前編では高市政権が重要施策と掲げる核融合について、主に仕組みについてうかがいました。後編では、核融合の実証方法や日本のモノづくりの価値が再注目される理由、今後日本が目指すべき方向性などについてうかがいました。
>> インタビュー前編:「核融合を通して「モノづくり大国」日本が再び世界から脚光を浴びる! ~核融合発電の可能性を考察」
重工系、プラント建設など複数の日本企業がプロジェクトに参画
広木:ここまでのお話で、核融合のおおまかな原理は理解できました。複数の形式の研究開発が進む中、投資という観点から考えた時に、問題は「現時点で『実用化』に向けてどの程度まで進んでいるのか」ということなのですが、すでに技術面に関してはクリアしているという認識でよろしいでしょうか。
中原氏:核融合自体は、実はかなり以前から反応を起こすことに成功している技術なのです。ただ、実用化には、核融合反応を安定的、かつ高効率で実現する必要があり、そのためには一定程度の設備、装置が求められます。
設備、装置については、2020年にフランスで「ITER(イーター)」という巨大な核融合実験炉が世界7極・35ヶ国共同で建設されました。この施設のコア機器・部品の多くを、日本企業が供給しています。日本でも作ろうと思えば、核融合発電の設備を建設できるという段階には来ているということです。
広木:「建設できる」ということは、まだ建設できてはいないということですか。
中原氏:まだ完成してはいませんが、建設は始まっています。
広木:深く関係している企業は機械メーカーになりますか?それとも、エンジニアリングの企業でしょうか。
中原氏:現在の段階では、「コンポーネント(部品)」と「システム」に分かれていて、主要コンポーネントとしては磁石とその周辺の真空容器が挙げられます。真空容器については、いわゆる重工系の企業中心になって手掛けています。
広木:三菱重工業(7011)や日立製作所(6501)などですか。
中原氏:はい。あとは東芝エネルギーシステムズなども含まれます。さらに、日揮ホールディングス(1963)のようなプラントエンジニアリングの企業も加わり、核融合炉の建設を目指して「量子科学技術研究開発機構(QST)」に納品する流れになっています。
燃料となるトリチウムの確保が課題
広木:今後、核融合発電所の建設に向けてポイントになるのはどういった点ですか?
中原氏:先ほど申し上げたように、核融合反応を起こすことについては実現可能になりました。次は、核融合反応によって得たエネルギーを、電力などほかの形に転換する必要があります。また、安定的に燃料を調達する手段も考えなければなりません。先ほど、D-T反応の燃料になるDとT、重水素(D)と三重水素(T)についてお話しましたが、実は、「T」のトリチウムは自然界にほとんど存在しないのです。
広木:核融合発電の燃料は海水から取り出せるという記事を目にしたことがあるのですが、そうではないのですか?
中原氏:海水から抽出できるのは重水素だけなのです。
広木:トリチウムは福島第一原発の汚染水から発生する、いわゆる「ALPS処理水」に含まれますよね。そこから調達するわけにはいかないのでしょうか。
中原氏:確かに、処理水にはトリチウムが含まれています。ただし、とてもトリチウムの濃度が薄く、飲んでも人体に影響がないものです。処理水の希釈前の状態ですら実用にはほど遠いほど薄く、核融合に使える水準ではありません。トリチウムは、日本で作り出すのがかなり難しい物質なのです。
日本の原子力発電所は、軽水(普通の水)を使った「軽水炉」が主ですが、カナダや韓国、インドなどには「重水(D2O、水の水素が「重水素」になっている水)」を用いる重水炉型の原子力発電所があります。重水炉では、核分裂時にトリチウム濃度が大きい水が生成されるので、それを何度も濾(こ)すことで、ようやくトリチウムを取り出すことができます。ただし現在、世界全体で作り出せるトリチウムは1年間で20kg程度なのです。世界中でトリチウムを作ろうとしても、その程度にしかならないわけです。
今後、世界各所で核融合炉を作るとなれば、必要な量のトリチウムを確保することができません。これは核融合炉の建設に向けた大きな課題です。これから核融合発電の実用化を進めるには、「トリチウム生産工場」を作る必要があるわけです。具体的な仕組みは後でお話したいと思いますが、核融合プラントにはまさにこの「燃料に関する化学プラント」たる燃料サイクルを併設することが求められます。
広木:核融合炉を動かしていくためには、トリチウムを作るための設備が必要となるのですね。
中原氏:「D-T反応」によってヘリウムと中性子が生まれるのですが、この中性子が膨大なエネルギーを持っています。このエネルギーの用途が大きく分けて2つあり、ひとつはそのままエネルギーとして活用する用途。もうひとつは、「リチウム」を含む物質に中性子を当てることでトリチウムが生成されるので、トリチウム生成のためのエネルギーとして活用します。そうして生成されたトリチウムを、また核融合炉の燃料として使うというサイクルが生まれます。
広木:リチウムなら必要な量が確保できるわけですか?
中原氏:リチウムはいわゆるレアメタルの一種で、電気自動車やスマホのバッテリーにも使われていますので、トリチウムそのものより調達はしやすいですね。また、核融合炉に使われるリチウムの量は、自動車やスマホなどに使われる量に比べれば微々たるものなのです。核融合発電の大きなメリットは「少量の原材料」で膨大なエネルギーを生み出せること。必要なリチウムの「量」は、大きな問題にはなりません。
広木:まず核融合反応を起こす。そこで生成される中性子のエネルギーをリチウムにあて、トリチウムを作る。そのトリチウムを使って核融合反応を起こす――という形で循環させていくわけですね。
核融合発電が世界中に拡大すれば、日本企業が受ける恩恵は膨大
広木:核融合発電には、どのような日本企業が関わっているのでしょうか。
中原氏:核融合には「ジャイロトロン」という加熱装置が必要で、その加熱装置の手前に、高電圧の電源装置が必要になります。ジャイロトロンは「真空管」と呼ばれるもので、こちらは私たち京都フュージョニアリングとキヤノン電子管デバイスが共同で作っています。「真空の管」なので、高精度で精密なものづくりの力が必要です。電源装置は、日本企業では日立製作所(6501)やニチコン(6996)といった「電源メーカー」が手掛けています。
この「ジャイロトロン」と「電源装置」が、いわば核融合反応の“入り口”の部分に当たります(以下の左側)。
広木:入り口の段階で、電源メーカーや重電系企業、精緻なものづくりが可能な多くの日本企業が関わっているわけですね。
中原氏:はい。入り口の次の部分は、核融合炉に使われる「真空容器」や「マグネット」で、これらは核融合反応を起こすために必要な装置です。真空容器に関しては、先ほど挙げた重工系企業、マグネットの部分はフジクラ(5803)や古河電気工業(5801)など「電線メーカー」と呼ばれる企業が手掛けています。
株式市場では、電線メーカーはAIの普及に向けた「AIインフラ」を整備する企業としての関心が高いと思いますが、フュージョンエネルギーというテーマにおいて、今後はマグネット関連の企業としても注目されていくのではないでしょうか。
広木:なるほど。ただ、マグネットや真空容器に関しては、その発電所に一度納入してしまえば、それで終わりですよね。
中原氏:ご指摘の通りです。ただ、核融合炉を用いた発電所をひとたび完成させることができれば、今度は日本中、そして世界中で、建設されることになるでしょう。
「核融合」は、途上国など幅広い国に輸出することで、対象のマーケットが大きく広がるポテンシャルがあります。世界にマーケットが広がれば、関連企業は継続して恩恵を受けられますよね。
素材関連企業にもすそ野が広がる
中原氏:核融合炉内には、そしてもうひとつ、トリチウムの製造や増殖、発電するための熱を発生させる「ブランケット」と呼ばれる装置があります。名称の通り、炉を包む毛布のような、核融合炉のコア部分ですね。更に、ブランケット内で増殖した燃料を化学的に分離するための化学プラントのようなものが存在します。このプラントについては、われわれ京都フュージョニアリングが世界をリードしていると言っても過言ではないと思います。いわゆる「燃料サイクル」の部分です。
具体的には真空ポンプや分離装置などで、私たちと三國重工業や島津製作所(7701)といった企業が共同で作り上げています。
広木:核融合反応で得たエネルギーを電力に変化するわけですから。ここが核融合発電のキモと言っていいですよね。核融合でも他の発電方法と同じように、熱でタービンを回して電力に変換するわけですか。
中原氏:その通りです。ここのエネルギー変換システム、「熱交換器から水素製造機、熱交換器を経て再び熱交換器に至る一連のサイクル」には、リチウム鉛(リチウムを含む合金)という液体金属を使っています。この液体金属を手掛けているのは、エネルギーや産業システム事業を手掛けている助川電気工業(7711)です。
また、私たちと京セラ(6971)は共同で、核融合プラントに用いるセラミック複合材を開発しています。このように、核融合炉では通常の鉄ではなく、セラミック素材や特殊な合金を多く使うので、日本が強みを持っている素材産業の振興にも一役買うことになるでしょう。
米国が日本のエンジニアリングの力に期待
中原氏:ここまで、わたしたちが取り組んでいる、日本国内における核融合発電についてお話してきましたが、実は米国からも非常に期待されています。2025年11月、米国では「ジェネシス・ミッション」という計画が発表され、トランプ米大統領が大統領令に署名しています。これは、米エネルギー省(DOE)が中心となっている計画で、「AIを使ってエネルギー開発を進め、エネルギーを使ってさらにAI開発を進める」という主旨です。
このジェネシス・ミッションの中で、「S&T(サイエンス&テクノロジー)ロードマップ」が示されているのですが、実はこのロードマップの中に、日本企業の名前が度々登場していて、まさに日本のモノづくり力や、日本のエンジニアリングの力が期待されていることが見てとれます。
広木:なるほど。この「ジェネシス・ミッション」は、日本の株式市場ではあまり話題になっていませんね。
中原氏:このジェネシス・ミッションに関連して、私たち京都フュージョニアリングにはフュージョンエネルギーによる発電技術を実証する「UNITY-1(ユニティワン)」という試験プラントがあります。2025年の一つの取り組みとしては、独自開発した「VST」という水素回収試験を開始しました。同様に、カナダの原子力研究所と共同で、世界初のトリチウム燃料サイクルシステムの試験施設である「UNITY-2(ユニティツー)」の建設を始めています。このプロジェクトには、私たちだけではなく、多くの日本企業も関わっています。
早期実証が日本の核融合産業振興のカギを握る
広木:高市政権は、日本の「産業の振興」を強く意識しているので、核融合発電はまさにその役として適任ですね。気になるのは、核融合炉から生み出された熱エネルギーが、タービンを回して電力に変換する段階で、かなり減ってしまうのではないかということです。
中原氏:ご指摘のように、熱を電力に変換する段階で、現在の原子力や火力などの発電所と同様に、発電効率の課題はあります。ただし、現状の原子力発電所で生まれる熱は300度程度ですが、核融合では1,000度を超える高温のプロセスを経ることによって、電力の発電や水素の生成を行いながら温室効果ガスの削減もできるという複数のメリットを享受できます。ざっくり言うと、ガスから電力と熱を作り、その熱を給湯や暖房に利用する「コージェネレーション(熱電併給)システム」と似たようなイメージでしょうか。
広木:「発電効率を上げる」点について課題はあるけれど、そもそも核融合反応を起こすには高熱が必要なので、その熱を発電以外にも活用できることを考えると、「かなりお得な発電」ということですね。
中原氏:ポイントは、核融合技術の向上はもちろん、発電に至るまでの総合的な仕組みを早期に作り上げて、世界のマーケットでシェアを取っていかなければならないということです。たとえば、自動車業界ではトヨタ自動車(7203)が先陣を切って自動車本体のほかに、部品の分野でも高性能な製品を作ることに成功しましたよね。日本のデンソー(6902)やアイシン(7259)といった自動車部品メーカーは、トヨタ車に搭載できる水準の高品質な製品を開発することで高シェアを獲得しました。同じ視点で、フュージョンエネルギー分野でも、これと同じことを日本企業が担っていく必要があります。
早いうちに、ひとつのフュージョンエネルギーのパッケージを世界に送り出せるようになれば、自動車セクター同様、多くの日本企業が高シェアを勝ち取れるはずです。そういう意味で、わたしたち京都フュージョニアリングでも、「核融合発電の早期実証」を重視しています。そうすることで、フュージョンエネルギーの分野でも日本企業が世界で戦える素地を作っていけると思います。
高市政権は「2030年代に実証」という目標を掲げる、核融合発電の実証に先行して恩恵を受ける企業も
広木:序盤で出てきたフランスの「ITER」という機構は、日本の強力なライバルになりませんか?
中原氏:ITERが手掛けているのはあくまで「研究炉」で、ここで培った技術を自国に持ち帰って実際の核融合炉を作ろうという施設です。得られた研究結果を元に、米国や英国、中国などで「自国で核融合発電所を作ろう」という動きになっているので、ITERはライバルではないですね。
広木:日本における現時点の進捗はどうですか?
中原氏:日本では、いままさに高市政権が音頭を取って核融合発電を進めようとしていて、「2030年代に核融合発電の実証」が目標として掲げられています。
広木:お話を聞いていると、すぐにでも実現できてしまいそうな印象を受けますが、「2030年代」と聞くと、まだ少し先の出来事に感じます。
中原氏:日本企業が世界でシェアを取っていくために、スピード感を持って取り組むべきでしょう。とはいえ、核融合発電は「明日からできます」という類のものでないことは確かなので、やはり相応の時間は必要となります。一方で、研究開発と並行して、機器の製造や発電所の建設は進められますので、核融合発電の実証に先行して恩恵を受ける企業もあるでしょう。
核融合発電は重電系の企業や化学メーカー、熱エネルギーを扱う企業など、日本企業が強みを持つ部分に大きな恩恵を与える産業になり得ます。核融合には、従来は石油や天然ガスに依存していた部分を大きく変える力があり、将来的には、エネルギー資源に乏しい日本が、エネルギー産業で世界の覇権を握れるようになるかもしれません。これは、日本の「経済安全保障の力」を強めることにもつながるでしょう。
広木:中国も核融合の開発を進めていますし、安全保障の観点から考えても、中国に後れを取るわけにはいきませんね。
中原氏:おっしゃる通りです。いま株式市場で注目されている防衛関連銘柄も、おおむね日本の「モノづくりの力」がベースになっていると思いますが、この「モノづくりの力」は、核融合を中心とした「フュージョンエネルギー」の分野でも力を発揮するはずです。そういう意味で、核融合はまさに「次世代の注目テーマ」と言えます。
また、核融合炉の「メンテナンス」に関しては、まだ世界で技術が確立されていないので、この分野でも研究開発を進め、世界に先んじる必要があります。メンテナンスに関しては、ロボットやAIを活用して行うことになるでしょう。
日本企業が再び「モノづくり」で再脚光を浴びる時代へ
広木:日本企業が力を発揮できる部分で、世界で活躍する力を高められるのは素晴らしいですね。先ほど名前が挙がったフジクラは、現在はデータセンター向けなど「AIインフラ関連」として注目されていますが、実はAIに続いて、核融合というテーマでも注目できることがわかりました。そう考えると、核融合はいま注目されている銘柄のすそ野を広げる力がありますね。
メンテナンスでは、いままさに日本の株式市場で注目度が急上昇している「フィジカルAI」が関わってきそうです。フィジカルAIの「ハード」の部分は日本のお家芸なので、メンテナンス分野でも日本から有力企業が出てきてほしいですね。
中原氏:大きいモメンタムでいうと、世界中でモノづくりの価値が再注目されていて、日本は再び世界で期待されやすい立ち位置に戻ってきているのではないでしょうか。フュージョンエネルギーはどんな会社でも参入できる産業ではないので、日本が培ってきた技術力が活きる分野だと思います。
「この会社でしか作れない」というモノづくりの話になると、広義では機械系や重工系企業の話になりますが、化学メーカーや電源メーカー、熱エネルギー関連、素材関連など、核融合が絡むことでさまざまな産業の企業が再注目されるきっかけになればいいなと考えています。
広木:核融合は、エネルギー資源に乏しい日本にとって、非常に夢のある話ですね。こうした「夢」は、いまの日本にとって重要でしょう。核融合は、投資家の大きな夢と期待を背負う産業のひとつであることが、今日のお話でわかりました。日本企業が高シェアを獲得できる有望な産業になるように、これからも核融合発電の実現に向け、邁進していただきたいと思います。

企画・編集/マネクリ編集部(西條玄香)
撮影/竹井俊晴
