米国消費減速への懸念
今日の日本株相場は実質的に動きなし。来週にエヌビディア[NVDA]の決算発表とジャクソンホール会議という大きなイベントを控えて「開店休場」状態だ。そのなかで日経平均の小幅安を主導したのがファーストリテイリング(9983)をはじめとする小売り株の下落だ。
その小売り株安の背景は、前日の米国株式市場で、小売り最大手ウォルマート[WMT]の株価が急落したことだ。一時は前日比10%近く下落し、終値でも9.2%安となった。5-7月期決算では売上高、利益ともに底堅さをみせたものの、米国の既存店売上高の伸びが6年ぶりの低水準に鈍化したことが嫌気された。
米国市場でウォルマートが売られたからと言って、日本市場で小売り株が連れ安するのは理屈がたたない。まったく別ものと考えるべきだ。
しかし、昨日のウォルマート株安については重要なインプリケーションがある。ウォルマートは米国消費を映す鏡ともいわれるだけに、その株価急落は、これまで米国経済を支えてきた個人消費に変調が生じていることを市場に強く意識させた。実際、足元の経済指標には消費の弱さが表れている。7月の小売売上高は前月比0.6%減と市場予想に反して減少した。ネット通販が2.2%減、自動車が1.8%減となった。ネット通販については、アマゾン・ドットコム[AMZN]の「プライムデー」が例年の7月から6月に前倒しされた反動という特殊要因もあるため、数字ほど悪くないとの見方もできる。それでも、米国消費の勢いが年初までと比べて鈍ってきたことは否定できない。
雇用増加ペースと賃金上昇率鈍化で米家計の購買力は低下
背景には、家計の購買力の低下がある。7月の消費者物価指数(CPI)は前年比3.4%上昇した。一方、雇用統計で示された平均時給の伸びは前年比3%台前半まで鈍化している。つまり、賃金の伸びが物価上昇に追いつかなくなっている。加えて、中東情勢を背景とするガソリン価格の上昇も家計を圧迫する。ウォルマートも、燃料価格の上昇によって消費者が支出の優先順位を厳しくしていることを指摘している。
雇用にも変化がみられる。雇用者数の増加ペースが鈍化し、賃金上昇率も低下している。これまでの米国経済では、多少物価が上昇しても、雇用と賃金が強いため消費が落ちないという構図が続いてきた。しかし、物価上昇率が賃金上昇率を上回るようになれば、家計は節約に向かわざるを得ない。特に食料品やガソリンといった必需品への支出が増えれば、衣料品、家電、娯楽などへの裁量的な支出は削られる。今回のウォルマート株急落は、こうした変化を市場が敏感に察知したものと考えられる。
消費減速の一方で米国の企業設備投資は強い
では、米国経済はこのまま景気後退に向かうのだろうか。現時点では、そこまで悲観する必要はないと考える。4-6月期の実質GDPは前期比年率1.5%増と、1-3月期の2.1%増から減速したものの、依然としてプラス成長を維持した。しかもGDPの中身を見ると、個人消費だけでなく設備投資と輸出も成長に寄与している。
なかでも注目すべきなのが企業の設備投資である。AI、データセンター、半導体、サーバー、電力設備などへの投資は依然として極めて旺盛だ。2026年上期の企業設備投資は年率換算で10%近く増加しており、4-6月期だけをみても企業設備投資は8.4%増加した。設備投資の中でも情報処理機器や知的財産への投資が強く、AI関連投資が米国経済の新しい成長エンジンになっている。
右図破線部は市場予想中央値。設備投資は企業設備投資に加え住宅投資など含むグロスの予測値。
つまり、米国経済では成長の構成に変化が起きている。これまでの「強い雇用→賃金上昇→強い個人消費」という成長パターンから、足元では「消費減速+旺盛な企業設備投資」という形へと移りつつある。個人消費が弱くなったからといって、直ちに米国経済全体が失速するわけではない。
インフレ鈍化は株式市場の追い風に
そして、この状況は株式市場にとって必ずしも悪いものではない。むしろ、適度な消費減速はインフレ圧力を弱める。7月のCPIは前年比3.4%と依然高いものの、前月比ではわずか0.1%の上昇にとどまり、食品とエネルギーを除くコアCPIは前年比2.5%まで低下している。消費と賃金がさらに穏やかになれば、FRBが再び金融引き締めを強める必要性も後退する。
まとめると、たしかに米国の消費は弱くなっている。ウォルマート株の急落は米国消費に灯った黄信号である。しかし、それを米国景気全体の赤信号とみるのは早計だろう。消費が適度に減速する一方、AIを中心とした設備投資が経済成長を支え、インフレ圧力が徐々に和らぐのであれば、これは株式市場にとってむしろ好都合な環境である。景気は悪すぎず、物価は高すぎず、企業投資は強い。結論は、先週のストラテジーレポート「米国経済のゴルディロックス」の上書きだ。株式投資にとって好環境である。
足元は米国の長期金利の上昇が大きな話題となっているが、消費減速が鮮明になれば、金利上昇の勢いも多少なりとも鈍るだろう。その意味でも、このBad NewsはGood Newsなのかもしれない。
