関税発動を回避する有効な円安是正とは?

為替調整協議の代表例は、1985年のプラザ合意だろう。ここで目指したのは行き過ぎた米ドル高の是正、実質的な米ドル切り下げだった。ただし、米国では伝統的に「強い米ドルは国益」という方針をとってきた。このため、プラザ合意の中では米ドルの切り下げではなく、「非米ドル通貨の対米ドルレートの秩序ある上昇が望ましい」となったのは有名な話だ。

「行き過ぎた米ドル高」はどのように判断され、その是正の目標はどう設定されたのか。ここで1つの参考になったのが購買力平価との関係であると見られた。米ドル/円はプラザ合意前に日米消費者物価で計算した購買力平価を上回っていた(図表1参照)。これは当時200円程度だった生産者物価で計算した購買力平価以下の水準まで下落させることを目指した可能性があった。

【図表1】米ドル/円と日米の購買力平価(1973年~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

この時の米ドル安・円高誘導は、G5(先進5ヶ国財務相・中央銀行総裁会議)の協調米ドル売り介入によって行われたが、250円程度から200円を割れるまで米ドル売り介入の水準を切り下げる形の強引なものだった。

ただ米ドル高是正の誘導目標は、より米ドル安・円高の日米輸出物価で計算した購買力平価が示す水準だったとの見方もあった。これは、米国の経常・貿易赤字削減の有効性を高めるためには適正水準以上の米ドル安・円高が必要との考え方によるものである。

プラザ合意を参考に考える

以上のプラザ合意を参考に、現在の米貿易赤字削減に有効な円安是正を考えてみよう。足下の日米消費者物価購買力平価は110円程度、生産者物価購買力平価は95円程度なので、実勢レートはそれより大幅な米ドル高・円安となっている。これを米貿易赤字削減に有効な為替レートまで調整を目指すなら、少なくとも100~110円を下回る米ドル安・円高を目指す必要が出てくるだろう。

ただし、米ドル/円は過去10年、日米生産者物価購買力平価以上の水準で推移してきた。1990年代まで日米輸出物価購買力平価まで米ドル安・円高になったことから大きく変化したが、これこそ日本経済の衰退という構造変化の影響が大きいだろう。そうした日本経済の実力を踏まえると、日米消費者物価購買力平価を大きく下回る水準まで米ドル安・円高の誘導を目指すのは非現実的ではないか。そこで別の「物差し」で考えてみる。

5年MA(移動平均線)で考える

米ドル/円は過去10年余り、過去5年の平均値である5年MA(移動平均線)より米ドル高・円安水準でおおむね推移してきた(図表2参照)。このような「平均以上の円安」が米貿易赤字の一因になっていたとするなら、これを「平均以上の円高」にすることで米貿易赤字削減を目指すという理屈はあるかもしれない。その場合、足下の米ドル/円の5年MAは130円程度なので、130円以下への米ドル安・円高への誘導を目指すことになるだろう。

【図表2】米ドル/円と5年MA(1980年~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

日米金利差との関係で考える

もう1つ、金利差との関係でも考えてみる。米ドル高・円安の動きは、2023年までは日米金利差(米ドル優位・円劣位)拡大で基本的に説明できるものだった。それが大きく変わったのは2024年以降で、これは絶対的に大幅な金利差をよりどころに短期売買を行う投機筋が円売りを急拡大した影響が大きかったと見られる。以来、日米金利差と米ドル/円の関係には段差が生じたままになっている(図表3参照)。これを2023年以前の金利差との関係に戻すなら、足下の米ドル/円は130円程度になるだろう。

【図表3】米ドル/円と日米の10年債利回り差(2020年~)
出所:リフィニティブ社データよりマネックス証券が作成

日米が金融・為替政策を緊密に協力することに合意するシナリオが現実的

ただし、「プラザ合意」で見てきたように、米貿易赤字削減に有効な為替調整という観点からすると、行き過ぎた円安を適正な水準まで戻すだけでは不十分で、ある程度行き過ぎた円高水準までの誘導を目指すことが必要になるかもしれない。そうであれば、120~130円の水準が目標になるのではないか。もちろん具体的な目標水準は格好の投機の標的となるため明示することはなく、あくまで非公式な位置付けになるだろう。

1985年のプラザ合意と比べて市場規模は大きく拡大しており、プラザ合意のように為替介入で米ドル安・円高に誘導するのは無理だろう。為替介入はあくまで行き過ぎた動きをけん制する、これまでの役割から変わらず、米国は長期金利の低下を目指す一方で、日本は金融政策の正常化を進めることで、秩序ある形での円安是正を目指し、日米が金融・為替政策を緊密に協力して合意するシナリオが現実的ではないか。