SaaS崩壊の構造変化

米国市場を起点に発生している「SaaSの死」。ソフトウェア株の大暴落は、ビジネスモデルの前提が崩壊したことによる構造的な地殻変動である。来月発売の僕の新刊『株はずっと上がるもの 誰も書けなかった株式投資の真実』(日経BP)では、含み損益にかかわらず株を売るべき状況として、「買った理由であるビジネスモデルの根本的な崩壊」を挙げている。もしもこれらのSaaS銘柄を保有しているのなら、即刻、手放さなければならない。

引き金となったのは、1月にAIスタートアップのAnthropicが発表した自律型AIエージェント「Claude Cowork」であった。

これまで企業の生産性を支えてきたSaaSは、人間が操作することを前提とした「道具」に過ぎなかったが、AIが自ら思考し事務作業や法務分析を完結させる時代の到来により、高価な専用ソフトの存在意義が根底から問われ始めている。市場はこれを「AIによる既存ソフトウェアの駆逐」と捉え、マネーは凄まじい勢いで流出した。わずか1週間で米国市場全体のソフトウェア株から1兆ドルという巨額の富が失われたという観測もある。

ID課金モデルの終焉

この「SaaSの死」の本質は、長らく業界の標準であった「ID課金(シート単位)」という収益モデルが通用しなくなる点にある。AIの活用によって1人の従業員が数人分の業務をこなせるようになれば、ライセンス契約数は必然的に減少するからだ。企業側のIT予算も、既存の管理ソフトの維持から、より直接的な収益貢献が見込めるAI導入へと急速にシフトしており、既存SaaSの解約や予算削減の波はおそろしいスピードで進行中のようである。

「SaaSの死」は日本市場も直撃している。Sansan(4443)やマネーフォワード(3994)といった主力SaaS銘柄に猛烈な売りが浴びせられている。

グラフ1:Sansan(白)、マネフォ(青)、フリー(赤)、サイボウズ(紫)、ラクス(黄)、の株価比較(2025年8月18日を100で始点)
(出所:Bloomberg)

しかし、ここで市場は間違いを犯しているように僕には思える。

野村総合研究所(4307)やオービック(4684)などのシステムインテグレータの株価まで同様に売られているからだ。

グラフ2:NRI(緑)やオービック(橙)も巻き込まれている
(出所:Bloomberg)

米国市場を端に発した「SaaSの死」という逆風の中でも、すべてのソフトウェア企業が沈むわけではない。むしろ、この荒波を乗り越えて反発に転じる企業も出てくるだろう。

反転候補の三条件

「SaaSの死」を免れる企業には、単なるソフトウェア提供にとどまらない三つの強みがある。第一に、深いドメイン知識とコンサルティング力だ。単なる「道具」としてのソフトではなく、顧客の業務フローそのものを設計・改善できる能力を持つ企業である。AIは「やり方」は知っているが、その企業の「最適解」を導き出すには深い現場理解が不可欠だからだ。

第二に、「守り」の基幹システム(SoR)の掌握だ。会計、人事、生産管理など、止められない企業の背骨となるシステムを押さえている企業は強い。AIエージェントが台頭しても、そのデータ出力先や管理の基盤としての重要性は揺るぎにくい。

そして、三つ目が、独自データへのアクセス権だ。AIの精度を左右するのは学習データの質である。特定の業界や顧客に深く入り込み、他社が触れられないクリーンなデータを蓄積している企業は、自ら「最強の特化型AI」を構築できる立場にある。

上述したNRIやオービックはここでみた3つの条件を満たす企業である。

■野村総合研究所(NRI)

NRIは、今回の「SaaSの死」の文脈においては、極めて高い生存能力を持つ。しかし、株価は急落した。これは市場のミスプライシング=チャンスであると思う。

同社は単なるソフトウェア・ベンダーではなく、コンサルティングからシステム構築、運用までを一気通貫で行う「トータルソリューション」が強みである。顧客である金融機関や流通大手の複雑な業務ロジックを把握しており、AIを「どう組み込むか」を提案する側に回ることができる。AIエージェントの普及はNRIにとっては、むしろ「開発効率の向上」と「AI導入コンサル」という二重の追い風になり得る。

■オービック

オービックもまた、非常に強固な防衛線を築いている。統合業務ソフトウェア(ERP)として、中小・中堅企業の「基幹(SoR)」をがっちりと押さえている点が最大の強みだ。ERPの刷新には多大なコストとリスクが伴うため、AIが出たからといって即座に解約される性質のものではない。独自の直販体制とサポート体制により、顧客との密着度が極めて高い。AIエージェントが業務を代行するにしても、その作業ログや最終的な帳票管理の「場」として、オービックのシステムは残り続ける可能性が高い。

僕の新刊『株はずっと上がるもの』で書いた株を売るべき状況には、エコノミック・モート(Economic Moat:経済的な堀)、すなわち圧倒的な競争優位性が崩れた時というのも挙げている。上記2社の「堀」は崩れていない。むしろこれからAIでますます強固なものになるだろう。

AIを武器にできる企業は、従来のような「利用人数(シート)が増えれば儲かる」というモデルから、「AIが生み出した成果(アウトカム)に対して課金する」モデルへの移行を進める企業である。

NRIやオービックのような「実力」のある企業が、AIという時代の波を味方につけ、従来のライセンス料に依存しない新たな収益軸を提示できたとき、株価は「SaaSの死」というレッテルを跳ね除け、強烈なリバウンドを見せるだろう。