香港財政長官はブログで不安を払拭

去る5月28日中国政府は全人代で香港の治安に関する「国家安全法」を制定する方針を採択した。香港基本法第23条は、もともと、中国政府に対する「反逆、分離、扇動、転覆」を禁止する国家安全法を、香港政府が制定しなければならないと規定している。

これを受けてアメリカ・イギリスなどを中心に言論の自由・表現の自由が制限されるのではとの国際世論の幅広い批判が上がっている。このような中、香港はどうなっていくのだろうと漠然とした不安・関心を抱くのは香港市民のみならずアジアに居を構える一員として当然であろう。

この点について、香港財政長官の陳茂波(ポール・チャン)氏も6月7日のブログで明確にいくつかの不安を払拭する声明を書いている。立場上当然といえば当然であるが、同長官とは何度かお会いしてお話をしているが、会計士出身の長官らしいきっちりとした説明で読んだ方も納得感があるのではないか。

1つ目は現在の資本移動規制と香港ドルと米ドルのペッグが解消されるのではないかという懸念である。最初の資本規制に関しては断じて行わないとしており、 “Hong Kong dollar shall be freely convertible and capital can flow freely.(香港ドルは自由に兌換することができ、資本の移動は保障されている)” と言う強い表現で記している。

米ドルペッグ制に関しても、外国為替準備金が4,400億米ドル(約47兆円)あり、現在のマネタリーベースの2倍以上を確保しており、資金が香港から出ていることなく、ペッグ制の維持は全く問題ないとしている。実際に香港ドルの短期金利は米ドル金利に比べて1%以上高いこともあり、上限の1米ドルに対して7.75香港ドルに張り付いており、香港ドル高が続いている。

そして2つ目は、米国の対中制裁として、米国香港間の関税並びに先進技術輸出の優遇処置の停止である。これに関しては、香港製造業の生産額のうち米国への輸出は2%未満であり、これは香港の総輸出額の0.1%にも満たず、また一方で、米国からのハイテク技術・機器の輸入に関しても元々困難であることから、実際の影響は香港経済にとっては限定的であると述べている。

上記のようなコメントは、他の政府高官も行っているようであるが、いずれにしろ今回の国家安全法の香港に対する懸念を打ち消すのは今の香港政府の最も重要な仕事である。

中国企業が里帰り上場することのインパクト

このように世の中が動いているときには、心配事ばかりではないのは世の常だ。

例えば、米国証券市場に上場している中国企業は2019年2月現在で156社ある。当時の時価総額ベースで1.2兆米ドル(日本円で130兆円)にのぼる。そのうち、30%程度が中国政府系の企業であり、それらが米国市場上場を諦め、香港または中国本土上場に切り変えるだけでも、2020年5月現在4.3兆米ドル程度の香港証券取引所にとっては、大きなプラスのインパクトである。

つまり「里帰り上場が香港を潤す」と言う構図だ。しかも、今後、中国系企業が新規上場(IPO)を国際資本市場で狙うとなると選択肢は香港が最も有力となるため、香港証券取引所の未来は明るいとも言える。実際2019年は資本市場調達額としては、米国証券取引所を抜き、世界ナンバーワンの地位を獲得している。しかも、2019年は6月から半年以上反政府デモで市中は麻痺状態であったにも関わらずである。

「大湾区計画」に寄せられる期待

更に、財政長官ブログでも触れられているのが大湾区(Greater Bay Area)計画である。これは、広東省の9都市と2つの特別区である香港とマカオを一つの大きな地区とし、大規模な経済地区に育てあげる一大プロジェクトである。ここにはイギリスの人口より多い7千万人以上が住み、地域GDPも1.6兆米ドルの巨大な市場をより統合した視点で市場開拓していくことをめざしている。習近平氏の肝いりのプロジェクトである。

外資が今の香港の不安定さを嫌う隙間を縫って、地元資本が活発に動き出しているのには興味を惹かれる。特に、今まで760万都市香港だけに限られていた金融サービスが10倍のマーケットである大湾区全体に展開できるのではとの期待感があり、財政長官をして以下のような言葉がでてくるのは、不思議ではない。つまり蛇の道は蛇であり、ここに商機ありで、人々はコロナのソーシャルディスタンスを確保しながら動いている。

Hong Kong’s financial sector is looking forward to the establishment of a two-way wealth management connect scheme in the GBA, which would bring enormous business opportunities to the industry and its employees.(香港の金融セクターは大湾区における相互的な資産管理スキームの創設を心待ちにしており、それは金融セクターやその従業員にとって莫大なビジネスチャンスをもたらすだろう。)

確かに、1989年天安門事件の後に誰も手を付けなかった北京の目抜き通りの「長安街」不動産プロジェクトを全て請け負い、20年以上経過した後にREITを上場させて数千億円のキャピタルゲインを得たのは、何を隠そう香港最大富豪の李嘉誠氏である。世の中の人々の動きと反対方向に実は商機があるものだと学ぶべきものがある。6月4日は天安門事件から31年目である。