8月11日、米大統領選で民主党の候補に内定しているバイデン氏は、副大統領候補にカマラ・ハリス上院議員を指名すると発表した。バイデン氏は2020年3月時点で女性を副大統領候補に指名すると公言したが、その後、コロナ禍による混乱や陣営内での候補者の検討が紛糾したこと等を理由に予定よりも発表を遅らせていた。
大統領候補から副大統領候補に転じたハリス氏とは
今回指名されたカマラ・ハリス氏は、現職のカリフォルニア州上院議員であり、2020年米大統領選の民主党候補に出馬し、一時はバイデン氏を抜いて有力候補に目されるほど、全米規模で高い知名度を持つ。今回の副大統領候補選出においても最有力候補として早くから名前が上がっており、順当な指名だったと言える。
副大統領候補は、「ランニングメイト」という呼び方もされるように、単なる当選時の重要ポストの内定だけでなく、共に選挙戦を戦うパートナーの指名という意味も持つ。その意味で、大統領候補とのバランスが重視されることが多く、ハリス氏においてもバイデン氏との対照性が指名の材料になったとみられる。
まず、当選した場合には就任時に78歳の最高齢大統領となるバイデン氏に対し、ハリス氏は55歳と若い。また、ハリス氏はインド系移民の母親とジャマイカ系の父親を持ち、6月のジョージ・フロイド氏死亡事件を契機に激化した人種差別反対の世論に応えるバックグラウンドを持つ。
バイデン氏が建国13州の中でも「ファーストステート」(※1)として知られる東海岸のデラウェア州出身なのに対し、ハリス氏はリベラルな気風で知られる西海岸のカリフォルニア州出身であり、「古き良き」米国と「新しい」米国を代表する2人という見方もできるだろう。
ハリス氏は、同じく副大統領候補に挙がっていたエリザベス・ウォーレン上院議員(※2)のような民主党左派と比べると、政策的にはバイデン氏と同じ中道寄りのため、政策を巡る協調を取りやすい。
また、サンフランシスコ地方検事やカリフォルニア州検事総長を歴任する等、法曹畑出身で弁舌も立つため、選挙戦の討論でも頼れるパートナーになると予想される。
政界・法曹界での豊富なキャリアが弱点になる可能性も
一方で、ハリス氏に対してネガティブな材料が全くないわけではない。ハリス氏の地盤であるカリフォルニア州は元々民主党が強い州であり、選挙戦において激戦州とされるオハイオ州等において特筆した貢献はできそうにない。民主党左派の支持が強いウォーレン氏を退けた選出だけに、党内左派との政策調整が難航する可能性もある。
また、高齢のバイデン氏は当選した場合でも4年間の1期で退任する可能性が高いため、大統領への野心が強いハリス氏の副大統領候補指名が、自動的に2024年大統領選の民主党候補指名につながることに、党内で2024年の大統領選出馬を見据えるメンバーたちが難色を示したという声も聞かれる(※3)。
ほかにも、ハリス氏の豊富なキャリアが逆に弱点になるという見方もある。直近では、2019年6月の民主党候補テレビ討論会で、ハリス氏はバイデン氏が上院議員時代にスクールバスを巡る人種融合政策に反対していたと批判し、窮地に追い込んだ(※4)。また、ハリス氏が検事総長時代に警官の殉職事件を巡り批判を受けた(※5)背景から、足元の警官暴力問題への発言を避けているという指摘もある。
ワシントンD.C.の政治家たちを批判して台頭したアウトサイダーのトランプ米大統領と対峙する場合、ハリス氏の政界・法曹界における経験の豊富さが、逆に多くの攻撃材料を与える隙にもなりうるだろう。
主役たちが出揃い、本格化する米大統領選
ハリス氏指名で2020年米大統領選の「主役たち」が出揃った。これにより、民主党・共和党の間での攻防はいよいよ激化すると考えられる。上述のようなハリス氏の個性は、全体としてバイデン陣営を手堅く補強することになるとみられるが、潜在する不安材料にも注視が必要だろう。
(※1)1787年12月7日に、米国合衆国憲法を全州で最初に批准したことから俗称される。
(※2)マサチューセッツ州上院議員。ハリス氏同様に、米大統領選の民主党候補に立候補し、バーニー・サンダース候補と共に国民皆保険制度や大企業批判等を中心に急進左派的な政策論を展開した。
(※3)バイデン氏勝利の場合に今回の副大統領候補指名が事実上の2024年大統領候補指名となることを前提に、あえて左派や知名度の低い候補を避けてハリス氏を指名したと見ることもできる。
(※4)黒人居住区と白人居住区により公立学校が事実上、人種毎に隔離されている状況を改善するために、あえて遠方の学校に一部学生を公費によるスクールバスで通学させることで公立学校における人種隔離の是正を図った政策。バイデン氏は1970年代の若手上院議員時代にこのスクールバスによる人種融合政策に反対した。ハリス氏は幼少期にカリフォルニア州バークレーでこのスクールバス送迎を実際に経験しており、討論会では感情のこもった批判をバイデン氏に対し展開した。
(※5)2004年にサンフランシスコ市警勤務の警察官(当時29歳)が銃弾に撃たれて殉職した事件において、当時サンフランシスコ地方検事だったハリス氏は、犯人の死刑を求める市長、警察官らの声を押し切り、終身刑を宣告した。
コラム執筆:坂本 正樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 経済調査チーム