2025年9月末に、多くの日本株が権利確定を迎えました。アクティビストが投資を始めている鉄道会社は各社株主優待を実施していることもあり、この権利落ち時期は注目されます。今回は次の権利確定時期である2026年3月に向けて、鉄道会社の注目ポイントを見ていきましょう。
9月の権利が落ちた直後で早くも2026年3月の話…?という印象を持たれるかもしれませんが、2026年3月に向けて注目する点が多いため、今回解説したいと思います。
2025年4月以降、鉄道会社の株価のパフォーマンスは?
この半年ほどを見ると、4月25日の記事「トランプ関税で注目集める鉄道会社、各社の事業構造や注目の会社は?」でも取り上げたように、4月はトランプ関税が逆風となったこともあり、日経平均と比較すると鉄道会社のパフォーマンスはよかったです。しかし、その後の日本株全体の回復傾向の中では、鉄道会社株は日経平均に劣後する傾向でした(「【日本株】鉄道各社に追い風か、株主還元の強化やアクティビストの動きに注目」(2025/06/25)の記事も併せて参照)。
以下は陸運業指数と日経平均の比較です。陸運業指数はおおむね鉄道会社の株価に連動すると言ってもいいでしょう。
一方、この3ヶ月ほどは鉄道会社の株価がかなり強くなってきており、おおむね陸運業指数が日経平均を上回るような推移です。2025年7月以降、日経平均は大きく上がってきており、特にAI関連銘柄を中心に大きく値上がりしていたので、この3ヶ月の鉄道会社の株価好調は意外なように思われるのではないでしょうか。
図表2のチャートを見ると、特に8月以降が好調です。しかし、直近は権利落ちの影響が大きく、むしろ日経平均を下回るような状況となっています。この9月の権利落ちは、9月26日が権利付き最終日のため、翌営業日の9月29日が権利落ちとなったのですが、各社の株価は大きく下落しました。
9月の配当・株主優待落ちで株価下落も興味深い状況
もちろん鉄道会社の場合は、配当・株主優待の権利がそれぞれ落ちるので、株価が下落するのは当然なのですが、配当落ち以上に株価が下落したのです。たとえば、東武鉄道(9001)は32.5円の配当落ちに対し82円安、東急(9005)は14円の配当落ちに対し71.5円安、京浜急行電鉄(9006)(以下、京急)は17円の配当落ちに対し35.5円安と、配当金に対し、株価の下落が目立っています。他の私鉄でも、相鉄ホールディングス(9003)こそ配当落ちほどは落ちていませんが、おおむね配当金を大きく上回る株価の下落が起こりました。
もちろん各社とも株主優待を行っているので、その影響も考慮すべきです。ただ、ここのところ高くなっている配当金より株主優待の価値があるとも考えにくく、余分に下落した形です。もともと株価が大きく上がっていたとはいえ、この下落はなかなか興味深い印象です。
また、各社とも3月・9月にそれぞれ株主優待を実施しますが、たとえば相鉄ホールディングスや京急は100株保有の場合の優待乗車券(2枚)は3月のみの付与です。そういう意味でも2026年3月に向けて鉄道株に注目するのも面白いでしょう。
2026年3月の大型イベント、東日本旅客鉄道(9020)の運賃改定
そして、2026年3月の大型イベントとして、東日本旅客鉄道(9020)(以下、JR東日本)の運賃改定があります。2024年12月に国土交通大臣に申請していたものが、2025年8月に認可されたものです。過去の記事でも書いたように、鉄道各社は運賃の見直しを進めており、JR東日本も実施するという印象の方が多いかも知れません。
しかし、今回のJR東日本の運賃改定はかなり特徴的です。2024年12月に申請していたものがそのまま認可されたのですが、関東の私鉄には大きな影響がありそうです。一方、前述したように8月以降、鉄道各社の株価は好調だったものの、特に関東・関西で大きな差はなく、そこまでこの影響が織り込まれている印象はなさそうです。そもそも、申請通りの認可なので、すでに2024年から既に株価には織り込まれているのかもしれませんが、この連載で書いているように、鉄道株は必ずしもいい株価推移ではない状況です。
さて、それでは、JR東日本の運賃改定はどういうものでしょうか。まず、JR東日本のプレスリリースを確認してみましょう。同社では、1987年の発足(国鉄からの民営化)以来、初の改定となるとのこと。日本はデフレが続いていたとはいえ、この約40年で物価が上がってないわけではないので、この改定はある程度納得感があると思われます。少なくとも、大きな反対が起きていることはないようです。
JR東日本では1989年の物価を100とした場合の消費者物価指数を示しており、タクシーが180、JR以外の鉄道や路線バスはそれぞれ147、143となる一方、JRは111であるとしています。確かに鉄道運賃はあまり変更などもなかった印象です。JR以外がそれほど上がっている印象はなかったのですが、1990年代には130くらいになっており、その後20年程度は同水準で直近140程度に上がっているようです。1989年以降ということなので、消費増税の影響もそれぞれあります。いずれにせよ、運賃改定はある程度受け入れられそうで、これはJR東日本の経営にもプラスでしょう。
JR東日本「電車特定区間」と「山手線内」の運賃廃止を予定
さて、先ほど「今回の運賃改定は特徴的」と指摘しました。どういう点が特徴的なのでしょうか?
今回、JR東日本は運賃の改定率を普通運賃の平均で7.8%としています。しかし、代表的な運賃の変更を見ると、路線によって大きな違いがあります。東京駅発で各地に向かう場合の運賃の値上げ幅・率を見てみましょう。以下、具体的な運賃は特に記載しない限り、紙の切符の場合です。
代表的な目的地ですが、東京-新宿間の値上げ率が極端な数字になっていますが、3箇所が平均の7.8%を上回っており、3箇所は下回っているということで、平均7.8%というのも頷けます。一方で、まさに東京-新宿間が極端な値上がりになっています。これは、どうしてなのでしょうか?
それは今回の運賃改定において、JR東日本が「電車特定区間」と「山手線内」の運賃を廃止するためです。JR東日本では基本的に距離に応じて運賃を決めています。ただ、特定の地域では競合等を考慮し、本来の距離での運賃より安価な料金を設定しています。その特定の地域が上記の「電車特定区間」と「山手線内」で、山手線内はその名の通りですが、「電車特定区間」はおおむね首都圏と理解いただければいいでしょう。具体的には、都心部を中心に西は高尾、東は千葉、南は久里浜、北は大宮です。
たとえば、上記の東京-新宿間は東京地下鉄(9023)(以下、東京メトロ)が同区間を運行しています。東京メトロでは現在東京-新宿間は210円です。つまり、JR東日本と現在は同額ということになります。それが2026年3月の改定で、大きくJR東側が高くなるのです。つまり、JR東日本の本来の料金テーブルだと東京-新宿間はそもそも260円の乗車区間だったが、競合を考慮して210円にディスカウントしていたということです。それを2026年3月で止めることになります。
JR東日本の運賃改定による私鉄への影響は?
東京-新宿間はJR東日本だと中央線で13-4分程度、東京メトロだと丸ノ内線で23分程度のようです。時間を考えると、JR東日本を使い続ける人も多いかもしれませんが、まさに23.8%違うわけなので、東京メトロを優先しようという方も少なくないかもしれません。
山手線内では他にも東京メトロと競合する路線が多数あります。図表3の通り、東京-新橋間のように、もともと短距離の場合は大きな値上げになりませんが、東京-新宿間のような長い距離だと大きな値上げとなります。山手線は私鉄での競合はほぼないものの、山手線30駅のうち、新宿、原宿、渋谷、恵比寿、目黒、新橋、有楽町、東京、神田、秋葉原、御徒町、上野、西日暮里、駒込、大塚、池袋、高田馬場と半数以上の駅は東京メトロが乗り入れています。東京メトロにとっては乗客増か、運賃の値上げ余地もありそうで、良い話となりそうです。
東京メトロは2025年3月期の決算で、セグメント売上高の90%超、セグメント利益の85%超を運輸セグメントで稼ぎ出しています。また、東京メトロを始め多くの鉄道会社では駅別乗降人員を発表しています。東京メトロの2024年度の1位は池袋駅、2位が大手町駅、3位が北千住駅で、大手町駅を東京駅最寄りと考えると、上記の「電車特定区間」「山手線内」の運賃改定の影響は大きそうです。
4位の銀座駅、5位の豊洲駅はJR競合ではないものの、6位(新橋駅)、7位(新宿駅)、8位(東京駅)、9位(渋谷駅)、10位(上野駅)はすべて山手線の駅です。上記の山手線の運賃改定の影響は小さくないでしょう。
私鉄「競合駅」との運賃・利便性ではどちらが有利か?
「電車特定区間」と別にJR東日本では運賃の「特定区間」というものも設けています。これは電車特定区間の中でも他社線と競合する路線について、特別な運賃を設けているものです。たとえば、品川-横浜間(京急競合)、品川-横須賀間(京急競合)、新宿-八王子間(京王競合)、渋谷-横浜間(東急競合)、目黒-横浜間(東急競合)、日暮里-成田間(京成競合)などです。
今回の運賃改定では、この部分の廃止も多くなっています。たとえば、品川-横須賀間は現在830円ですが、特定区間を廃止し、改定後は1,040円になります。実に25%アップです。JR横須賀駅はやや離れていますが、京急の横須賀中央駅と競合していると考えられます。
JRの品川-横須賀間は1時間10分程度、京急の品川-横須賀中央間は1時間未満の便も多いので、もともと速達性で京急が勝っています。運賃も現行でJRが830円、京急が620円だったところ、JRが1,040円になるので、横須賀駅から横須賀中央駅までバスで移動してもなお、京急が速達性・運賃で有利という状況になります。
京急の駅別乗降人員(2022年度)を見ると、横須賀中央駅は第7位で、ある程度存在感のある駅です。京急の2025年3月期決算ではセグメント売上高の約40%、セグメント利益の約50%を交通セグメントで稼ぎ出しています。東京メトロほどではないものの、ある程度JRの運賃改定は影響がありそうです。
図表4はJRが特定区間の運賃を設けている主な区間と、その競合区間についてまとめています。
ほぼ同じ駅舎の場合と、やや距離がある場合があるため、詳細は個別に確認いただければと思います。
特定区間を継続するとしても、上記の「電車特定区間」の見直しにより運賃は上がりますが、「特定区間」を廃止したものの運賃の値上げ幅が大きいことがよく分かります。品川-横浜間は特定区間を継続するため、約13%の値上がりですが、品川-久里浜間は廃止のため実に30%近い値上がりになっています。
もともと品川-久里浜間は京急のほうがかなり安いため、ある意味では諦めたと言えるのかも知れません。京成の成田競合も同様でしょう。もともと渋谷-桜木町間は東急東横線が走っていたのですが、東横線の横浜から先がみなとみらい線乗り入れになり、運賃も上がったことから廃止したのでしょうか。JR東日本の戦略も読み取れるような変更です。
競合私鉄が収益増となるか?鉄道会社の投資妙味に今後も注目
いずれにせよ、上記のような競合にとってはJR東日本との競争環境がよくなり、収益増なども見込めそうです。各社の運賃値上げも一定程度考えられそうで、資材高・金利上昇などの逆風の中では朗報と言えるでしょう。
なにより、ある程度、運賃の値上げが受け入れられること自体が鉄道会社にはポジティブな話になります。直近では、電力会社に対してアクティビストが投資を開始したというニュースがありました。原発の再稼働などで電力各社は一定収益の改善を図ると同時に、株主還元を進めていくことを発表しています。
「アクティビストが京浜急行電鉄に投資を開始、割安感目立つ鉄道業界の現況は?」などの記事でも取り上げたとおり、鉄道会社にもアクティビストは投資を始めています。鉄道会社は不動産など有力な資産を保有している上に、コングロマリット化しており、投資妙味もありそうです。今後の運賃の動向なども確認しながらぜひ分析してみてください。
