「米国は"ボタン"の押し違いをしようとしている。他国の不公正貿易慣行や対米輸出攻勢は軽視できないが、米国の赤字の主要な原因は米国内にある。ドル高の時期に進行した競争力の低下、生産拠点の海外移転、消費(輸入増大)を刺激しすぎた財政政策の失敗などにこそ、『赤字病の病巣』がある。」

上記の文は、米国の通商政策批判として大手新聞に載せられた社説の抜粋である(1)。軽く読み流すと、最近の記事とも取り違えかねない内容だが、その掲載時期には注意が必要だ。1988年4月23日、すなわち30年以上前にこの批判は展開されたのである。

●「レーガンの再来」の虚像
さかのぼれば2016年の大統領選挙期間中から、トランプ氏を1980年代の米大統領ロナルド・レーガンの再来と呼ぶ声はしばしば聞かれた。実際両者には、選挙期間中の過激なレトリックをはじめ、一見すると共通する要素がいくつもあった。トランプ支持者が「彼こそが偉大なレーガンの再来だ」と声高に言い立てるだけでなく、反トランプ層や海外からは、トランプの大統領就任が現実になるにともない、「(せめて)レーガンのように当選後は堅実な政策に転じてほしい」という願望が語られるようになった。このように、トランプ氏を「レーガンの再来」とする主張は、トランプ支持・不支持層の双方から、喧伝と願望の入り混じったかたちで展開されたのである。

しかし、トランプ大統領の就任から日が経ち政権の方針がつまびらかになるにつれ、このような「レーガンの再来」論の否定は様々なかたちで語られるようになった。それらは政治経験の有無、スピーチの巧みさ、政権運営の仕方といった大統領個人に由来するものから、対外関与への積極性、移民政策などの具体的政策の違いまで多岐に亘る。就任から500日以上が過ぎた現在、大統領自身と彼の熱烈な支持者を除けば、トランプ大統領を「レーガンの再来」とする主張はかなり下火になったと言える。

●議会主導で動いた1980年代の保護主義
注目の集まる通商政策についても、レーガン政権とトランプ政権には大きな違いが2つある。第一に強硬な対外経済政策の方向性の違いである。確かに、レーガン政権は当時対米貿易黒字の大きかった日本を筆頭に、同盟国に対して貿易収支不均衡の修正を求める圧力を掛けていたが、それはトランプ政権とは違い、全体に相手国の保護主義的関税を撤廃させようという自由主義的方向性を持ったものであった。1987年の半導体問題を巡る日本への制裁関税も、少なくとも建前としては日本企業によるダンピング行為を理由として発動された。また、1988年9月、上下両院で可決された「繊維衣料及び履物貿易法」に対して、レーガン大統領は「保護主義の最悪のかたちでの現れ」と強く批判し、同法案に対して拒否権を発動している(2)。

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第二に、議会と大統領の関係の違いである。上述の「繊維衣料及び履物貿易法」を巡る動向からもわかるように、レーガン政権期の強硬な対外経済政策は、トランプ大統領が主導する現在のそれとは違い、その大半が議会主導で始められ、推し進められたものだった。1980年代の議会は、下院において民主党が多数派を占めており(表1)、大統領候補にもなったゲッパート氏を筆頭に保護主義的な通商政策を推し進めていたが、こうした議会の動きは自由主義を掲げるレーガン大統領にとって懸念の対象であった。このため、いわゆるスーパー301条を設けた1988年の包括通商・競争力法に対してもレーガン大統領は拒否権を行使している(3)。このように、1980年代の米国による通商政策のイニシアチブを取ったのは大統領ではなく議会だったと言える。

●保護主義はトランプだけのものではない
だが一方で、1980年代の経験は、現在にも興味深い示唆を多く提供してくれる。とりわけ注目すべきなのは、通商政策において議会が大統領に代わり主導的な立場となる可能性である。今日の米国による保護主義的通商政策は、トランプ大統領のイニシアチブで始められたものだが、その背後に民主党を含めた議会からのある種の超党派的な支持があったことは見逃せない。実際、5月に訪中し米中和解に向けた発言をしたムニューシン財務長官が、議会から強い批判を受けたことは記憶に新しい。加えて皮肉なことに、トランプの保護主義的通商政策への規制を求める動きは、野党である民主党ではなくコーカー、トゥーミー上院議員ら共和党の自由貿易派によって目下進められているのである。

11月に迫る米中間選挙において、民主党が勝利すればトランプ政権の暴走に一定の歯止めが働くことを期待する声も多い。だが、1980年代の民主党主導の下院が進めた政策を踏まえると、少なくとも通商政策において安易にそうした希望を抱くのは考えものである。「歴史の教訓」は、むしろその真逆の方向への警告を発しているのだから。

(1)『読売新聞』(1988年4月23日朝刊)。
(2)Vetoes by President Ronald Reagan, United States Senate
(https://www.senate.gov/reference/Legislation/Vetoes/ReaganR.htm).
(3) 佐々木卓也編『ハンドブックアメリカ外交史―建国から冷戦後まで』(ミネルヴァ書房、2011年)、232-3頁。

コラム執筆:坂本 正樹/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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