株主にとって最も重要な還元とは
企業の株主還元といえば、増配や自社株買いが注目されがちです。しかし、本来の株主還元とは、単に資金を株主に分配することではありません。企業価値を高めるために最適な資金配分を行うことが、株主にとって最も重要な還元と言えます。
企業の資金配分は一様ではなく、置かれている状況によって大きく異なります。例えば、将来の成長が見込める局面では、設備投資や研究開発に資金を振り向けることが、長期的には株主価値の向上につながります。
一方で、成長余地が限られる成熟企業においては、配当や自社株買いによって資金を株主に還元することが合理的です。このように、企業が事業活動で得た資金を投資や分配のどこに配分するかという意思決定は、キャッシュフロー・アロケーションと呼ばれ、企業価値を左右する重要な要素です。
そこで本稿では、キャッシュフロー、すなわち資金の流れに基づいて企業を分類し、それぞれのタイプにおいて、どの投資指標が有効なのかを解説します。
キャッシュフローで企業の状態を見極める
資金の動きに基づく、企業の5分類
まず、「①資金調達型」は、事業から十分な資金を生み出せていない一方で、増資や借入など外部から資金を調達しながら成長を目指す企業です。成長の初期段階にある企業や、積極的に事業拡大を進めている企業に多く見られます。
次に、「②成長投資型」は、事業で稼いだ資金をもとに、さらに設備投資や研究開発へと資金を振り向けている企業です。利益を生み出しながら成長を続けている状態であり、成長企業の典型的な姿と言えます。
「③安定収益型」は、事業から安定的に資金を生み出している企業です。事業が大きく伸びていく環境ではないものの、安定していることから大きな投資を必要とせず、得た資金を配当や自社株買いとして株主に還元する余力がある企業が多いのが特徴です。
「④構造転換型」は、事業環境が厳しくなったことから、リストラや事業再編などを通じて、収益構造の見直しが進んでいる企業です。事業の方向性を転換している途中にあり、今後の変化次第で成長軌道に戻る可能性もあれば、厳しい状況が続く可能性もある局面にあります。
最後に、「⑤資産取り崩し型」は、事業で十分に資金を稼ぐことができず、保有している資産の売却などによって資金を補っている企業です。事業環境が厳しいため増資や借入などの資金調達も難しい状況で、収益力が低下している状況にあります。
このように企業がどのような経営状況にあるかは、資金の流れを見れば把握することができます。そこで本稿では、2011年に米国の研究者ディキンソンが提唱した手法をベースに、各企業を5つの分類のいずれかに当てはめていきます。
資金の流れを把握するために用いる、キャッシュフロー計算書
キャッシュフロー計算書とは、企業にどのように資金が入り、どのように使われたのかを示す決算書です。本決算では、企業の財務状況を示す貸借対照表、1年間の収益と費用を示す損益計算書とあわせて、このキャッシュフロー計算書が開示されます。これらは「財務3表」と呼ばれ、企業の状況を把握するうえで基本となる資料です。
キャッシュフロー計算書では、資金の出入りをその性質に応じて3つに分けて捉えます。すなわち、本業による資金の増減を示す「営業活動によるキャッシュフロー」、設備投資や資産売却などによる資金の動きを示す「投資活動によるキャッシュフロー」、そして資金調達や株主還元に関する動きを示す「財務活動によるキャッシュフロー」です。
企業の資金の使い方や稼ぎ方の特徴を明らかにする方法
これら3つのキャッシュフローの組み合わせによって、企業の資金の使い方や稼ぎ方の特徴が明らかになり、先に示した5つの分類に整理することができます。
ディキンソンが提唱した手法は、「営業活動によるキャッシュフロー」「投資活動によるキャッシュフロー」そして「財務活動によるキャッシュフロー」の符号だけに着目します。
①資金調達型:増資や借入など外部から資金を調達しながら成長を目指す企業
先ずは、図表2の「①資金調達型」に着目しましょう。資金調達型とは、「事業から十分な資金を生み出せていない一方で、増資や借入など外部から資金を調達しながら成長を目指す企業」です。本業でキャッシュを生み出せていないため、営業活動によるキャッシュフローは「-」となります。
また、将来の成長に向けて設備投資を行うことで資金が流出するため、投資活動によるキャッシュフローも「-」です。そして、その投資資金を賄うために借入や株式発行を行うことから、財務活動によるキャッシュフローは「+」となります。
このように、キャッシュフロー計算書における3つの区分の符号を見ることで、企業が①から⑤のどの分類に該当するのかを判断することができます。
②成長投資型:本業から安定的な資金があるが、さらなる成長に向け設備投資を行う
次に、「②成長投資型」は、事業が軌道に乗り、本業から安定的に資金を得られている企業です。そのため営業活動によるキャッシュフローは「+」となります。一方で、さらなる成長に向けた設備投資を積極的に行うため、投資活動によるキャッシュフローは「-」となります。また、投資資金を銀行からの借り入れや増資などで調達するケースから、財務活動によるキャッシュフローは「+」となります。
③安定収益型:事業が成熟し、安定的にキャッシュを生み出す
「③安定収益型」は、事業が成熟し、安定的にキャッシュを生み出している企業です。営業活動によるキャッシュフローは「+」となり、設備投資も維持・更新が中心となるため、投資活動によるキャッシュフローは「-」となります。一方で、余剰資金を配当や自社株買いとして株主に還元するため、その分、企業に蓄積される資金が減少することから、財務活動によるキャッシュフローは「-」となります。
これらに加えて、「④構造転換型」と「⑤資産取り崩し型」を含めた5分類がありますが、本稿で重要なのは、企業の資金の流れによって「有効な投資指標が変わる可能性がある」という点です。
そこで本稿では、資金の流れに基づく企業分類と投資指標の有効性という観点から、特に①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型の3つに注目します。
企業タイプ別にみた有効な投資指標
資金調達型、安定収益型、構造転換型は、投資指標による銘柄選別に明確な傾向
ここからは、企業の分類ごとに、どの投資指標が銘柄選別に有効なのかを見ていきます。実際に検証を行ったところ、①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型の3つの分類では、投資指標による銘柄選別に明確な傾向が確認されました。
②成長投資型は単一指標では優劣を判断しにくいことも
一方で、「②成長投資型」と「⑤資産取り崩し型」については、はっきりとした傾向は見られませんでした。成長投資型は企業として理想的な資金の稼ぎ方と配分を行っている状態であり、市場の注目も高く、様々な要因が株価に織り込まれやすいため、単一の投資指標では優劣を判断しにくいと考えられます。
また、資産取り崩し型は事業環境が厳しく、将来の見通しが不透明な企業が多いため、投資指標による銘柄選別が機能しにくい状況にあると考えられます。成長投資型は、企業活動としては理想的な資金の稼ぎ方と配分を行っている状態であり、市場の注目も高く、様々な材料が株価に織り込まれやすい傾向があります。そのため、単一の投資指標だけでは優劣を判断しにくいと考えられます。
⑤資産取り崩し型は投資指標によって魅力的な見つけることが難しい場合も
そして、その対極に位置する資産取り崩し型は、事業環境が厳しく、将来の見通しが不透明な企業が多いのが特徴です。こうした企業では、投資指標によって魅力的な銘柄を見つけることが難しい状況にあるからです。
①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型では、それぞれどの投資指標が有効か
今回の検証では、投資判断で広く使われる以下の7つの指標を用いました。予想ROE、予想PER、予想配当利回り、予想営業利益変化率、PBR、予想営業利益増益率、四半期営業利益前年比です。対象は、金融業を除くTOPIX構成銘柄とし、毎月末時点で入手可能なデータを用いて分析しています。
分析の方法はシンプルです。まず、各企業を先に説明したキャッシュフローの分類(①~⑤)に振り分けます。そのうえで、各分類ごとにそれぞれの投資指標について銘柄を5つのグループに分け、指標の値が魅力的な銘柄群のパフォーマンスを検証しています。
なお、PERやPBRについては数値が低いほど割安とされる指標であるため、分析では低い銘柄ほど評価が高くなるように調整したうえで、他の指標と同様に「第5分位(最も魅力的なグループ)」として扱っています。
投資指標の有効性を評価
そして、この第5分位の銘柄群の平均リターンが、全体平均と比べてどの程度上回っているかをもとに、それぞれの投資指標の有効性を評価し、結果を図表3に示しました。
①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型のそれぞれについて、有効性が高かった投資指標を見ていきます。
①資金調達型では、(今期)予想ROEが最も効果的
資金調達型は、事業から十分なキャッシュを生み出せていない一方で、利益自体は確保できている企業が多く見られます。例えば、売上の成長は大きく、利益も出ているものの、それがまだキャッシュとして回収されていない(売掛金が多い)ケースです。このような企業では、調達した資金をどれだけ効率的に収益につなげているかが重要であり、資本効率を示すROEの高さが銘柄選別のポイントとなります。
③安定収益型では、(今期)予想配当利回りが有効
安定収益型は、事業から安定的にキャッシュを生み出すことができる企業であり、余剰資金を配当や自社株買いとして株主に還元する余力があります。そのため、配当利回りの高さがそのまま投資妙味につながりやすいと考えられます。
④構造転換型では、(今期)予想PERが低い企業が有効
構造転換型は、リストラや事業再編を通じて収益構造の見直しが進んでいる企業であり、現時点では評価が低く抑えられているケースが多く見られます。そのため、割安な水準にある企業の中から、今後の収益改善による株価の見直しが期待される銘柄を選ぶことが有効であると考えられます。
実践で使える銘柄選別の基準
以下に実際の銘柄選別に向けた具体的な方法を示します。
銘柄選別に有効な指標の目安となる水準
①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型それぞれについて、銘柄選別に有効な指標は図表3で確認できますが、その目安となる水準は以下の通りです。これらは、図表3の検証において最も魅力的と判断されたグループ(第5分位)に該当した銘柄の水準をもとにしています(なお、PERについては低いほど魅力的となる方向で判断しています)。
①資金調達型:(今期)予想ROE 20%以上
③安定収益型:(今期)予想配当利回り 3.80%以上
④構造転換型:(今期)予想PER 10倍以下
企業の実態把握には中長期的な傾向をみる必要がある
次に、これらの分類をどのように実務で判定するかについてです。①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型の判断にはキャッシュフロー計算書を用いますが、単年度のデータだけで判断する場合には注意が必要です。例えば、コロナ禍では売上の急減により営業キャッシュフローが一時的にマイナスとなった企業も少なくありません。しかし、企業の実態を把握するためには、一時的な変動ではなく中長期的な傾向を見ることが重要です。
そこで本稿では、直近3期の決算をもとに判断します。具体的には、営業・投資・財務それぞれのキャッシュフローについて、過去3年間のうち2回以上プラスであれば、その項目は「+」とみなして分類しています(過去3年間のうち2回以上マイナスであれば、その項目は「-」)。
このように企業の資金の流れを整理し、投資指標と組み合わせることで、より実践的な銘柄選別が可能になります。投資の参考としてご活用ください。
マネックス証券のウェブサイトで①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型の判断と投資指標の水準を確認する方法
ここからは補足的な説明です。読者の皆さんが、①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型の分類にと判断できるか、そして、実際にそれらに分類される企業に該当した場合に、投資指標の水準をチェックする方法を紹介します。
マネックス証券のウェブサイトの「銘柄スカウター」を利用できる方は、図表4の赤丸印の検索欄に銘柄コード、あるいは銘柄名を入力すると、銘柄の基本情報を確認することができます。
ここではある銘柄を取り上げます。先ずは、①資金調達型、③安定収益型、④構造転換型の分類の判断です。銘柄ページが表示された後、下の方にスクロールすると、「キャッシュフロー推移」が表示されます。こここで図表5の紫四角の直近までの過去3年間のみに注目します。
営業・投資・財務それぞれのキャッシュフローについて、過去3年間のうち2回以上プラスであれば、その項目は「プラス」とみなすルールですから、先ずは営業キャッシュフローから判断していきます。営業キャッシュフローの3年間の符号は全てプラスなので営業キャッシュフローは「+」とします。
次に投資キャッシュフローの判断です。投資キャッシュフローは2026/03が33,686百万円とプラスです。しかし、その前の2年間はマイナスです。2回以上マイナスなので「マイナス」とします。
最後に、財務キャッシュフローの判断ですが、過去3年間の符号は全てマイナスなので財務キャッシュフローは「-」とします。
結果をまとめると、営業キャッシュフローは「+」、投資キャッシュフローは「マイナス」そして財務キャッシュフローは「-」です。これを図表2に当てはめると③安定収益型となります。
次に、投資指標の判断です、「③安定収益型は(今期)予想配当利回り 3.80%以上」であると条件に満たすものになります。同じサイトの最上段までスクロールすると、図表6のように「配当利回り(予)」が表示されていますのでチェックができます。同銘柄は予想配当利回り 3.80%以上の条件を満たしてはいませんでした。
同様に、④構造転換型に該当する銘柄については、「④構造転換型:(今期)予想PER 10倍以下」 はPER(予) でチェックできますし、①資金調達型に該当する銘柄については、「①資金調達型:(今期)予想ROE 20%以上 」の条件に関してROE(実)の実績ROEで代替して判断することが可能です。
