株式市場はじりじりと下値を切り下げ、日経平均は久々に32,000円を割り込みました。月初は年初来高値に迫る勢いでしたが、失速してきた印象です。

ピークを迎えた第1四半期の企業決算も概して堅調な上、4-6月のGDPも年率6.0%成長になる中で、この閉塞感はやや予想外ではありましたが、中国経済の失速リスクなどが懸念されたのかもしれません。仮にそうだとすると、当面は国内よりも海外動向に注視しておく必要を感じています。

海運株、過去2年の振り返り

さて、今回は「海運株」をテーマに再び採り上げてみましょう。前回、このコラムでテーマとして採り上げたのが2022年秋でした。そのさらに1年前のコラムでもこのテーマに言及していますので、ほぼ1年置きに海運株について言及していることになります。そのくらい、ここもとの海運株は興味深い株価推移をしていると私は感じています。

振り返ると、2年前に海運株(海運業株価指数)は約5割の上昇となって年間のベストパフォーマンスを演じた後、時間をかけて15%程度の調整局面を迎えました。それが、この春をボトムに再び上昇基調に転じ、海運業株価指数は2年前の高値水準をさらに更新するに至っています。年初来安値からの上昇率は実に40%にも達します。景気敏感な市況株という側面もあり、海運株はかなりアップダウンの激しい展開が3年ほど続いていると言えるでしょう。

ちなみに業種別株価指数とは、1つの業種に分類されるTOPIX構成銘柄の時価総額加重方式で算出される指数です。海運業においては、日本郵船(9101)、商船三井(9104)、川崎汽船(9107)の大手3社で海運企業時価総額合計の9割を占めていることから、海運業株価指数はこの3社の動きを総括したものと言えます。

これまでの定石は通用しないのか?

そのような海運株において興味深いのは、かつては海運市況との連動性が高かったのに対し、直近の動きは必ずしも海運市況と連動しなくなってきたという点です。

2年前の急騰はバルチック海運指数(BDI)などに代表される海運市況の上昇と綺麗にリンクしたものであり、まさに定石通りという展開でした。その後に調整に転じたタイミングも同様です。

しかし、BDIが史上最高値からわずか半年で10分の1にまで急落したのに対し、海運業株価指数は15%の下落に留まるなど、海運株は底堅さが際立つ展開となっていました。

現在、BDIは確かに上昇には転じたものの、史上最高値からすれば、まだ2~3割の水準にとどまっています。その一方、海運業株価指数は2年前の急騰水準を越え、資源バブルのあった2007年以来の高値をつけるに至っています。明らかに海運市況との連動性が希薄になっているのです。これは、これまでの定石が通用しなくなってきている可能性を示唆するものと言えるでしょう。アナリストとしては好奇心がそそられます。

海運市況との連動制が低下した2つの要因

BDIなど海運市況との連動性が低下した要因は、以下の2つが考えられます。

1つは為替です。2022年から急速に進展した円安は、実に1998年以来となる140円超というところにまで至っています。海運市況は外貨建てであるため、円安は当然追い風となります。海運市況の下落はあっても、円安がその影響を大幅に減殺し、結果として海運株もそこまで下落しなかった、逆に市況上昇があれば、それ以上に株価が反応した、という現象が起きたというわけです。

ただし、これは為替水準が大きく変動したために起きた一時的な現象とも言え、為替が一定の水準に落ち着いてくれば、再び海運株はその水準を起点に定石通りの展開に戻るものとも予想できます。これだけを見ると、大きな構造変換は起こっていない、と言えるのかもしれません。

より重要なのは2番目の理由でしょう。これは、万年割安株であった商社株の変貌と同じ理由が成立するのではないか、というものです。

具体的には、世界的なインフレリスクの顕在化に加え、東証のPBR1倍割れ是正要請に端を発した、各社の配当水準引上げなどのROE改善策が株価水準を引き上げているのでは、という見方です。

実際、業界最大手の日本郵船は直近2期で配当を7.8倍に引上げるなど、株主還元に積極的な姿勢を明確にしてきました。インフレリスクもまだまだ燻っており、少なくとも長期にわたった「インフレなき景気拡大」という枠組みに対しては懐疑的な見方が広がってきているのが実態でしょう。もちろん、この理由においても変化一巡後に定石復活の可能性は十分高いと考えます。しかし、それは変化が一巡するまでは定石が通用しないということでもあるのです。

海運業株価指数は2008年以来の高値にありますが、それでも海運株のPERは10倍以下、PBRは0.7倍程度です。好業績にも関わらず、バリュエーションが低位にとどまっているのは、株式市場がその好業績の再現性に疑問を持っているためです。

為替の先行きはわかりませんが、インフレへの時代の転換や企業価値拡大への企業努力が市場に信認されてくれば、総合総社株のようにバリュエーションそのものの水準調整が始まる可能性もあるのではないでしょうか。期待を込めて、今後の株価推移を注視していきたいと思っています。