8月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が2万2000人増にとどまり、失業率は4.3%と2021年以来の高水準となりました。市場予想の7万5000人増を大きく下回ったうえ、6月分は2020年以来の前月比減少へ修正され、市場では労働市場が悪化局面に差しかかっているとの見方が強まっています。9月FOMCでの利下げはほぼ確実視されています。

市場に衝撃を与えたのは7月統計の「修正ショック」です。過去2ヶ月分が大幅に下方修正され、「想定より強くなかった」という認識が一気に広がりました。トランプ大統領は統計の政治的操作と非難し、米労働省労働統計局(BLS)局長を更迭しました。データの信頼性が揺らいでいますが、実際には調査手法が崩れたわけではありません。

雇用統計は速報段階で回答率が低く、改定は制度的に避けられません。コロナ禍前は70%を超えていた初回回答率が、足元では60%を下回る水準に落ち込んでいます。また、速報時点では、大規模で比較的安定した事業所の回答が中心となるため、景気悪化の影響を受けやすい小規模事業所や新設・廃業の動きが十分に反映されません。そのため景気鈍化時の速報値は、雇用をやや「過大」に映す傾向があり、追加回答や統計により下方修正されやすいことがあります。

さらに、年次改定では包括的な行政データを反映することで、より大規模な修正が行われる場合があります。実際、2023~24年分の雇用者数は暫定値で約80万人下方修正され、リーマン危機期以来の大幅な見直しとなりました。速報と改定の乖離は制度的なものであり、とりわけ景気の転換点では修正が大きく出やすいことを理解しておく必要があります。

雇用統計は一致から遅行に属する指標で、失業率や雇用者数は景気が鈍化してから悪化します。これに対し、ISM製造業指数や住宅建築許可件数は公式な先行指標として数ヶ月先を示し、小売売上高は一致指標として現状を捉えます。また、労働市場の中でも求人のような先行的なデータもあります。

さらに、作成主体の多様性も信頼性を支えます。雇用や失業率はBLS、製造業指数はISM(全米供給管理協会)、小売売上高は商務省国勢調査局、マネーサプライはFRB(米連邦準備制度理事会)が担当しており、系列間で整合性を欠けばすぐに疑問が生じます。統計を横断的に比較し、先行⇒一致⇒遅行の動きがどうなっているのかを把握することが重要です。

複数の統計を突き合わせれば、一部での恣意的な操作の余地は限られるでしょう。さらに近年では、衛星画像やカード決済など政府統計以外のオルタナティブデータ、AIによる異常検出も活用され、投資家の分析手段は広がっています。

結局、統計の信頼性は「修正の有無」で測れるものではありません。月次改定も年次改定も制度的に避けられず、とりわけ景気の転換期には修正が出やすいのです。重要なのは速報値に振り回されず、先行・一致・遅行といった系列や異なる機関の統計を突き合わせ、整合性を確認することです。政治的な雑音が大きい局面こそ、投資家には冷静にシグナルとノイズを見分ける力が求められます。データの信頼性が揺らぐときこそ、真の洞察力が試されるのです。