◆「最後のときが最後のときだとわかる人間は誰もいない。かならず手遅れになる。おまえだけじゃないさ。だからときに生きるのがすごくつらくなる」
(S・A・コスビー『頬に哀しみを刻め』ハーパーBOOKS)

『頬に哀しみを刻め』は「このミステリーがすごい!2024年版」の海外編で1位に選ばれた作品である。複数の有力な賞も受けている。ジャンルはクライム・サスペンス、つまり犯罪小説だが、その風合いはアメリカン・ノワールであり、古き良きハードボイルドの要素も多分に含んでいる。

◆ハードボイルドだというのは、それに不可欠な「ワイズクラック」が満載だからだ。ワイズクラックは一般に「減らず口」と訳されるが、より広範にウィットに富んだ気の利いた会話を指す。例えば、前作『黒き荒野の果て』で、昼酒を咎められるシーン。

「まだ11時だぞ」「おい、アラン・ジャクソンも歌っているだろ。世界のどこかはいま5時(It's Five O'clock Somewhere )だって」

思わず、くすりと笑みがもれるような切り返しではないか。一方、冒頭に引いた台詞はワイズクラックというより箴言のように聞こえる。あるいは厳しい現実を直視した人生訓か。まさに「最後のときが最後のときだとわかる人間は誰もいない」であろう。

◆FRB(米連邦準備制度理事会)は1月に開いたFOMC(米連邦公開市場委員会)で事実上の利上げ終焉を宣言した。焦点はすでに利下げ開始時期に移っている。思えば最後の利上げは2023年7月だった。半年も前だ。しかし、その時、それが最後の利上げになるとは誰が見抜けただろう。当時はインフレが収束する兆しが見えずFRBもタカ派姿勢を崩してはいなかった。2023年12月のFOMCでさえ、再利上げの可能性に含みをもたせていたくらいなのだから、7月が最後の利上げであったとは誰も思いもしなかったのである。

◆ゴルフと相場に「たられば」はない。しかし、もし2023年の夏に、これが最後の利上げとわかっていたら、その時点から米国株に強気で臨めたであろう。2023年秋の米国株のボトムは迷わず買いで応じたはずだ。S&P500が史上初めて5,000ポイントの大台をつけた。めでたいグッドニュースではある。しかし、2023年の利上げが夏で最後とわかっていて、株価が安いうちにもっと買っていれば…と後悔も残るので、素直に喜べない。コスビーが言う通り、「だからときに生きるのがすごくつらくなる」のである。