サービス部門は8.6万人増でした。
業種別では、娯楽・ホスピタリティー業が6.2万人増となり、このうち飲食店が5.9万人増となりました。地方政府の教育部門は4.2万人増でした。飲食店と地方政府の教育部門を合わせた雇用増加数は10.1万人となり、非農業部門全体の増加数の6割超を占めています。
このほか、医療・教育が2.9万人増、建設業が2.2万人増、製造業が1.6万人増、専門・ビジネスサービスが1.0万人増となりました。一方、情報産業は2.3万人減、金融業は1.1万人減となりました(図表1-2)。
失業率は4.1%と、前月から横ばいとなりました。小数点以下2桁までの数値では4.14%と、前月の4.09%から0.05%ポイント上昇しています。また労働参加率は61.6%、就業率は59.1%と、ともに前月から0.2%ポイント上昇しました。
家計調査では、就業者数が前月から56.9万人増加しました。労働力人口は68.3万人増加し、失業者数も11.5万人増加しました。非労働力人口は55.1万人減少しています。(図表2-1、図表2-2)。
【2】内容・注目点:雇用の「合格ライン」低下を踏まえれば、雇用創出ペースは底堅い
今回の雇用統計を評価するうえでは、米国で失業率を安定させるために必要な雇用者数の増加幅が、従来よりも大幅に低下している点を考慮する必要があります。
一般に、労働力人口が増加する経済では、新たに労働市場へ加わる人を吸収するため、一定数の雇用を継続的に創出する必要があります。失業率をおおむね一定に保つために必要な雇用者数の増加ペースは、「ブレークイーブン雇用者数」と呼ばれます。
米連邦準備制度理事会(FRB)スタッフの推計によると、ブレークイーブン雇用者数は、移民流入が急増した2023~2024年には月平均15.5万人程度でしたが、移民流入の減速を受けて2025年には8.65万人程度まで低下しました。さらに、2026年は移民流入の一段の減少や人口高齢化を背景に、月1万人未満まで低下する可能性が示されています。
もっとも、ブレークイーブン雇用者数は直接観測できる指標ではなく、特に移民流入の前提によって推計値が大きく変わります。セントルイス連銀は、2026年の純移民数に関する複数の想定を用い、ブレークイーブン雇用者数を月1.5万~8.7万人と試算しています(図表4、ブレークイーブン推計レンジ)。推計には幅がありますが、2023~2024年に目安とされていた月15万人前後を明確に下回っている点は共通しています。
こうした基準と比較すると、8月の非農業部門雇用者数の16.2万人増は、いずれの推計値も上回る強い結果です。また、単月の振れをならした3ヶ月移動平均も7.1万人増となりました。これはFRBスタッフの推計を大幅に上回り、セントルイス連銀の推計レンジでも上方の水準です。従来の感覚では月7万人程度の雇用増は弱く映りますが、労働供給の伸びが大きく低下した現在では、失業率を安定させるのに十分な水準である可能性があります。
一方、8月の雇用増加には、飲食店の5.9万人増と地方政府の教育部門の4.2万人増が大きく寄与しました。この2業種を機械的に除いた雇用増加数は約6.1万人となります。この数値はセントルイス連銀の推計レンジの内ですが、労働供給の伸びを低く見積もった場合のレンジの下限と比較しても、なおブレークイーブン雇用者数を上回ります。特定業種の反動を考慮しても、雇用者数の基調が失業率の急上昇を示唆するほど弱いとは言いにくいでしょう。
家計調査でも、8月は労働力人口が前月から68.3万人、就業者数が56.9万人増加し、失業率は4.1%で横ばいとなりました。労働参加率も前月から0.2%ポイント上昇しましたが、61.6%にとどまり、年初の62.1%を下回っています。単月では労働供給の持ち直しが見られたものの、年初からの縮小を取り戻すには至っていません。
なお、ブレークイーブン雇用者数が低下する一方、月次の雇用統計には調査誤差や季節調整による変動が残ります。FRBスタッフも、ブレークイーブンがほぼゼロであっても、潜在成長率並みの経済成長が続く中で、月によっては10万人規模の雇用減少が生じ得ると指摘しています。このため、7月の雇用減少や8月の大幅増加を単月の結果だけで評価するのではなく、数ヶ月平均に比べて、失業率や労働参加率なども併せて確認することが重要です。
8月の結果は、米国の雇用が再び急拡大局面に入ったことを示すものではありません。しかし、構造的に低下したブレークイーブン雇用者数を基準にすれば、3ヶ月平均7.1万人増という足元の雇用創出ペースは、失業率を安定させるうえで相応に強い水準です。米国の労働市場は、雇用の増加幅こそ過去より小さくなっていますが、労働供給も縮小しているため、需給の底堅さを維持していると考えられます。
【3】所感:雇用面の懸念は後退、政策判断の焦点は物価へ
今回の雇用統計は、前月に高まった労働市場の急減速懸念を後退させ、9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)における追加利上げの選択肢を残す内容となりました。発表後には9月利上げの市場予想確率が上昇し、米国株は下落しました。景気の底堅さを示す「良いニュース」が金融引き締め観測を強める、いわゆる「グッドニュース・イズ・バッドニュース」の反応となっています。
もっとも、今回の雇用統計は、利上げを積極的に正当化するほど労働市場が過熱していることを示したというより、雇用悪化を理由に利上げを見送る必要性を薄れさせた、と捉えるべきでしょう。前述の通り、労働供給の伸びが構造的に低下している中では、3ヶ月平均7.1万人増という雇用増加ペースでも失業率を安定させるには十分と考えられます。
一方、雇用者数の持ち直しとは対照的に、賃金上昇率には再加速が見られません。民間部門の平均時給は8月に前月比0.3%増となったものの、前年同月比では3.1%増と、前月の3.2%増から鈍化しました。
より直近のモメンタムを確認すると、3ヶ月前比年率は約2.8%、6ヶ月前比年率は約2.6%となり、いずれも前年同月比の伸びを下回っています。3ヶ月前比は6ヶ月前比をわずかに上回っているため、足元で減速が一段と進んでいるとは言い切れませんが、賃金上昇圧力が2025年までの水準を比べて基調的に弱まっていることが確認できます(図表5)。
次回FOMCは9月15~16日に開催されます。それまでに8月の生産者物価指数(PPI)が9月10日、消費者物価指数(CPI)が9月11日に公表されます。基調的な物価上昇率やサービス価格の根強さが確認されれば、労働市場の底堅さを背景に追加利上げの可能性が高まるでしょう。反対に、物価上昇圧力が広範に鈍化すれば、賃金モメンタムの減速と併せて、政策金利を据え置く判断を後押しすると考えられます。
今回の雇用統計は追加利上げを決定づけたのではなく、政策判断の重心を雇用から物価へ戻したと言えます。ウォーシュ体制の下で政策の方向性が事前に示されにくくなる中、9月10日と11日の物価指標が9月FOMCの判断と金融市場の方向性を左右する重要な分岐点となるでしょう。
マネックス証券 フィナンシャル・インテリジェンス部 山口 慧太
