先進国は利下げモードに入った

Needless to say, freedom in a democracy does not mean that everyone can do what they want to do.

言うまでもないが、民主主義における自由とは、めいめいが好き勝手なことをしてもよいという意味ではない。

(PROGRESS IN ENGLISH 21 BOOK5 Lesson2 WRITE)

 

先週、欧州中央銀行(ECB)理事会は、約5年ぶりとなる利下げを決めた。3月にはスイス国立銀行が、5月にはリクスバンク(スウェーデン中銀)が、そしてECBが利下げに踏み切ったその前日にはカナダ中銀が利下げを行っている。先進国は利下げモードに入った。

米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げは、その開始時期が依然として不透明だ。先週末に発表された5月の雇用統計でNFP(非農業部門の雇用者数)は前月比27万2000人増と市場予想(19万人増)を上回った。平均時給の伸びも市場の予想を超えた。週前半にはJOLTSが市場予想を下回り、利下げ期待が出ていただけに、行きつ戻りつ、といった感がある。

しかし、方向性としては利下げに向かっているのは間違いない。あとは時期だけの問題だ。

景況感が悪いにもかかわらず日本だけが利上げ時期を模索

欧米が利下げに向かう中、日本だけが「次の利上げはいつか」という議論をしている。真逆であり、まるで異質である。それでも、日本だけが世界の中で景気がガンガンに強くて、インフレ懸念が高く、利上げの必要性があるってゆーならまだ分かる。でも、そんなことはまるでない。まるでないどころか、めちゃくちゃ景況感は悪い。

1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は、実質で前期比年率換算2.0%減と2四半期ぶりのマイナスになった。でも、これは品質不正問題による自動車の生産・出荷停止の影響で消費や設備投資が落ち込んだため、つまりは一時的要因だ。自動車の品質不正問題の影響が一服すれば、4~6月期のGDPはプラス成長に戻るだろう。なーんて、思っていたところに、またしても自動車大手の品質不正問題が浮上した。前回はダイハツなどマイナーな問題だったが、今回はトヨタ、ホンダといったトップメーカーの不正だ。関連する企業は5万社超、就業者は550万人。これは大変!と思いきや、斉藤国土交通大臣は、今回の認証不正対象車の出荷停止による日本経済への影響は、ダイハツ工業の不正事案に比べて「対象となる車種や生産台数は限定的」との認識を示した。うーん、本当にそうなのか。よくわからないが、GDPを押し下げる要因になるのは間違いない。仮に4~6月期のGDPもマイナスなら2四半期連続のマイナス成長、欧米の基準ではテクニカルなリセッション(景気後退)である。

いや、大丈夫、賃上げや減税を背景に個人消費が盛り返すだろう-という期待が出ているようだが、甘い見通しだ。

総務省が先週発表した4月の消費支出は実質で前年同月比0.5%増となり、14ヶ月ぶりにプラスに転じた。個人消費が持ち直す明るい兆しである。しかし、この「前年同月比」ってやつがクセモノだ。前年になかった3連休の影響で外出する人が増加し、外食などの支出が増えたという要因が季節調整されていない。季節調整済みの前月比で見れば実質1.2%減と3カ月ぶりのマイナスだ。全然、消費のトレンドが上向いてはいない。

しかーし!賃上げで実質賃金がプラスになる見通しが出てきた。先週発表された4月の毎月勤労統計調査によると、基本給にあたる所定内給与は前年同月比2.3%増で、この伸び率は29年6ヶ月ぶりの高さ。実質賃金は過去最長の25ヶ月連続マイナスだったが、これももうすぐプラスに転じるだろう…て、だから?だから、なんなのか?実質賃金がプラスになったら、消費が増えるのか?

自分自身のことを考えてみればいい。自分の賃金の伸びをCPIと比べて、やった!インフレに勝ったぞ、じゃあ、カネ使おう!などと考えるひとは、まずいない。そんな問題じゃあないだろう。人々にとっては、岸田首相がばらまく、どーせ一回こっきりの減税や、「今年の」賃上げが何十年ぶりだとか、そんなことは二の次だ。大事なのは、この先も、将来にわたって賃金が上がっていくか、収入が増えていくか、その見通しと希望である。それが見えない社会では消費は増えないだろう。

日本経済新聞「経済教室」は、5月末から3回にわたって「賃上げは今後も続くのか」という論考を掲載した。

一橋大の小野浩教授は、「理想的な賃上げの展開から遠のき、横並び意識と政府からの意向が強く働いている。大企業ほど「やらされ感」から賃上げしたように見える」と述べている。そのうえで「人的資本投資と生産性向上が伴わない賃上げは一時的な効果で終わってしまい、持続しない可能性がある」と指摘する。

神林龍・武蔵大教授の分析はショッキングだ。「賃金上昇は広範囲にわたり均等に起きているわけではない。低賃金セクターに偏って起きている。もともと賃金水準が相対的に低いセクターで働く被用者の平均的な労働時間は短い。被用者数でみたシェアも伸ばしているということは、このセクターで時間賃金が上昇しても国民所得はそれほど増加しないという関係が成り立つ。所得水準の高い高賃金セクターでは、管理職の再編に伴いむしろ時間賃金は低下しており、マクロレベルでの消費支出を抑える効果をもっている」

実際のデータを示してこうした事実を説かれており納得的だ。ざっくり言ってしまえば、新卒・もともと低賃金だった人、そういう賃金は上がっているが、中間管理職はリストラの憂き目にあっている人が多いということだ。そこが消費のボリュームゾーンだから、それじゃあ消費は増えないよね、というのが神林先生の分析だ。

日銀を利上げに駆り立てる唯一の理由

で、話を日銀に戻すと、こんな状況で利上げなどしている場合だろうか。

インフレは月次統計が出るたびに着実に伸びが鈍化しているが確認できる。景気は悪く、インフレは鈍化、海外の主要中銀はみな利下げモード。こうした環境で日銀だけが利上げに動く理由はひとつもない。いや、ただひとつだけ理由がある。だからこそ日銀は利上げの時期を探っているのだ。

日銀を利上げに駆り立てる唯一の理由‐日銀が利上げしたいからである。彼らは、世界のなかで彼らだけが「異常な」金融政策を続けていたことが、嫌で嫌でたまらなかった。一刻も早く、「正常な」金融政策に戻したくてしかたがないのである。なぜなら、日銀の人はトップエリートだ。そういう人が「異端」「異常」のレッテルを貼られることには耐えられない。これが金融政策正常化を錦の御旗に掲げる理由である。

冒頭に引いた文章は、高校生の娘の英語の教科書にあった英作文の問題である。

「言うまでもないが、民主主義における自由とは、めいめいが好き勝手なことをしてもよいという意味ではない」

利上げは日銀によって自己目的化されている。日銀は、自分たちの都合で、自分たちがそうしたいからという理由で、利上げしてもよい、というわけではないのは、言うまでもない。そんな中央銀行を持ったこの国は不幸である。足元の経済情勢に逆行するような金融政策を志向するような国の株は、誰も買いたいとは思わないだろう。Me, too. と書いたら英作文で×になる。Neither do I である。