為替リスクのヘッジについては、学術的にも議論が多くありますが、大きく三つの立場に整理できます。

第一に、「為替の期待リターンはゼロとみなし、不要なリスクは極力排除する」という立場で、積極的にヘッジを行う考え方です。理論的には、長期的に為替レートは購買力平価に近づくとされ、為替変動は投資家にとって純粋なリスクとみなされます。特に、利回りが小さい債券においては数%の為替変動がリターンを打ち消す可能性があるため、ヘッジをかけて安定収益を守る意義は大きい、となります。

第二に、「短期ではヘッジが有効でも、長期では為替リスクは平均化しやすく、必ずしもヘッジは必要ない」という立場です。株式は価格変動が大きく、長期成長を前提とするため、為替はリスクである一方で分散効果をもたらす場合もあります。さらに、ヘッジには金利差に基づくコストが発生し、長期投資ではその積み上がりがリターンを押し下げることにもなります。国際株式での為替ヘッジ効果は限定的で、ヘッジ無しや、あっても部分的なヘッジにとどめるのが合理的だとする研究も多く見られます。

第三に、「どちらを選んでも後悔しうる状況を避けるため、ヘッジ比率を50%前後にする」という折衷案です。円高局面ではヘッジ無しが不利となり、円安局面ではヘッジコストがリターンを削る――こうした「どちらを選んでも後悔し得る」状況を和らげるため、あらかじめ一定割合をヘッジする手法です。年金基金や保険会社など長期投資家にも採用例があります。

株式はリスク資産であり、長期的に年率1桁後半%のリターンを期待する前提では、為替変動の影響は相対的に小さく、通貨による分散効果のメリットも得られます。そのため、株式ではヘッジ無しや部分的なヘッジを選ぶ合理性が高いとされます。一方、債券は金利収入が主たる収益源であり、為替変動が安定性を損ないやすいため、ヘッジ対象となりやすい面があります。

ただし、これは必ずそうすべきという強い推奨ではなく、ポートフォリオ全体でどこかにヘッジを組み込み、その置き場所が債券に落ち着きやすい、という程度の理解でよいでしょう。

もっとも、こうした研究や実務の多くは米ドルを中心とする欧米市場で蓄積されており、円を前提とした検証は相対的に少ないのが現状です。円はリスクオフ局面で買われやすく、ドルやユーロとは異なる動きを示すことがあります。加えて、日本は長期にわたり低金利で、為替ヘッジのコストが重くなりやすい環境でした。

短期的にはコストを差し引いても期待するリターンが得られるのであれば、ヘッジは有効でしょう。コスト分だけリターンの低下が決まってしまいますが、為替変動をあまり気にせず運用したいという安心感にコストが見合うと判断できるのであれば、一部ヘッジを戦略に取り入れることは十分合理的です。さらに、金利差や為替ボラティリティは変化するため、タイミングやコスト環境に応じてヘッジ比率を調整する柔軟さも重要です。

一方、ヘッジコストは長期的にリターンを確実に押し下げる要因となります。そのため、売却時にドルで換金される外国株や外国債券、または投資信託に投資し、そのままドル建てで再投資を続けることで、為替変動リスクを回避することが可能です。このような運用では、為替ヘッジを行わずに、長期投資の観点で為替の影響軽減を狙うことになります。

日本の金利正常化が一段と進み、諸外国との金利差が縮小するのであれば、コスト控除後の期待リターンを念頭に、ヘッジの有効性が増すことが期待されます。今はコスト先行で主流な手法とは言えないですが、今後はヘッジを検討する機会が増えることになるでしょう。