「審判」ではなく「ボール」を見る市場
先週のFOMCでは、ウォーシュ議長は、市場参加者が「審判」であるFRBの示唆ではなく、「ボール」である経済データを見るようになったと述べました。
Hillenbrand(2025)は、1989~2021年の長期金利低下の約87%が、FOMCの前営業日、政策決定日、翌営業日からなる3日間に生じたと報告しています。
同様の手法でその後の動きをみると、2022年以降は長期金利の上昇局面であるにもかかわらず、FOMC前後3日では金利が低下し、上昇は主に非FOMC日に生じていました。FOMC前後の低下には、FRBの政策姿勢や景気認識が過度な金利上昇を抑え、市場を安定させた面も考えられます。
一方、上昇トレンドが会合間に形成されたことは、金利形成の重心がFRBの示唆だけでなく、物価、景気、財政、国債需給などのファンダメンタルズへ移りつつあるという、「審判からボールへ」の変化と整合的です。
そして今回は、会合後に長期金利が上昇しました。市場は、会合情報を足元のファンダメンタルズと照合し、近年のFOMC後とは異なる方向に評価しています。
利上げを伴わない引き締め効果
今回のウォーシュ議長の発言で特徴的だったのは、市場金利が上昇すれば、それ自体が需要を抑制し、金融引き締めの効果を持つという考え方です。実際に政策金利を引き上げなくても、タカ派的な姿勢を維持し、金融環境を引き締まった状態に保つことができます。
政策金利は据え置かれていても、住宅ローン金利や社債利回りなどが高止まりすれば、企業や家計の借入コストは上昇します。FRBとしては、ファンダメンタルズを見極める間、市場金利を通じた引き締め効果を活用する意図もあると考えられます。
米国の物価と雇用の現在地
半数近くの企業が今後値上げを予定
物価上昇率はいまだFRBの目標である2%を上回っています。伸び率は鈍化しつつあるものの、地政学リスクがくすぶり、また関税によるコスト増加も今後の物価を押し上げる可能性があります。ニューヨーク連銀の企業調査では、半数近くの企業が、関税の影響から今後も値上げを予定していると回答しています。
米国の労働市場は縮小均衡の様相
米国の労働市場は、雇用需要と労働供給がともに弱まる縮小均衡の様相を強めています。FRBの分析では、失業率を一定に保つために必要な雇用者数の増加は、2026年にはゼロ近くまで低下する可能性が指摘されています。移民流入の減少や高齢化によって労働力人口の伸びが低下しており、雇用増加がなくても失業率は安定し得るということです。
このため、雇用者数が伸び悩んでいるという理由だけで、FRBが直ちに金融緩和へ転じるとは限りません。物価が目標を上回る中では、FRBは引き締め姿勢を維持しやすく、市場金利も高止まりしやすい環境が続くと考えられます。
業績の裏付けを求める株式市場
米国経済は全体として堅調ですが、高金利は株式のPER(株価収益率)にとって向かい風です。このため、株価が一段と上昇するには、バリュエーションの拡大よりも、企業業績による裏付けが一層重要になります。
足元の決算は全体として良好です。Bloomberg集計では、2026年7月末時点で決算を発表したS&P500企業の86%が市場予想を上回りました。
ただし、ハイテク大手や株価上昇が続いた半導体関連では、好決算であっても株価反応にばらつきがみられます。市場が求めているのは、単なる利益成長ではなく、その持続性への確信です。
景気循環性の高いメモリーなど、足元で大幅な利益を上げている分野では、その持続性が問われます。一方、積極的な設備投資を進めるハイテク企業には、収益化の確度が求められています。
社債市場にも表れ始めた選別、一部企業ではCDSスプレッドが上昇
社債市場全体では信用スプレッドはなお低水準にあり、企業部門全体への警戒感が急速に高まっているわけではありません。ただし、ハイパースケーラーやその周辺企業については、信用リスクを映すCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)への関心が高まっています。
これまで自己資金を中心に投資してきた企業も、社債など外部資金への依存を高めています。市場が求めているのは、設備投資の規模だけではなく、それに見合った収益です。金利が高止まりする中、CDSスプレッドの上昇は資金調達コストを押し上げ、投資回収や企業収益の持続性に対する懸念を強めはじめています。
全体は堅調でも、一部の不安定さには注意
全体として良好な投資環境が評価される一方、高まった期待に応えられるだけの業績の持続性や、積極的な設備投資を収益へ結び付けられるかが問われています。クレジット市場に表れ始めた選別や、長期金利の高止まりなどの向かい風にも注意が必要です。特定の企業やテーマに集中し過ぎず、資産、地域、業種を分散して臨みたい局面です。
