嘘には3つある。普通の嘘と大嘘と、統計である。
(箴言)

国土交通省が「建設工事受注動態統計」の調査票を建設業者から集める都道府県に対し、受注実績を実質的に書き換えるよう指示していた。長く二重計上が続いた理由については「理解が足りず実態をうまく把握できていなかった」と釈明した。ひとをバカにするのもいい加減にしろ。そんな戯言、言い訳にもならない。

心穏やかに年の瀬を迎えたいと願うのだが、この国の劣化を示す事例が、これでもか、と次々に出てきて、気分を害される。

先日の国会予算委員会での岸田首相の発言については、テレビやほかのメディアでさんざん批判したから、ここではもう書かないが、自社株買い禁止などということを国会で政治家が議論している段階で、終わっている。そもそも「この際、きっぱりと自社株買い禁止を」などと宣(のたま)った立憲の落合氏という方は、慶応の経済学部を出てメガバンク勤務の経験もある経済通とされているのだが、江田憲司氏の秘書だったこともある。「NISAに課税」といったあの江田憲司氏である。つまり、そういうレベルの人たちなのだ。それが我が国の国会議員である。悲しすぎる。

マーケットに対する政治からの逆風は続くだろう。なぜなら問題の根本は、「新しい資本主義」にあるからだ。岸田さんが反・新自由主義の旗を降ろさない限り、どうしたって反・市場主義的なスタンスが続くことになる。

資本主義を問い直すこと自体はよい。資本主義の再定義は世界の潮流である。ハーバードのレベッカ・ヘンダーソンによる『資本主義の再構築 公正で持続可能な世界をどう実現するかREIMAGINING CAPITALISM IN A WORLD ON FIRE』という優れた書籍もある。しかし、問題は、我が国の議論がそんなレベルに全然至っていないという点である。

いわゆる賃上げ税制が機能しないことは僕も当初からメディアで述べてきたが、一橋の野口悠紀雄先生が「経済原則に反する賃上げ税制、賃金ダウンの『逆効果』」(ダイヤモンド・オンライン)という明快な論考をされている。一読に値する。

昨日の日経新聞「経済教室」では学習院の宮川努先生がこう述べられている。

岸田政権の下で「新しい資本主義」を巡る議論が活発になっている。議論の出発点として日本での「資本」の現状を把握することは最低限必要な作業だろう。

そして日本の資本蓄積が停滞していることを示し、こう喝破されている。

経済成長や経済的豊かさが「資本」の蓄積により生まれるという考え方からすれば、日本は資本主義を再考する以前の国家になってしまったのではないか。日本の長期停滞を観察してきた海外識者が「Japanification(日本化)」を懸念するのは、資本主義がもつ活力を長期にわたり失うことへの警戒感からだろう。

「日本は資本主義を再考する以前の国家になってしまった」とは重い言葉だが、まさしくその通りだろうと思う。日本の株式市場、すなわち資本市場に関わる立場からすれば、「資本主義がもつ活力を長期にわたり失うことへの警戒感」 ‐ それが海外投資家の日本株離れの根底にあると危惧する。

暗い年末である。来年の相場展望も、明るいものは描けない。来年も冴えない、ぱっとしない相場になるだろう。理由はファンダメンタルズが悪化するからである。グローバル経済の成長率も減速するだろうし、日本企業の業績の伸びも今年度に比べて大幅に鈍化する。そこにアメリカの利上げが加わる。ECBも緩和終了に動く。こうした投資環境のもとでは、日本株相場はたいして上昇しない。日経平均でせいぜい3万8000円程度が上値だろう。4万円はおろか、89年末の史上最高値更新もできないだろう。冴えない年になりそうだ。日経平均で上値が3万8000円だとすると、ここからわずか9000円しか上がらないことになる。つまらない1年だ。日経平均の上値3万8000円の根拠はまた次回に述べる。