世界三大投資家と称されるジム・ロジャーズ氏に、ハッチこと岡元兵八郎がインタビュー。地政学リスクにどのように備えるか、これからの世界動向や注目している地域や国などについてお話をうかがいました。
著名投資家ジム・ロジャーズ氏がシンガポールに住んでいる理由
岡元:ジムさん、今日はお会いできて光栄です。私は1990年代初頭にジョン・トレインが書いた 『New Money Masters』という本でジムさんのことを知りました。あなたはこの本で言及されている10人の偉大なマネー・マネージャーの最初の 1人でした。
その後1994年に、私はジムさんが書かれた『インベストメント・バイカー』という本を原著で読みました。当時、私は米国のソロモン・ブラザーズで働いていたのですが、この本は非常に興味深く刺激的でした。若かった私を奮い立たせて、世界について異なる視点で考えることを教えてくれました。私はジムさんの本から大きな影響を受け、世界の国々を見ることに興味を持つようになったのです。おかげでこれまでにコートジボワールやスワジランドといった珍しい国を含む、世界81ヶ国を訪れました。
ジムさんは、2007年にアジアの未来を信じてシンガポールに移住されましたよね。移り住んで16年になりますが、シンガポールでの生活はいかがですか。
ジム・ロジャーズ氏:もし日本で中国語が話されていたら、私は日本に移住していたかもしれません。私は日本が大好きです。日本は本当にお気に入りの国なのですよ。シンガポールに移住したのは、2人の子どもたちの人生のために準備したいと思ったからです。彼女達が生きている間に、おそらく中国語は最も重要なものになるでしょう。私は世界のどこにでも移住できましたが、子ども達が流暢に中国語を話せるようになって欲しいと考えました。シンガポールは英語も通じるため、私自身は英語で話すことができるのも、移住先にシンガポールを選んだ理由の1つです。
子ども達は3年間、旧正月に中国のCCTV(中国中央電視台)のお正月番組に出演しているのですが、彼らは私の娘達がとても流暢に中国語を話すことに衝撃を受けていました。なぜ彼女達の方が自分たちより中国語が上手なのだと。
岡元:CCTVがそう言ったのですか?
ジム・ロジャーズ氏:そうです。子ども達はシンガポールが好きですし、私たちもシンガポールが好きです。移住の決断は大成功で、とてもうまくいっていると思います。
岡元:シンガポールでの生活の質はどうでしょうか?
ジム・ロジャーズ氏:ニューヨークはとても刺激的でしたが、住むのは大変でした。一方、シンガポールは暮らしやすい場所です。例えば、シンガポール空港は私の家から非常に近く、すぐに飛行機に飛び乗ることができます。ニューヨークのJFK空港とは大違いです。シンガポールには美味しいレストランもあり、面白い人たちもいます。シンガポールにはなんでもあります。ニューヨークでも東京でもないけれど、私たちはここでの生活に十分満足しています。
次の問題は、子ども達が大きくなったとき、シンガポールに残らなかったらどうするかということ。もしかしたら東京に住むかもしれない。うん、それはいいアイディアだ。まあ、それはそのうち分かるでしょう。
日本は経済成長の問題を除けば快適
岡元:もし、ジムさんがシンガポールではなく日本に住んでいたとしたら、どんな生活を送っていたと思いますか。
ジム・ロジャーズ氏:それもいい質問ですね。日本にも劇場はあるけれど、劇は日本語ですね。いや、シンガポールにはシンフォニーがありますが、楽器の演奏だし、バレエも言語は関係ありません。ということは、日本語が問題ということではありませんね。
私が日本のことをとても好きなのは確かで、これまで数えきれないほど、日本を訪れています。初めて行ったのは40年前でした。私は少なくとも50年間、日本に投資してきました。食べ物も美味しいし、何もかもがいい。英語が通じないということと経済成長の問題を除けば、すべてが快適なのです。
日本人は何かをするとき、どこの国の人よりも上手くやっていると思います。たとえば、世界最高のイタリアンレストランは、イタリアではなく、日本にありますね。1950年代、当時の日本人は競争に勝つためには品質で勝負しなければならないと気づきました。誰よりも優れたものを作らなければならなかったのです。
1958年の話をしましょう。ピッツバーグにある米国最大のアルミニウム会社アルコア[AA]のCEOは、経営陣を工場に連れてきました。床には大きなアルミニウムのロールがありました。そして、みんなはそれを見て、「信じられない!誰が作ったの?一体いくらかかったのか?」と言いました。品質がとても高かったからです。
そしてCEOは経営陣に対して「いいえ、これは標準の品質です」と言いました。それは日本から輸入された既製品のアルミでした。これは日本人が毎日、毎時間行っていることであり、彼らは日本の会社がやっていることに気付いたのです。
日本のオートバイや自動車が米国に来たときのことを覚えていますか?トヨタが米国に進出したとき、彼らは失敗することを恐れ、その名前を傷つけないために別の名前を使っていました。
1965年当時、ゼネラル・モーターズ[GM]は世界で最も裕福で強力な米国を代表する企業でした。
1965年のゼネラル・モーターズの取締役会で、コンサルタントは「日本人がやってくるぞ」と言いました。取締役会は「誰が気にする?気にしないさ。来ればいいよ」という反応だったそうです。
しかしその後、ゼネラル・モーターズは一度経営破たんしましたが、トヨタは世界最大の自動車会社になりました。1950年代から日本人は学び始めていたのです。日本企業が提供する品質は世界のどこよりも全てが優れており、素晴らしいと思います。日本のような品質の高さを達成したのはごく少数です。
地政学リスクにはどう備えるか、これからの世界の動向は?
岡元:私は世界がより住みやすい場所になることを望んでいます。しかし、ウクライナでの予期せぬ戦争や、今中東で起きていることなどを考えると、私たちは以前よりも複雑な世界に住んでいるように思えます。
ジムさんの目には今、世界はどう映っているのでしょうか?そして、それはどこへ向かっていると思いますか?
ジム・ロジャーズ氏:まず第1に、経済的な大問題(サブプライムショックを起因とした金融危機)が起きてから15年以上が経過しており、これは米国史上、最も長い期間です。米国は最大の国であるだけでなく、最大の債務国でもあります。歴史は「米国は問題に近づいている」と言うでしょう。
次に問題が起きるなら借金のせいで、私の生涯でもあなたの生涯でも最悪の事態になるでしょう。今、借金は驚くほど大きいのです。2008年には負債が多すぎて問題になりました。しかし、2009年以降、借金はいたるところで増えています。
中国でさえ今は多額の借金があります。中国は30年前にはほとんど負債がありませんでした。そのため、次は予想できないような問題になるでしょう。私の人生の中で最悪なレベルだと思います。多くの人々が苦しみ、破産し、良いことはないでしょう。
残念なことに、歴史上、経済が非常に悪い時期になると、貿易戦争に発展することがあります。時には銃撃戦に発展し、さらに経済を悪化させる恐れもあるため、注意した方がいいと思います。
世界史上最大の債務国の米国のリスクとは
岡元:今、お話しいただいた問題は、米国で起こりうる潜在的な問題ですよね。それらが実際どうやって起きるとお考えですか?それは10年以内?いや50年以内に起きるようなことでしょうか?
ジム・ロジャーズ氏:いや、2~3年以内の話だと思います。米国は負債が非常に多い訳ですが、これまでで最も長い期間、これをきっかけに問題が起きていないからです。兆候はもう見え始めています。
岡元:例えば何でしょう?
ジム・ロジャーズ氏:米国では毎日上昇するような株がいくつかあり、多くの新規参入者、未経験者が友人に「株式市場という新しいものがあり、楽しいし、稼げるし、儲けるのは簡単だよ」と言います。つまり、これらはすべて以前にもあった兆候なのです。投資市場では、株式市場では奇跡が起きるんだよというようなクレージーな話が飛びかうことがありますが、今、また同じことが起きています。そういう時はいつでも崩壊に向かいます。
米国は今や世界史上最大の債務国であり、米国では深刻な倒産が起こるでしょう。そしてそれは、日本を含む他の国々にも影響を及ぼすでしょう。
私は以前から、日銀の対応にいつも驚かされます。どれだけお金を刷って、借りて、使って、株を買っているのでしょうか。日本の証券会社にとっては良いことだし、日本人にとっても良いことですが、世界にとっては良くないことです。ましてや日本の若者にも良くない。我々は深刻な問題を抱えることになります。
1966年、日本の金融界全体が崩壊しました。彼らはすべて倒産し、日本銀行が救済しなければならなかったのです。文字通り倒産していたからです。そしてその後、日本は30~40年間で、世界で最も成功した国になったのです。
しかし、それはもう起こらないでしょう。倒産は起こるかもしれませんが、今の日本には以前の1966年に行ったようにみんなを救済するお金はありません。米国もそうです。米国も深刻な問題に取り組むことになるでしょう。
岡元:そうなった場合、株式市場の調整という点では、どのようなダメージが起きると思いますか?
ジム・ロジャーズ氏:弱気相場がやってくると、多くの銘柄が60%、70%、80%下落します。そうやって消えていく株もあります。いつもそういうことが起きます。非常にクオリティの高い企業の株も大きく下がるでしょう。誰もがどうしてこうなったのかと言うでしょう。それが弱気相場で起こることなのです。
そして、多くの人がすべてを失い、「もう二度と投資などしたくない」と言うでしょう。市場は操作されてるんだと言って多くの人が諦めます。しかし、また彼らの子どもたちが40年後ぐらいに同じようなことを経験することになるでしょう。
特に今回は、負債が信じられないほど多く、どこもかしこも意気消沈するでしょう。回復には長い時間がかかるでしょう。世界の歴史では、市場が長い間何もしなかった時期があるのです。
べアマーケットはいつまで続くか
岡元:ベアマーケットはいつまで続くとお考えですか?
ジム・ロジャーズ氏:我々が生きてきた期間では、弱気相場は2~3年、あるいは1970年代には4年間苦しみました。しかし、次は2、3年どころか、10年続くかもしれません。借金が信じられないほど多いので、意気消沈し、悪い時期が続く可能性があります。日本だけでなく、どこの国でもです。
米国は世界史上最大の債務国です。これは良いニュースではありません。年老いた米国人にとっては良い時代だが、若い米国人や私の子ども達にとってはそうではありません。
私は日本の借金も米国の借金も、返済する必要はありません。しかし、若者たち、私の子ども達はティーンエイジャーで、彼らが生きている間に借金を返済する必要がでてくるでしょう。
岡元:では、その後どうなるでしょう?悪いことが起き、底が見えた時どうすればいいでしょうか。
ジム・ロジャーズ氏:常に起こるのは、悪いときにも新しい産業が生まれるということです。新しい国が強くなることもあります。衰退する国もあれば、消滅する国もあるでしょう。
100年前、英国は最も豊かで強力な国であり、当時の世界にはナンバー2は存在しませんでした。約50年後、1976年、英国は破産しました。IMFはロンドンに行って、英国のために借金の支払いをしなければならなかったのです。文字通り破産しました。だからこうしたことは、起こり得るし、起こるでしょう。けれど、英国はまだ存在します。ビートルズは破産したイギリスでとてもうまくやりましたが、普通のイギリス人はそうはいきませんでした。
米国も日本も衰退していくでしょう。日本は人口が減少しています。この13年間、人口は減り続け、借金は増え続けています。これは日本の若者にとって良いわけがありません。米国の若者も幸せな時間を過ごせないかもしれません。
新しく台頭する国がどこになるかは分かりませんが、新しい産業が生まれる新しい国はあるでしょう。私はAIを知りませんが、「AIについて」我々はすでに知っています。他にも何かあるでしょう。新しい産業、新しい人々、新しい国や地域が台頭し、他は衰退していくでしょう。
岡元:とはいえ、株式市場は最悪の事態を予測し、状況が最悪になったことを確認した頃には、すでに株価は上昇しているという経験則があります。ジムさんが仰っていることが起きたあと、米国市場はどうなるのでしょうか。
ジム・ロジャーズ氏:米国は歴史上、世界最大の債務国です。だから、米国の株式市場はとてもひどいことになる可能性があると思います。その後、うまくいく企業もあるでしょう。しかし、そのころには新しい国・地域も出てきて、台頭していくでしょう。しかし、底値がいつになるかわかっていれば、可能な限り大量の米国株を買えば良いのです。日本株だって、大暴騰するでしょうから。
3~4~8年後に底を打てば、それがいつであれ、大きな上昇になるでしょう。1930年代、米国の株式市場は90%下落しました。3年で90%です。しかし、もしあなたが下がった時に米国株を買っていたとしたら…あなたは他の日本人より豊かになっていたでしょう。
岡元:では、「株式市場の死」が起きると言っているのではありませんね?
ジム・ロジャーズ氏:いいえ、違います。一部の国では株式市場が消滅するかもしれません。一部の国は本当に困った環境になると思いますが、ある朝私が目覚めて、資本家が嫌いだから株式取引を廃止しよう、とはなりません。彼らは資本家は嫌いだとしても、株は買おうと言うことになるのです。
ジム・ロジャーズ氏が注目している地域や国について
岡元:ジムさんは世界の見通しについては明らかに楽観的ではなく、むしろ悲観的ですね。しかし、世界では常に投資のチャンスがあると思うのですが、現在ジムさんが注目している地域や国はありますか?
ジム・ロジャーズ氏:アジアの国々は欧米よりも長く栄えてきました。世界の歴史を見れば、アジアは数千年の間、非常に成功していました。偉大な帝国、偉大な成功、偉大な富、すべてがありました。一方、千年前の米国を見てみると、恥ずかしいほどに後進したところでした。ヨーロッパだってそうです。当時はかなりの後進国でした。つまり、ローマは大きな成功を収めましたが、ヨーロッパの大半は成功を収めることができませんでした。偉大な大聖堂をご存知でしょう。ヨーロッパで建設されたのは、ほんの数百年前のことです。
しかしアジアでは、どんな理由であれ、中国だけが3回も4回も頂点に立ち、3回も4回も崩壊しましたが、唯一台頭した国なのです。再びトップに戻りました。
過去に遡って日本のいくつかの時代を見てみましょう。日本人は信じられないほど成功していたと思います。しかし、中国の方が成功したと思います。しかし、また同じようなことが起きたとき、崩壊が起こるものの、その後に復活するのです。間違いなくそうなるだろうと私は思います。中国かもしれない、韓国かもしれない。しかし、日本は数年後、あるいは10年、20年後に深刻な問題を抱えているでしょう。
南米には天然資源があります。そして、もし彼らがまとまることができれば、その一翼を担うことになるかもしれません。でも、私はアジアが強くとなると思っています。
次回は、ジム・ロジャーズ氏特別インタビュー【2】今後、成長が期待される魅力的な3つの市場についてお届けします。
※本記事は2023年11月6日に実施したインタビューを後日、編集・記事化したものです。