日経平均は史上最高値圏に達してなお、地合いの強い展開が続いています。日米の金利政策については想定通りでしたが、それでも材料出尽くしによる売り圧力がさほどでもなかったのは、やはり自民党総裁選への期待が大きいということなのでしょう。
既に有力候補者の選出を見越して関連銘柄が物色される「〇〇トレード」と言われる現象は顕在化してきており、これまでの停滞感の強い状況からは一気に歯車が動き始めたように受け止めています。このコラムでも、「選挙は買い」という相場格言を何度も紹介してきましたが、(総裁選は国政選挙ではないですが)まさにその典型例になったという印象です。
10月4日には総裁選の投開票が行われます。新総裁になるのは誰か、どういったアクションを採るのかによって、当面の株式市場は波乱の展開となるケースも十分あり得ると予想しています。場合によっては、これまで燻っていた高値警戒感が顕在化し、調整色が一気に増す可能性もあるでしょう。これからしばらくは「ダンスを踊りつつ」も、より慎重なスタンスで臨んでおきたいところです。
「資本コスト」は2023年の東証要請を機に注目されるようになった
さて、今回は「資本コスト」をテーマに取り上げてみましょう。資本コストという言葉は、2023年に東証が上場企業に対して要請した「資本コストと株価を意識した経営の実現」を機に、一気に注目されるようになりました。資本コストという概念そのものは会計・経営領域において古くから知られていましたが、単式簿記で作成できる損益計算書とは違って、複式簿記が発想の基本にあるために一般には馴染みが薄い考え方でした。
しかし、東証の旗振りもあり、現在は多くの上場企業においてこの考え方は広く認知されるようになりました。東証は、これまでの上場社数増から上場企業の質確保へと軸足を移すのに併せ、その一環として資本コスト経営の浸透を推進しているのでしょう。この流れは今後さらに加速し、将来は高いハードルをクリアできる「優れた企業」のみが上場企業という地位を与えられるようになるのではと想像しています。
そもそも「資本コスト」とは?
そもそも資本コストとはどういったコストでしょうか。企業が経済活動を行ううえで、資金をどうやって調達したか、使途は何かを把握することが重要です。その資金調達に際しては必ず調達コストが発生しているはずで、ざっくりと言えば、これが資本コストと定義されるものになります。
企業はその資金を機械や土地、原材料などに使い、資金調達に要したコスト(資本コスト)を上回る利益を上げなければいけません。これこそが企業価値の拡大の要諦です。よく言われる「ROEやROICは株主資本コスト(CoE)や加重平均資本コスト(WACC)を上回る必要がある」ということはまさにこれで、ROEやROICが資本コストを意識した経営とセットで語られるのはそのためです。
なお、銀行借入で資金を調達した場合の資本コストは「負担金利」が、株式を通じて資金を調達した場合の株主資本コスト(CoE)は「株主の期待に応える責務」が、それぞれそれに相当します。CoEを数字で示すのは難しいのですが、期待未達(ROE/ROICがCoE/WACCを下回る状況)が常態化すれば失望から株式は売られやすくなり、上場企業としての魅力低下が提起されることになるわけです。
「資本コスト」をめぐる企業の本音
しかし、この考え方にしっくりこない経営陣も少なからず存在しています。CoEの数字化には難解な計算式を使用するケースが多いため(その計算式を盲信する段階で既に理解不足なのですが)、そういった経営陣はそれを「所詮は数字遊びで机上の空論」と受け止めがちです。
その結果、東証要請に対して何らかの対応はするものの、中身は伴わず、どう見ても「辻褄合わせ」としか言いようのない資料でお茶を濁している企業も散見されます。東証要請から2年、資本コスト経営を「面倒くさい」「うんざり」とする企業の本音がそこに垣間見えるのです。
そうした企業が、今後さらに引上げられるであろう東証のハードルを越えるのは、より困難になっていくでしょう。それ以前に、株式市場では対応を真摯に進める企業との評価ギャップが拡がり、市場から黄色信号を突き付けられる可能性もあると考えます。東証改革はそれが狙いだったのかもしれませんが、否が応でも企業価値拡大に真摯に取り組む企業とそうでない企業を炙り出す仕掛けになっているように思えます。
資本コストを意識した企業をピックアップするためのスクリーニング条件を考える
当然、株式投資という観点では、資本コストを意識した企業の投資魅力度は高くなります。中でも、何らかのアクションを通じてその意思を株式市場に実績として発信できる企業こそが注目されることでしょう。そのような企業を定量的にリストアップすることはなかなか難しいのですが、こうした条件でスクリーニングを考えてみました。
1.過去3年のPBR変化率が2倍以上、
2.過去5年の平均営業増益率予想が20%未満、
3.直近期ROEが8%以上、
といった企業群です。
一定水準以上のROEを前提に、営業増益率はさほどでもないが、PBRが大きく上昇したという企業です。PBRは業績好調が牽引車となる可能性もありますが、あえて増益率の低い企業に注目することで、業績に頼らずともPBR上昇を実現できた企業はそれだけ資本コスト経営が評価されているのでは、と考えるためです。
今回設定したスクリーニング条件に合致する17銘柄は?
東証プライム市場において、この条件に合致する企業は次の17社です。きんでん(1944)、矢作建設工業(1870)、NJS(2325)、能美防災(6744)、三井倉庫ホールディングス(9302)、日本電気(6701)、鹿島建設(1812)、任天堂(7974)、太陽ホールディングス(4626)、住友電設(1949)、大林組(1802)、川田テクノロジーズ(3443)、大成建設(1801)、住友ファーマ(4506)、トレンドマイクロ(4704)、三井金属(5706)。
各社の中身を精査する必要はありますが、この中のいくつかは間違いなく資本コスト経営が市場の評価を得ていると位置づけることができるでしょう。もちろん、資本コストに業績好調が相乗効果となってPBR上昇を成し遂げた企業はこれら以外にも数多くあり、スクリーニング条件を調整すれば、そうした企業群も見つけ出すことができます。ぜひ、みなさんも色々試してみてください。スクリーニング条件を考えるのは投資の一つの醍醐味なのですから。
