数々の著名起業家を生み出したペイパル・マフィア、フィンテックの分野でも躍進

フィンテックとは金融(ファイナンス)と技術(テクノロジー)を組み合わせた造語で、日本銀行のWebサイトによると、米国では2000年代の前半から使われていたそうです。

フィンテックという言葉が一般に広がる前の1998年に米国でコンフィニティという企業が誕生しました。消費者と事業者を結ぶ世界初のデジタル決済プラットフォームを構築するというアイデアを掲げ、その後に社名をペイパル・ホールディングス[PYPL](以下、ペイパル)に変更しています。

決済の仕組みを根底から覆すような取り組みを始めたペイパルの事業には、今から振り返ればきら星のように人材が集まっていました。その後に投資家や起業家として成功する人が続出しており、こうしたペイパル出身者は「ペイパル・マフィア」と呼ばれています。

ペイパル・マフィアの中心人物として知られるのが著名な投資家で経営者でもあるピーター・ティール氏です。ティール氏はフェイスブック(現在のメタ・プラットフォームズ)[META]の初期の投資家として知られており、生成人工知能(AI)開発のオープンAIにも財政支援を行っていました。経営者としては、ビッグデータ解析のソフトウエアを開発するパランティア・テクノロジーズ[PLTR]を創業しています。

ペイパル・マフィアのもう1人の中心人物とされるのがイーロン・マスク氏です。ご存知の通り電気自動車(EV)のテスラ[TSLA]や宇宙開発のスペースXを立ち上げています。

この他にもティール氏とコンフィニティを共同で創業したマックス・レブチン氏は後にフィンテックのアファーム・ホールディングス[AFRM]を設立しました。レブチン氏は米イリノイ大学時代の同級生スティーブ・チェン氏をペイパルに誘い、チェン氏はペイパル時代の同僚であるジェード・カリム氏らとその後、ユーチューブを共同で創業しています。

ペイパル・マフィアは天才起業家集団などと呼ばれることもあるそうですが、主要メンバーの出身地を見ると、ピーター・ティール氏が旧西ドイツ、イーロン・マスク氏が南アフリカ、マックス・レブチン氏がウクライナ、スティーブ・チェン氏が台湾、ジェード・カリム氏が旧東ドイツと実に多彩です。

多様な価値観の中で普遍的なものが生き残り、定着する。ペイパル・マフィアはある意味で競争力の高い米国産業界の縮図なのかもしれません。今回のコラムではフィンテックセクターを軸に、まずペイパルから見ていきたいと思います。

ペイパルを筆頭に、事業を拡大する期待のフィンテック関連銘柄5選

ペイパル・ホールディングス[PYPL]、年間取引数は250億回

ペイパル・ホールディングスはオンライン決済サービスを手掛けています。デジタル決済ソリューションで消費者と商店などの売り手をつなぎ、簡単かつ安全な決済という利便性を双方に提供するビジネスです。

2023年末時点で200を超える市場で事業を展開しており、利用者のアクティブアカウント数は約4億2600万件に上ります。内訳は消費者が3億9100万件、商店などが3500万件です。

商品やサービスを購入した時の支払いはもちろん、送金や集金などでも使えます。2023年通年の取引件数は約250億回、決済額は1兆5300億ドルに上ります。「ペイパル」のサービスでは消費者はクレジットカードやデビットカード、銀行口座などに紐づいた「ペイパル」のアカウントにスマートフォンなどでログインし、支払うことが可能です。店舗側にカード情報が伝わることがないため、より安全な決済手段とされています。

「ペイパル」以外では買収を通じて傘下に収めた法人向け決済サービスの「ブレインツリー」やデジタルウォレットの「ベンモ」などが知られており、特に「ベンモ」は割り勘などの個人間送金に便利な機能を持ち、若者を中心に支持されています。

また、米国ではオンライン決済事業者による後払い(Buy Now, Pay Later=BNPL)サービスが大流行し、ペイパルも「ペイレイター」でこうした需要を取り込んでいます。さらに日本でBNPL事業を展開するスタートアップ、ペイディを3000億円という大枚をはたいて買収するなど、この分野に力点を置いているようです。

オンライン決済サービスとして成長してきたペイパルですが、起業直後の苦難の時期を支えたのが、電子商取引(EC)大手のイーベイ[EBAY]です。イーベイの売り手が利用し、1998年の創業から2年後の2000年に利用者数が100万人を超えています。

両社の蜜月関係は続き、2002年にはイーベイがペイパルを約15億ドルで買収しました。ペイパル・マフィアの面々はペイパル株の売却で手にしたまとまった資金を元手に、その後の飛躍に繋げています。ペイパルの最高経営責任者(CEO)だったピーター・ティール氏は、イーベイによる買収を機にCEOを退任し、異なる道を歩み始めています。

その後、ペイパルは10年以上、イーベイの子会社でした。イーベイの手元を離れ、ナスダック市場に上場したのが2015年です。アップルペイなどの競合の台頭を機にイーベイ傘下に収まっていることを不利と判断した結果と言われています。

【図表1】ペイパル・ホールディングス[PYPL]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表2】ペイパル・ホールディングス[PYPL]:株価チャート
出所:トレードステーション

インテュイット[INTU]、8年連続で増収増益と着実に成長

インテュイットはビジネスや金融関連のソフトウエアを開発する企業です。日本での知名度はそれほど高くないのですが、米国株式市場の時価総額で50位前後とIBM[IBM]やナイキ[NKE]を上回っています。

セグメントは中小企業・自営業向けサービス事業、消費者向けサービス事業、クレジット・カルマ事業、そしてプロタックス事業の4つに分かれています。最大部門である中小企業・自営業向けサービス事業では会計ソフトの「クイックブックス」が主力製品です。

2023年7月期決算の売上高に占める中小企業・自営業向けサービス事業の割合は55.9%で、クラウドを通じて提供するオンラインサービスが売上高全体の40.1%、パッケージ製品の割合が15.9%です。2019年7月期まではパッケージ製品の売上比率が高かったのですが、2020年7月期に逆転しています。この事業は営業利益全体の56.2%を占めています。メールを使うマーケティングツールで、2021年に買収したメールチンプもこの事業に組み込んでいます。

消費者向けサービス事業は2023年7月期決算の売上高の28.8%、営業利益の33.6%を占めています。主力製品は確定申告ソフトの「ターボタックス」です。米国の確定申告の提出期限が4月半ばに設定されているため、季節要因が激しいという特徴があります。例えば確定申告に関係のない2022年8-10月期には消費者向けサービス事業の売上高がわずか1億5000万ドルでしたが、2023年2-4月期には約22倍の33億4100万ドルに膨らんでいます。

クレジット・カルマ事業は、米国で個人の信用力とも言えるクレジットスコアを消費者に無料で提供するサービスです。2020年に買収を通じて傘下に組み込みました。クレジットカードの申請や個人向けローンの紹介などで手数料を得るビジネスモデルです。2023年7月期決算の売上高の11.4%、営業利益の5.3%を占めています。

プロの財務担当者向けにサービスを提供するプロタックス事業は2023年7月期決算の売上比率が3.9%、営業利益比率が4.9%です。

インテュイットは企業合併・買収(M&A)などを交えながら着実に成長しています。通期決算の売上高は2017年7月期以来、2023年7月期まで8年連続で2桁増。純利益の伸びにはばらつきがありますが、それでも8年連続で増益を達成しています。

【図表3】インテュイット[INTU]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は7月
【図表4】インテュイット[INTU]:株価チャート
出所:トレードステーション

フィサーブ[FI]、店舗向け決済処理事業が中核

フィサーブは決済や金融サービス関連の技術ソリューションを提供しています。商店をはじめ銀行やクレジットユニオン(信用組合)といった金融機関、企業が主な顧客です。セグメントは店舗向け決済処理部門、フィンテック部門、決済&ネットワーク部門に分かれています。

店舗向け決済処理部門は2022年12月期決算の売上高の41.1%、営業利益の36.8%を占める主力事業です。商店がオンラインまたは対面で安全に支払いを受け取るための技術的なソリューションを提供しています。

中小の商店向けでは販売時点情報管理システム(POS)を含む総合的な運営プラットフォーム「クローバー」が主力です。決済処理をはじめ、オンラインの注文処理や顧客管理などを一元的に担います。クローバーはクラウド上にあるソフトウエアを利用するSaaSで、ハードウエアも組み合わせます。大企業向けでは「カラット」という運営システムで、大規模処理を通じてコスト削減を実現します。

フィサーブは企業統合・買収(M&A)にも積極的で、2021年には主にレストランのマーケティング・プラットフォームを運営するベントー・ボックスを買収。2022年にはクレジットカードの加盟店を開拓するマーチャント・ワンを買収し、店舗向け決済処理部門に組み込んでいます。

フィンテック部門は売上高の17.9%、営業利益の18.4%を占めています。金融機関向けに業務効率化を実現するソリューションを提供するのが主なビジネスです。顧客の預金口座管理をはじめ、デジタルバンキングやリスク管理など多様な金融機関の業務をサポートするツールを提供します。M&A では2022年にクラウドベースの銀行業務ソリューションを開発するフィンザクトを買収し、フィンテック部門に組み入れました。

決済&ネットワーク部門は売上高の35.3%、営業利益の44.8%を占めています。金融機関や事業会社、公共部門を対象にデジタル決済取引に必要な製品・サービスを提供しています。クレジットカードやデビットカードなどの決済処理に加え、不正防止ソリューションやデジタル決済ソフトウエアの開発も手掛けています。

M&A では2021年にデジタルエクスペリエンス・プラットフォーム(DXP)を開発するオンドットの株式を追加取得して傘下に置き、決済&ネットワーク部門に組み入れました。

【図表5】フィサーブ[FI]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表6】フィサーブ[FI]:株価チャート
出所:トレードステーション

コインベース[COIN]、仮想通貨取引所を運営

コインベースはビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨(暗号資産)を取引するプラットフォームを運営しています。個人や金融機関などに利便性の高いサービスを提供しており、取引手数料や信用取引の金利などが主な収入源です。

個人向けではアプリを通じて取引や保管などが可能な総合的なプラットフォームを提供しています。非代替性トークン(NFT)や暗号資産などのデジタル資産を保有する電子財布「ウェブ3ウォレット」「コインベース・ウォレット」なども展開。利用者は100を超える国・地域にまたがりますが、米国が約40%、欧州が25%を占めています。

金融機関向けサービスの対象になるのは、資産管理会社、資産家、ヘッジファンド、銀行、決算プラットフォーム、上場企業、非上場企業などです。「コインベース・プライム」という総合プラットフォームを通じて取引、保管、投資、移管などが可能です。実際の取引は「コインベース・スポットマーケット」や「コインベース・デリバティブ・エクスチェンジ」で行います。

2022年12月期の実績では、コインベースの口座登録者数である認証ユーザー数が年末時点で1億1000万に達し、前年末の8900万から増えています。ただ、月間取引ユーザー数(MTU)は830万と前年の1120万から縮小しました。取引額は8300億ドルと前年の1兆6710億ドルから半減しています。

【図表7】コインベース[COIN]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表8】コインベース[COIN]:株価チャート
出所:トレードステーション

ブロック[SQ]、決済ソリューションでペイパルと競合

ブロックの旧社名はスクエアで、2021年12月に現在の社名に変えています。事業内容は商店向けの決済ソリューションサービス「スクエア」と「キャッシュアップ」の運営が中核で、ともにペイパルと真正面からぶつかります。

スクエアでは決済を中心に多様なサービスを商店に提供しており、業務の効率化を促しています。スクエア部門の2022年12月期の売上比率は38.2%、粗利益に占める割合は50.1%です。ペイパルがネット通販のオンライン決済、スクエアが対面のモバイル決済に強みを持つという分析もあります。

一方で、キャッシュアップは売上比率が60.6%、粗利益に占める割合は49.2%です。デジタルウォレットとして、個人間送金のアプリという土俵でペイパルのベンモとしのぎを削っています。

【図表9】ブロック[SQ]:業績推移(単位:百万ドル)
出所:RefinitivよりDZHフィナンシャルリサーチ作成
※ 期末は12月
【図表10】ブロック[SQ]:株価チャート
出所:トレードステーション