日本では依然なじみが薄いイスラム教だが、世界的には多数の信仰者を擁しており、訪日外国人増加等をうけ、ムスリム(イスラム教徒)の観光者を見かける場面も増えてきている。今月15日頃より、イスラム教にとって重要な季節であるラマダンが始まるため、これを機会に世界におけるイスラム教の広がりと、ラマダン時期の消費パターンについて確認してみたい。(注1)

まず、ムスリムの人口であるが、米国のシンクタンクPew Research Centerの調査によると、2015年の時点で世界人口の約24%を占め、キリスト教に次ぐ信仰者が存在している。そして、2060年には約31%に到達し、キリスト教の信仰者数とほぼ並ぶことが見込まれている。【図表1】

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また、「イスラム教」というと、アラビア半島で発祥したため、中東地域の宗教というイメージを持ちやすいかもしれない。しかし、国別信仰者数では既にインドネシアが世界第1位であり、次いでインド、パキスタンと続く。2050年にはインドが世界第1位の信仰者を擁すると見込まれており、既に「アジアの宗教」ともいえる状況であることは再認識しておく必要があるであろう。(注2)【図表2】

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●ラマダンとは
イスラム教を考える上で、ラマダンは欠かせないトピックである。ムスリム以外の人々にとっては「ラマダン=断食」といった印象が強いが、飲食が禁止されているのは「日中」であり、日の出前には「スフール」、日没後には「イフタール」という食事が摂られる。特に「イフタール」は日中の断食を経た後の食事であり、家族や友人が集まってにぎやかに食事が摂られることも多い。そして、ラマダン期間が終了すると、国によって異なるものの、1日~2週間弱の休暇期間に入るため、ラマダン期間、及びその後の休暇を含めて、日本の正月のような盛り上がりを見せることもある。
日中の断食で食事のありがたみを感じて神に感謝し、日没後は家族・親族が集まって豪華な食事を取ったり、街中に繰り出したり、はたまた熱心にお祈りを続けたりと、メリハリを効かせて信仰心を再確認する期間がラマダンの実情のようだ。「ラマダン」は必ずしもつらく苦しい期間とは限らず、だからこそ続けられているのかもしれない。

●ラマダン期間に消費は盛り上がるのか?
拡大するムスリム人口を背景に、その購買力にも注目が集まりつつある中、ラマダンでの消費の動きに目を向けてみよう。世界最大のムスリム国家であるインドネシアの小売売上高の状況が【図表3】である。

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前述のイフタールに備えて大量に食料品を買い込み、ラマダン後の休暇に向けてセールが開催されることもあるため、当該期間には消費が大きく伸びている傾向が確認できる。国によってはラマダンの時期に合わせてボーナスが支給されることもあり、消費を押し上げる要因にもなっている。(注3)
一方、総合的に見てラマダンが消費全体にプラスに寄与しているかは判断が難しい。【図表4】の通り、ラマダンを含む期間に自動車販売台数は極端に落ち込み、終了後に反動で増加する傾向もみられる。本質的には禁欲的な生活を送る期間であるため、自動車等の高額な消費は抑制されたり、長期休暇で故郷に帰省する人が多いことなどが自動車販売低迷の要因として考えられる。

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また、そもそも日中は飲食店が店を閉めていることもあり、ラマダンの習慣が無い非ムスリム(居住者・観光客)も、消費機会が自粛・制限される場合が多いため、日中の消費は極度に低迷する。当該期間は観光客や出張者が減るため、ホテルの稼働率が下がるという統計もある。
加えて、全てのイスラム国家に同様の消費トレンドが見られるわけではない。例えば、トルコでは小売売上高、自動車販売台数ともにラマダンの影響が見出せず(どちらも年末に盛り上がる)、一部で見られるような「ラマダンで消費が盛り上がる」といった指摘は必ずしも全体感を表しているとは言えないだろう。

●地域により異なるイスラム教との付き合い方
結局のところ、ラマダンが消費に与える効果は、分野、そして国によって多様であり、地域性、国民性にも左右されるだろう。
やはりイスラム教発祥の地である中東では厳格なムスリムも多く、ラマダンだけでなくイスラム教の戒律が厳しく守られている一方、アジアでは比較的柔軟な解釈、個々人それぞれの信仰スタイルが許容されている場合もあり、消費を含む経済活動もそれによって左右されるだろう。
ムスリム人口の拡大、ラマダンという宗教的イベントに絡めた商機を見つけようとする場合、その国の実態や業態に合わせて考える必要があるといえよう。

なお、ラマダン期間中は総じて集中力が低下し、人々はイライラしやすく、喧嘩や交通事故が多発するといわれる。(注4)
労働時間も短縮され、労働者は早く帰宅、もちろん公的機関も早めにクローズし、渋滞が始まる時間が通常より早まるなど、ラマダンの感覚が無い方にとっては日常生活やビジネスを行う上でリズムの変化に戸惑う場面に遭遇する可能性が高い。
従って、これからの1カ月にムスリムの多い国・地域を訪問される方は、くれぐれもラマダン時期であるという点にご留意いただきたい。

(注1)ラマダンとはイスラム暦の第9月を指し、当該期間は日中の飲食や、喫煙等の世俗的な欲を絶ち、信仰心を清め、神への献身と奉仕に没頭し、神の恵みに感謝するムスリムの宗教行為である。イスラム暦は太陰暦(平年354日)であるため、ラマダンは毎年11日ほど前にずれていく。正式な開始時期は新月の状況を踏まえて判断されるため、直前まで不確定であるが、今年は5月15日頃から約1カ月がラマダンに該当する見込み。
(注2)Pew Research Centerによると、東南アジアや北アフリカのイスラム教国において人口増加率が高いことが、世界におけるムスリム人口増加の最大の要因と分析している。なお、日本国内には2016年時点で約1万人の日本人ムスリムと約12万人の外国人ムスリムが在住するといわれている。
(注3)インドネシアでは、イフタールのことを「ブカプアサ」、ラマダン後の休暇を「レバラン」と呼ぶ。
(注4)空腹であることに加え、日没後にお祈りを繰り返し寝不足になる、といった要因があるとされているが、必ずしも統計的に事故の増加等は証明されていない。

コラム執筆:常峰 健司/丸紅株式会社 丸紅経済研究所

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