2025年6月2日(月)23:00発表(日本時間)
米国 ISM製造業景気指数

【1】結果:市場予想を下回って前月から低下し3ヶ月連続で景気縮小圏

5月の米ISM製造業景気指数は、前月から0.2ポイント低下の48.5となり、市場予想の49.5を下回りました。景気の分岐点とされる50を3ヶ月連続で下回っており、景気縮小圏での推移が続いています。

【図表1】ISM製造業景気指数の推移
出所:米供給管理協会(ISM)、Bloombergのデータを基にマネックス証券作成
※市場予想はBloombergがまとめた市場予想の中央値

一方、経済全体では、一般的に42.3以上を記録すると景気拡大とみなされますが、今回は61ヶ月連続で景気拡大を示しました。

※製造業の拡大・縮小を判断する基準値は50ですが、製造業が経済全体に占める割合は1割程度であることから、指数が50を下回ったとしても、経済全体としては必ずしも縮小を意味するわけではありません。米供給管理協会の回帰分析に基づく調査によると、過去のISM製造業景気指数と米国GDP成長率の関係から、指数が一定期間42.3を上回れば、一般的に経済全体(GDP)は成長していると解釈されます。

【2】内容・注目点:在庫指数が全体を押し下げ、主要項目は底堅さを示す

そもそもISM製造業景気指数とは

ISM製造業景気指数は、全米供給管理協会が製造業300社以上の仕入れ担当者に生産状況や受注状況、雇用状況等の各項目についてアンケート調査を実施し、その調査を基に製造業全体のセンチメントを指数化した指数です。企業のセンチメントを反映しており景気転換の先行指標とされること、また主要指数のなかでは最も早く発表されることから注目が集まります。

5月結果の詳細・内訳

【図表2】ISM製造業景気指数、各項目まとめ
※太字は総合指数の構成要素。
※トレンド(月)は、項目が50を上回る、または50を下回る状態が継続した月数を表す。
出所:米供給管理協会(ISM)、Bloombergのデータを基にマネックス証券作成

総合指数の低下は駆け込み需要の反動減による在庫指数の低下が主因

図表2の通り、総合指数を構成する5つの要素(新規受注、生産、雇用、入荷遅延、在庫)のうち、在庫のみが前月比で-4.1と大きく低下しており、今回の総合指数の下振れを主にけん引したことが分かります。在庫指数は、これまでトランプ関税に伴う駆け込み需要によって積み増しが続いていましたが、今回はその反動で大幅な調整が入ったとみられます。

この在庫指数の低下によってヘッドラインの数値は悪化しましたが、他の構成要素である新規受注、生産、雇用はいずれも前月比でわずかに改善しており、米国製造業のビジネス環境は底堅さを維持していると評価できるでしょう。

在庫指数の低下は総合指数を押し下げる要因ではあるものの、受注と在庫のバランスが改善することで、生産活動が底打ちし反転に向かう兆しとなる可能性もあります。

また、顧客在庫指数が前月の46.2から44.5へと低下し、「低すぎる」とされる水準まで落ちていることも、生産指数にとってはポジティブな要素だと言えます(※顧客在庫が少なすぎる場合、顧客は将来的に発注せざるを得ないため)。    

【図表3】受注-在庫バランスの推移
出所:米供給管理協会(ISM)、Bloombergのデータを基にマネックス証券作成

一方、入荷遅延指数の上昇については、今回のケースではあまりポジティブな要素とは言い切れません。入荷遅延指数が上昇する背景には、需要の強さやサプライチェーンの混乱といった要因が考えられます。しかし、新規受注が縮小圏で推移し需要の強さが特に見られない状況であることを踏まえると、今回の上昇は主にサプライチェーン側の問題であり、関税政策がその原因の一つとみられます。

報告書によれば、買い手とサプライヤーの間で関税分の負担をどちらが担うかについて交渉が行われており、その影響で一部の材料の納品が遅れているとされています。また、港湾での物品の通関手続きに遅延が生じている状況も続いている模様です。

こうした状況について、電気機器・電化製品・部品業界の企業担当者からは、「政権の関税措置だけでも、COVID-19に匹敵するサプライチェーンの混乱を引き起こしている」との声が挙がっています。

支払価格指数はやや低下

総合指数の構成要素以外では、支払価格指数が前回の69.8から69.4へとわずかに低下しました。インフレ圧力の加速が一段と進まなかった点はポジティブですが、企業の実感としては依然として価格上昇圧力が強い状況が続いていると言えます。直近では、製造業にとって重要な資源である鉄鋼やアルミニウムに対する追加関税も発表されており、インフレ圧力の高まりには引き続き警戒が必要です。

なお、支払価格指数は実際の物価ではなく、あくまで企業担当者の感覚を数値化したものであり、実際の物価動向を把握するにはCPIやPPI、PCEなどの指標を確認する必要があります。

【図表4】ISM製造業支払価格指数の推移
出所:米供給管理協会(ISM)、Bloombergのデータを基にマネックス証券作成

輸出・輸入指数は、関税の影響を明確に受けた

また、通商政策と密接にかかわる輸出・輸入指数を見ても、関税の影響の大きさが確認できます。

【図表5】ISM製造業輸出・輸入指数の推移
出所:米供給管理協会(ISM)、Bloombergのデータを基にマネックス証券作成

【3】所感:全体としては悲観的な内容ではなく、物価指標の注目度が増している状況 

今回のISM製造業景況指数は、ヘッドラインの数値こそ市場予想を下回り前月から低下しましたが、内容を詳しく見ると、新規受注、生産、雇用といった主要項目は底堅く推移しており、全体としてはそこまで悲観的な結果ではありませんでした。実際、6月2日の米国株式市場では本指標の発表を受けて上昇に転じており、市場の受け止めも比較的前向きだったと言えます。

また、今回の調査では、化学業界の担当者が「関税は税金であり、税金は常に顧客に転嫁される」と指摘しています。関税コストの最終的な帰着点、すなわち消費者価格への波及か、企業による吸収かが今後の焦点となるでしょう。

仮に消費者価格への転嫁が進めば、インフレ目標達成の観点からFRB(米連邦準備制度理事会)による利下げは難しくなり、景気へのブレーキが懸念されます。一方で、企業がコストを吸収する場合についても、利益率の悪化を通じて雇用環境が悪化し、所得の減少を経て個人消費が落ち込み、さらに企業業績が悪化するという負のスパイラルに陥るリスクがあります。この場合には、むしろ急速なデフレ懸念が生じ、FRBによる利下げが間に合うかどうかが鍵となるでしょう。

いずれのシナリオにおいても、今後の金融政策のかじ取りは一段と難しさを増していると言えます。こうした動向を見極めるうえで、6月中旬に発表予定のPPI(生産者物価指数)やCPI(消費者物価指数)は重要な判断材料となり、注目度が一段と高まっている状況にあります。

フィナンシャル・インテリジェンス部 岡 功祐