経済的威圧とは何か
経済的威圧(economic coercion)とは、政治的な影響力の行使を目的とした一方的な経済的措置を指す。特に近年、日米を含む同志国の間では、中国がその巨大な市場に対するアクセスや重要物資の独占的な供給力などを「武器化」することへの警戒が広がっており、様々な外交文書において、経済的威圧に対する取組みが言及されるようになっている。
日本では2010年9月、尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と中国漁船が衝突する事案が発生した後、中国がレアアースの対日輸出を一時停止したことが大きな衝撃を与えた。そのほか、中国がノルウェーのサーモン、豪州の石炭やワイン、台湾のパイナップルなどに課した輸入制限措置も経済的威圧の例とされる。
日本が議長国を務める2023年のG7サミットでは、経済的威圧への対応が重要テーマの1つになるとみられている。これに関し、西村経済産業大臣は2023年1月の記者会見で、経済的威圧に対し、抑止と影響の緩和という2つの側面から対応を検討していると述べている。
経済的威圧に対する抑止は可能か
ここでいう抑止とは、経済的威圧を行おうとする国の意思に働きかけ、その実行を断念させることを意味する。安全保障の文脈では、抑止は一般的に、相手国に耐え難いコストを課すことによる懲罰的抑止と、相手国の目標達成を妨げる能力を持つことによる拒否的抑止に分けられる。
西村大臣は米国での講演において、経済的威圧に対しては、相手のチョークポイント(急所)を把握しておき、対抗措置を講じることが必要かもしれないと述べた上で、国際協調による集団的な対応が、より効果的だと指摘している。G7が連携し、相手国が外部に依存する物資の供給を制限することなどにより、懲罰的抑止を図ることを想定しているとみられる。
欧州連合(EU)は2021年12月、対威圧措置(Anti-Coercion Instrument)に関する規則案を公表した。同規則案では、経済的威圧に対する最終手段として、関税賦課、輸入規制、サービス・投資制限、域内市場へのアクセス制限などの措置を講ずるとしており、一種の懲罰的抑止と見ることができるだろう。
こうした措置が、実際に抑止として機能するか否かは明らかではない。対抗措置は相手国との貿易制限を伴う以上、発動側の経済的損害も避けられない。痛みを伴う措置を確実に打ち出すことができるという信頼性がなければ、抑止は成立しない。多国間の調整が必要であれば、さらにそのハードルは高くなる。国際ルールとの関係をどのように整理するかも課題だ。
既に各国は経済安全保障の観点から、重要物資の国産化や調達先の多様化など、対外的な経済依存の低減に努めている。これは相手国による貿易制限の効果を軽減するという意味で、経済的威圧に対する拒否的抑止と捉えることもできる。
経済的威圧に対し、拒否的抑止に加え、懲罰的抑止をいかに構築できるかが今後の焦点と言えるだろう。
影響の緩和にも課題が存在
その一方、影響の緩和は、経済的威圧によって損害を受けた国の貿易転換を支援することにより、経済的損害を軽減することを指すと思われる。西村大臣は、中国が台湾産パイナップルの輸入を停止した際、日本で台湾産パイナップルを購入しようという動きが広がったことに触れ、経済的威圧によって被害を受けた国・地域を救済することの重要性を強調している。
2023年2月に米連邦上院に提出された経済的威圧対抗法案では、経済的威圧を受けた国の産品に対する関税引下げや貿易促進措置を講じる権限を、大統領に与える規定が盛り込まれている。こうした支援を同志国が協調して行うことはあり得るだろう。
もっとも、影響の緩和についても課題は多い。既存の貿易構造を前提としたサプライチェーンの転換には、相当の時間やコストがかかるだろう。また、被害国の産品の輸入拡大は国内産業の利害と抵触し得るため、政治的な困難を伴うかもしれない。被害国の損害をどのように評価・認定するのか、複数国間でどのように負担を分かち合うのかといった論点もあるだろう。
実効性を巡る課題はあるにせよ、経済的威圧に対し、同志国が連携して対処することの必要性は共有されており、対応策の具体化は加速するだろう。国際貿易を巡る、不確実性の高まりには注意が必要だ。
コラム執筆:玉置 浩平/丸紅株式会社 丸紅経済研究所 シニア・アナリスト