本日(16日)、市場では朝から首相官邸で開かれた「国際金融経済分析会合」の初会合に出席したジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授の発言が大いに注目を浴びることとなりました。この会合は安倍首相らと有識者が世界経済情勢について意見を交わすことを目的に、5月末の伊勢志摩サミットまでに5回以上開くことが予定されています。スティグリッツ氏は会合後、首相と個別に会談し「現在のタイミングでは(2017年4月に)消費税を引き上げるべきではない」と提言したことを記者団に明かしたうえで、日銀の量的質的緩和策については「限界に達している」とし、財政政策で需要を刺激すべきだとの考えを示したと伝えられています。
周知のとおり、スティグリッツ氏は2001年にジャネット・イエレン現FRB議長の夫であるジョージ・アカロフ氏らと共にノーベル経済学賞を受賞しています。また、スティグリッツ氏と元米財務長官のローレンス・サマーズ氏の2人は"世界の経済学の2本柱"と称されています。このことから、安倍首相はこうした世界的権威のお墨付きを得たうえで消費税率の再引き上げを封印し、積極的な需要創出策の論理的なバックボーンとする算段であると見る市場関係者も少なくはありません。
興味深いのは、前出のスティグリッツ氏、アカロフ氏、サマーズ氏のいずれもが、かつてマサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部においてケインズ経済学を学んでいるということです。だいぶ古い話になりますが、筆者は本欄の2014年6月25日更新分において「MIT人脈」の話題を取り上げ、実のところ前FRB議長のベン・バーナンキ氏や現ECB総裁のマリオ・ドラギ氏なども皆、MIT経済学部の出身であるという共通点に触れました。
なお、本日の会合後に石原経済財政・再生担当相は第3回の会合を3月22日に開く(第2回は17日)とし、その会合にニューヨーク市立大のポール・クルーグマン教授を招くと発表しています。クルーグマン氏は、内閣官房参与の浜田宏一氏との対話形式で綴られる近著『2020年 世界経済の勝者と敗者』(講談社刊)のなかで「消費税(率)を10%に上げるようなことは、絶対にやるべきではありません」、「(それは)日本経済にとって自己破壊的な政策と言わざるを得ません」とまで述べている人物です。
そして、同書のなかで浜田氏はドラギECB総裁の孤軍奮闘をたたえたうえで「ドラギ総裁の政策のバックボーンには、まさにクルーグマン氏が育ち、私も多大なる影響を受けたMITの精神──すなわち、国民の生活に寄与し、正しい経済理論については譲歩しないという伝統が息づいているのだ」と述べているのです。なお、同じMITの精神と伝統を受け継ぐ前出のスティグリッツ氏やサマーズ氏らは、古くから日銀の黒田総裁と深い親交を続けていることでも知られています。
こうしたことから、安倍首相はアベノミクスの理論的指導者である浜田氏や日銀総裁の黒田氏に加えて、スティグリッツ氏やクルーグマン氏など"ともにMITの精神を尊ぶ"人々で周りを固めて、何としても株価を吊り上げ、需要創出、デフレ克服を成し遂げることに強い執念を燃やしていると見ることもできるのではないかと思われます。
このところ市場では「年度末の株高」に対する期待が強まっており、その期待の背後には消費税の問題も含めた財政出動、緊急経済対策に対する期待があります。実際に株価が一段と上昇すれば市場のリスク選好ムードも強まり、ドル/円やクロス円にも一定の上値余地が生まれる可能性があると思われます。当然、第2回、第3回以降の国際金融経済分析会合の行方にも要注目と言えるでしょう。
コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役