米国の大統領選挙が間近に迫っている。新型コロナウイルス対策といった喫緊の課題はもちろん、経済政策、人種差別問題、外交政策など議論されるべき課題は枚挙にいとまがない。
さらに、そういった純政治的な問題以外にも、大統領選挙の結果は金融政策ひいてはFRB(米連邦準備制度理事会)の在り方についても、今後の方向性を変えうる可能性がある点には注意が必要であろう。
トランプ米政権下での金融政策運営と議会に与えた「政治利用の可能性」
FRBのパウエル議長は、2018年2月の就任以降、前任のイエレン議長の金融政策正常化に向けた取組みを引継ぎ、FRBは2018年12月までに、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)レートの誘導目標を2.25%ポイント引き上げた(2015年12月の利上げ以降の通算)。
この数年間は、2008年の世界金融危機以降、極めて緩和的に保たれてきた金融政策の正常化がようやく端緒につき始めた時期であったといえる。また、パウエル議長は、2018年10月時点では、利上げを当面の間続ける考え方を示していた。
しかし、トランプ米大統領はそれに対し、すぐさまこれ以上の政策金利引き上げは不要との見解を示し、FRBへの批判を強めていくこととなる。トランプ米大統領にとって悩みの種である米国経済の成長鈍化や政府債務残高の増加の責任の一端をFRBに向けるような言説は徐々に強まり、やがてさらに厳しくFRBを批判する姿勢をトランプ米大統領は取り始めた。
その後FRBは急速にハト派的見解を強め、従前の政策を「緩和的」と表現、つまり引き締め余地があると表明していたのを、同年11月には「中立」に近い状態であると幹部が発言するまでに大きく変化した。また、実際、米国経済の減速に対する「予防的な」利下げとして、2019年7月以降3会合連続で0.75%ポイントFFレートの誘導目標を引き下げた。
新型コロナウイルス対策で空前の金融緩和へ突入
こうして、FRBは、金利操作の「のりしろ」を既に0.75%ポイント分も吐き出してしまっていた。
しかし世界恐慌以来の経済危機となった新型コロナウイルス感染拡大による経済危機に対して無策でいるわけには当然いかないため、FRBは急速かつ大規模な資産購入、流動性供給(ドル供給含む)、買い入れ対象資産の拡大などを矢継ぎ早に実施して経済の深刻な悪化を金融面から何とか下支えしようとしている。
日欧の金融緩和とも相まって、過剰流動性が株式市場の過熱の一因となっているのは疑いがないだろう。
米大統領選候補者のFRBに関する主張
FRBは、政策目標のうちの1つである物価安定について、これまでの「2%」をターゲットとする表現から、8月のFOMCでは「一定期間の平均で2%」という表現に変更し、2%を超過することも容認した。
このことによってゼロ金利政策の長期化が示唆されたほか、パウエル議長自身も9月のインタビューにおいて、ゼロ金利政策が数年続くとの見通しを示し、金融緩和は早くも長期戦の様相を呈している。
この点、バイデン氏が当選したからといってFRBへの政治介入はおさまりそうもない。
同氏はFRBのいわゆるデュアル・マンデート(2つの使命)の1つである「雇用の最大化」について、さらに踏み込んで人種間の格差是正の観点からの要請を強化する考えを示している。だが、FRBに人種間の格差是正という課題まで課せば、金融政策運営は困難を極めることになるだろう。
加えて、現代の金融政策はフォワード・ルッキングに運営されるが、金融政策決定主体自身が金融政策運営の羅針盤を定めるのが難しくなるような、極めて困難な3つの目標を課されるようになれば、経済主体にとっても、どのように期待を形成すべきか不明瞭となってしまう。
その結果、さらに金融政策運営にあたって必要となる先行き見通しの不確実性が高まることも懸念される。
米大統領選の結果が金融政策・株式市場に与える影響
トランプ氏が再選するにせよ、バイデン氏が当選するにせよ、当面の間はFRBによる莫大な金融緩和は継続するため、大きな調整には至らないとみるべきだろう。
より根源的な問題は、既に述べたような、経済主体が金融政策運営について予見ができない状況が生じること、逆にいえば合理的に期待を形成できないような状況が出現することである。
世界金融危機以降、主要国では財政出動の余地が逼迫してきたこともあって、多くを中央銀行に求めすぎる傾向が強まってきていた。
しかし、中央銀行はあくまで金融・マネーに関する事項すなわちMonetary Affairsを政府から独立に所掌する機関であって、資源の分配の在り方にまで深く関わることは適切とはいえない。
むしろ、民主的に選出されておらず、政府からも独立している機関がそこまで関与するとなれば、民主主義の精神からして問題があるだろう。
米国の大統領選挙の結果は、先行きの金融政策のみならず中央銀行の在り方にも影響を与えうるものとして注視する必要がある。