10月7日に起きたイスラム組織「ハマス」によるイスラエルへの急襲からまもなく50日が経つ。パレスチナのガザ地区を中心にイスラエル軍とハマス等の武装勢力による戦闘は現在も継続している。
民間人への被害が深刻化している一方、世界経済への影響についても様々な議論が交わされている状況だ。以下ではイスラエル・パレスチナ情勢に関わる3つの主要なリスクを取り上げ、それぞれの評価を試みる。
リスク1: アラブ諸国による原油の「武器化」
第1のリスクはアラブ諸国が原油を「武器化」する可能性である。1973年の第四次中東戦争(ヨム・キプール戦争)では、エジプト・シリア両軍によるイスラエルへの奇襲作戦をきっかけに約20日間にわたり軍事衝突が続いたが、この間にアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が欧米や日本等のイスラエル支持国に対して原油禁輸措置を実施したことで、世界的な原油高騰に発展した。
イスラエル・パレスチナ情勢の悪化を受けて、まずこうした「第一次石油危機」型のリスクを想起する人は少なくないようだ。
世界銀行が10月30日に発表した商品市況の四半期見通しレポートでは、ガザ地区の情勢を受けた原油価格の動向について、メインシナリオと3段階のリスクシナリオを示した(※1)。
このうち、最も厳しいシナリオでは、「第一次石油危機」と同様にアラブ諸国が原油輸出規制に動き、世界の原油供給量は日量600~800万バレル減少(約6~8%減少)、原油価格は1バレル140~157ドル(56~75%上昇)になると試算している。
イスラエルと明確に対立するイランは石油生産国に対して、イスラエルや欧米への原油禁輸を実施することを訴えているが、湾岸アラブ諸国の中心国であるサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は、近年イスラエルとの経済協力による非石油産業の育成を模索している背景もあり、イランの呼びかけには応じていない。
一方で、11月2日には2020年にイスラエルと国交を回復したバーレーンが駐イスラエル大使の本国召還とイスラエルとの経済関係停止を決定するなど、アラブ諸国の中にもイスラエルとの政治・経済関係の見直しに動く国も出ている。
また、石油輸出機構(OPEC)内では反欧米の姿勢を出すために追加減産を唱える声も報じられている(※2)。ガザ地区における民間人被害等が一段と深刻化することで、こうした動きが拡大する可能性には注意が必要だろう。
リスク2:中東諸国の石油関連施設への攻撃
第2のリスクは、中東諸国の石油関連施設に被害が及ぶ可能性である。アラブの石油生産国は今回の紛争において軍事的な介入を行う考えはほぼ示しておらず、石油関連施設に被害が及ぶ展開というのはややイメージしづらいかもしれない。ただし、アラブ諸国の意向とは別に、より過激な武装勢力等がアラブ諸国に矛先を向ける可能性はある。
特に今回の紛争でイスラエルに対してドローン等での攻撃を繰り返しているイエメンのフーシ派は、過去にイエメン内戦で対立したサウジアラビアやUAEの石油施設への攻撃を行ったことがある。フーシ派を後押しするイランは2023年2月にサウジアラビアと国交を正常化する等、アラブ諸国との関係改善に動いているが、フーシ派はしばしばイランの思惑に反した動きを取る傾向がある。
このように、武装勢力による攻撃でアラブ諸国の石油生産能力に影響が出る事態は考慮すべきだが、それが国際的な原油価格に及ぼす影響については、過去のケースを見る限り比較的短期に終わることが多いようだ。
例えば、2019年9月に発生したフーシ派によるサウジアラビアのアブカイク及びクライスの石油施設に対する攻撃の際には、直後の原油価格が前日比+14.7%と急騰したが、約2週間後の9月末には事件前の水準まで価格を戻している。
足元では、世界経済の減速による需要の弱さやOPECによる減産もあり石油生産能力には余剰が大きい。仮に石油施設への攻撃が起きた場合でも、過去の事例のような被害規模にとどまる限りは原油価格への影響は限定的になると考えられる。
リスク3:イラン参戦の可能性
最後に、第3のリスクは、イランが本格的にイスラエルとの戦争を開始する可能性である。これはイスラエルや米国が最も警戒するリスクであり、万一発生すれば原油価格だけでなく、グローバルな米国の安全保障戦略にも影響を及ぼし、ロシアが侵攻するウクライナや中国との緊張が続く台湾情勢など、中東域外の地域における不安定化に繋がることが考えられる。
既にイランは、ハマスやレバノンのヒズボラ等を含むいわゆる「抵抗の枢軸」勢力によるイスラエルや中東に駐留する米軍への攻撃の支援を行っていると見られている。また、今回の紛争初期から介入の可能性を示唆しながらイスラエルや米国に何度も警告を発してきた。
一方で、実際にイランが直接参戦する可能性については現状否定的な見方が多い。中東周辺には現在米軍の2つの空母打撃群を含めた駆逐艦、原子力潜水艦等の戦力が展開しており、イランやヒズボラ等への抑止態勢を固めている。
また、先述の通りイランはアラブ諸国との関係改善により、国際的な孤立からの脱却を図っている途上であり、中東における露骨な紛争拡大の動きをとれば、こうしたアラブ諸国との関係冷え込みに繋がる恐れがある。介入を示唆するイランの発言についても、「抵抗の枢軸」勢力に対するリーダーシップを維持するために過度に弱腰な姿勢は見せられないイランの立場を加味する必要があるとみられる。
紛争がより長期化すれば不透明感は強まる
以上のように、イスラエル・パレスチナ情勢に関して想定される主要なリスクイベントは、関係国等の慎重な姿勢もあり、現状では比較的発生確率が低いか、あるいは発生した場合も短期的な影響に留まるとみることができる。
ただし、奇襲によって大きな被害を受けたイスラエル側の徹底したハマス掃討の方針やハマスが拘束する人質問題もあり、50日が経過しようとする現在でも依然事態収拾の目途は立っていない。紛争が長期化するほど、アラブ諸国のイスラエルに対する姿勢の先鋭化や、周辺の武装勢力による攻撃の激化、あるいはイランが軍事的な冒険主義に出るといったリスクも高まる。
その意味で、イスラエル・パレスチナを巡る緊張が常態化した場合も関連するリスクへの警戒は怠るべきではなく、むしろ紛争の長期化に伴い警戒を強めていく必要があるだろう。
(※1)World Bank, Potential Near-Term Implications of the Conflict in the Middle East for Commodity Markets: A Preliminary Assessment, (Oct, 30, 2023).
(※2)Financial Times, “Opec+ weighs further oil production cuts as anger mounts over Gaza,” (Nov. 18, 2023).
コラム執筆:坂本 正樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所