前回前々回の記事では米半導体大手のインテル(INTC)が苦境に陥っており、有力なアクティビストであるサード・ポイントが同社への投資を開始し、人事を含めた大きな改革を求めていることをご紹介しました。

サード・ポイントからの提案を受けたインテルの素早い対応

インテルがサード・ポイントの書簡に対するコメントをプレスリリースしたのは12月29日でした。そのわずか2週間後の1月13日、インテルは現在CEOを務めるボブ・スワン氏が2月15日付けで退任し、代わってパット・ゲルシンガー氏がCEOに就くと発表したのです。新CEOとなるゲルシンガー氏は以前に同社の最高技術責任者(CTO)を務めており、古巣に復帰することになります。

最近は時価総額が伸び悩んでいたとは言え、インテルは25兆円近い時価総額を誇るハイテクの巨人です。米国の時価総額でいうと40位くらいに位置しています。日本の時価総額で40位前後を見ると、三菱電機(6503)、富士通(6702)、パナソニック(6752)といった企業が並んでいます。日本でいうと、これらの企業にアクティビストが投資し、経営改革を要求し、経営者が2週間ほどで交代したということになります。

もちろん、このCEO交代自体もインパクトの大きいものですが、インテルの出しているコメントや報道などを見ると、サード・ポイントの提案の影響力の大きさに気づかされます。サード・ポイントのインテルへの提言の主旨を改めてまとめてみると以下のようになります:

(1)インテルは人的資本管理に問題を抱えており、優秀な技術者が流出している
(2)インテルの技術力は業界をリードできておらず、より精密な半導体の製造で台湾積体電路製造(TSMC)や韓国のサムスン電子に遅れをとっている
(3)インテルは設計から製造までを一貫する統合型モデルを継続するべきか検討すべきである

なお、この書簡はCEO宛ではなく、取締役会議長に対して送られたものです。そして、サード・ポイントがインテルに対し、「“utmost urgency(最大限緊急に)”課題に対処すべきである」としたのは前回の記事でご紹介した通りです。

また、半導体技術で遅れをとったこともあり、アップル(AAPL)は自社PCのCPUをインテル製から自社製に変更するなどの動きが進んでいます。サード・ポイントの書簡は、(1)と(2)の問題がインテル経営陣に由来するとした上で、(3)のような対応を求めるものでした。

新CEOのゲルシンガー氏が目指すもの

一方、CEOが交代することになったインテルの動きを見てみましょう。

まず、新しくCEOに就任するゲルシンガー氏は先述の通りインテルの元CTOであり、技術者です。インテルに1979年から2009年まで30年間勤めた、まさにインテルの黄金時代の技術者と言っていいでしょう。インテルが日本の半導体メーカーの攻勢に苦戦し、CPUに特化し、「Pentium(ペンティアム)」でPC向けCPU市場を席巻したまさにその時期に技術者としてインテルを見てきた人物ということになります。直近ではVMware(VMW)という、米国のソフトウェア大手のCEOを務めています。まさに優秀な技術者をCEOに緊急に迎えたと言えるでしょう。これは(1)の指摘への対応であると考えられます。

ゲルシンガー氏はインテルの社員に対し、「クパチーノのライフスタイル企業が提供するものよりあらゆる点で優れた製品を提供していかねばならない」と話したと報道されています。「クパチーノ」はいうまでもなく、アップルの本社所在地です。そして、「ライフスタイル企業」という言い方は、アップルの広範な実力を踏まえた上で「半導体の会社」ではないという意図があるのではないでしょうか。

現在、アップルは自社設計の半導体を台湾積体電路製造(TSMC)に製造委託しています。インテルはTSMCやサムスン電子に技術的に遅れをとるわけにはいかないと考えているのでしょう。ここでは(2)の対応が進んでいると言ってよさそうです。

また、台湾ではすでにインテルが一部の半導体をTSMCに製造委託しており、今後そのような動きを加速するとのことです。もちろん、これは現在の経営陣が進めていたことだとは思いますが、(3)の対応が進んでいる証左と言えると思います。

株を買い占めずとも発揮できる有力なアクティビストの強み

これらの動きを見ていくと、サード・ポイントの提言に対し、インテルが広く会社のためになる提言であるとして動いていることが分かります。サード・ポイントはインテル株に多く投資しているとされています。報道によると、その金額は10億ドルとのことで、インテルの直近の時価総額2360億ドルからすると、ごく少数です。しかしながら、サード・ポイントの提言に他の多くの株主も納得するであろうという見通しがインテルにこのような動きをさせているのでしょう。

たとえ過半数の株を買い占めずとも企業を動かす影響力を持ちうるので、このような大企業に対しても投資できるのが有力なアクティビストの強みと言えるでしょう。報道前に約47ドルだったインテル株は先週末には一時60ドルを超えました。インテルほどの大企業の株価が1ヶ月しないうちに30%近く上昇しているのです。

かつてスティーブ・ジョブズ氏がアップルに復帰したのは1997年でした。当時、アップルはPC市場でIBM(IBM)、モトローラと組みPowerPCというCPUで、インテル製半導体で動くマイクロソフト(MSFT)のWindows PCと争っていました。「iMac」(1998年)のようなヒット商品もありましたが、アップルの劣勢は明らかで、アップルは2004年にとうとう自社PCをインテル製半導体に切り替える決断に追い込まれます。その頃からアップルは上向きになっていき、現在の隆盛を迎えます。(iPhoneの発売は2007年)

時を経て、インテルがこのような状況に追い込まれるというのは驚きです。サード・ポイントの刺激で動き出したゲルシンガー氏率いるインテルは「クパチーノのライフスタイル企業」にどのように対抗していくのでしょうか。今後も注目していきたいと思います。