投資家団体のトップも2024年の優先事項として言及する「公正な移行」とは
2023年も年末に近づくなか、責任投資分野では各国の投資家や株主擁護団体らによる1年の振り返りや、来年の注目テーマなどが続々と発表されている。同時に、12月12日までドバイで開催されているCOP28(第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議)の会場からは、オーストラリア政府が化石燃料拡大のための対外融資を2024年末までに段階的に終了することを表明したこと、日本が米国やフランスによる脱石炭に向けた有志国連合に参加しなかったことなど、様々なニュースが飛び交う。
このようにエネルギー移行に関する議論が熱を帯びる情勢を受け、2024年は先進国の企業共通で、金融機関や企業による「公正な移行(Just Transition)」に関する開示は株主対話の注目テーマの1つとなるとの見方が強くなってきた。公正な移行とは、気候変動などの環境問題の取り組みにあたり、全ステークホルダーにとって公正で平等な方法で持続可能な社会への移行を目指す概念のことだ。公正な移行は地域社会や企業が事業を営む地域の環境・労働者の雇用など、多様なステークホルダーが関わる性質を持つため、投資家の関心度も高い。
実際、ニューヨーク州に拠点を構え、宗教系基金や独立系ESGファンド、機関投資家など300以上の団体で構成される投資家団体のICCR(Interfaith Center on Corporate Responsibility, 運用資産総額は約4兆ドル以上)のCEO、Josh Zinner 氏は12月初頭に実施されたInsightiaによるインタビューで、2024年の企業への働きかけで優先する事項として「公正な移行に関して公益事業部門を抱える企業と協力し、企業らが労働者グループや環境団体と確実に対話できるようにすること」を挙げている。
ICCRは2022年2月、3.8兆ドルを運用する投資家グループとともに声明『公正な移行における雇用水準と地域社会への影響に対する投資家の期待(Investor Expectations for Job Standards & Community Impacts in the Just Transition)』を公開した。同声明のなかで提示された原則は以下の5つだ。
・きちんとした仕事、職務手当、労働条件の基盤を提供すること
・質の高い仕事のための公平な機会を提供すること
・影響を受ける地域社会に投資すること
・透明性と説明責任を促進すること
・あらゆるレベルで公正な移行政策を支援すること
ICCRは同声明について、労働者団体、環境正義を訴える団体、コミュニティベースの組織を含む複数の利害関係者の声を反映させた協議プロセスを通じて起草されたとし、労働組合や年金基金による米国企業への株主提案を幅広く支援するほか、政府に対する働きかけも行っているという。
労働者の雇用の先行きも論点に
2023年-2024年の米国株主総会シーズンでも、米国の主要企業に対して「公正な移行」に関する計画を問う内容の株主提案が提出され始めている。特にエネルギー移行に伴う化石燃料からのフェーズアウトや技術選定の変化に伴い、将来の雇用を憂う内容のものが目立つ。9月下旬の運輸大手フェデックス[FDX]の年次総会に向けて、大手労働組合Teamsters(トラック運転手らで構成)運営の基金が、フェデックスに対して提出した株主提案がその一例となる。
株主提案の内容はこうだ
フェデックスが、同社の気候変動戦略について従業員、サプライチェーンで働く労働者、および事業を展開する地域社会を含むステークホルダーに与える影響について、国際労働機関の「公正な移行」ガイドラインおよびワールド・ベンチマーキング・アライアンスの指標に基づき、どのように取り組んでいるかを開示する報告書を作成するよう要請する。報告書は合理的な費用で作成され、専有情報を省き、投資家が入手できるものとする。
米国では他の主要企業も公正な移行を巡る株主提案に直面している。2023年5月に開催された、石油大手エクソン・モービル[XOM]、同業シェブロン[CVX]の年次総会に向けて全米鉄鋼労組から提出された株主提案は、「取締役会は、将来の工場閉鎖と移行が当社の事業所で働く労働者と地域社会に与える影響を理解し、緩和するための第一歩として、提案されている報告書を作成すること」を求める内容であった。株主提案は否決されたものの、Rothschild & co Asset ManagementやIrish Life Investment Managersといった投資家が公的に株主提案に賛同する意向を示した。
先住民の人権をめぐり、機関投資家や著名人が訴えかける事例も
加えて、公正な移行に関する議論で重要な論点の1つとなりそうなのが、事業開発に関わる地域の先住民族の人権だ。World Benchmark Allianceによる『WBA公正な移行評価メソドロジー』では、企業の公正な移行を評価するための指標の1つに「先住民族」という項目があり、公正な移行に関する主要な課題としても記載されている。
この分野で最も著名な事例の1つに、人権派弁護士Steven Donziger(スティーブン・ドンジガー)氏とシェブロンに関する係争がある。同氏は1993年当時、のちにシェブロンに買収された石油企業のテキサコによる環境汚染被害を受けたエクアドルの先住民の弁護を務め、同社を相手取った訴訟を起こした。結果的に、この訴訟を通じてドンジガー氏は2021年10月、証拠提出を控えたとして法廷侮辱罪で実刑6ヶ月の判決を受け、弁護士資格を剥奪された。同氏は21年の12月に保釈されたが、長期間にわたる自宅勾留を強いられた。
この係争は長期化しており、人権擁護派の団体だけでなく多くの機関投資家らもシェブロンに厳しい目を向けている。 米シアトルに拠点を置く資産運用会社Newground Social Investmentは係争におけるシェブロンの対応から、同社の気候変動対応や人権に関する指針を問題視し、2013年以降、同社に対して株主提案を継続的に提出し続けている。Newgroundが作成したキャンペーンページを覗くと、俳優のAlec Boldwin氏や Susan Sarandon氏、Scottie Thompson 氏ら著名人とNewgroundらが提出した株主提案に賛同を呼びかける動画メッセージを観ることができる。
エネルギー分野に関わる企業や金融機関による、ガス油田の開発プロジェクトへの投融資などを巡っては、日本企業に対しても先住民や現地の人々への配慮に欠けるといった声が挙がっている事例が散見される。今後は多くのステークホルダーの注目を集める可能性があるだろう。