昨日(28日)付の日本経済新聞夕刊(1面)に『原油安 鋼材輸出に影』という見出しが躍りました。昨年(2014年)秋以降の原油安によって米国で石油・ガスの採掘に関わる企業の業績が悪化し、結果的に掘削や輸送用鋼管の需要が落ち込んでいることにより、日本の鋼材輸出に悪影響が及んでいるという内容です。
原油安が石油・ガス掘削関連の設備投資にとってマイナスであることは歴史的に見ても明らかです。ただし、原油価格の下落の影響が関連設備投資の減少に顕著に現れるまでには半年程度のタイムラグがあると言われています。つまり、今年の4―6月期あたりが最も顕著であったということになるものと思われます。
一方、FRBのマクロ計量モデルである「FRB/USモデル」によれば、原油価格1バレルあたり50ドルの価格下落がGDPを押し上げる効果は3四半期後が最大で、その後は徐々にプラス効果が薄れて行くとされています。つまり、今年の7-9月期あたりに効果は最大となり、後に少しずつ薄らいでは行くものの2016年末ぐらいまでは残るというわけです。
ここまでを簡単に整理すると、米国経済にとって昨年秋以降の原油安は、今年の4―6月期あたりまで悪影響の方が顕著であったものの、その後はむしろプラス効果の方が大きくなり、その効果はしばらく持続するということになります。もちろん、原油安はドル高の一因でもあり、ドル高の状態が長引けば米国経済にはマイナスの効果が及ぶことも事実です。ただし、ドル高のマイナス効果は非常に緩やかな(かつ長期に渡る)もので、直ちに米国経済を大きく落ち込ませるという性格のものではありません。
ちなみに、原油安のプラス効果がかなりのタイムラグをもって顕在化するのは、ガソリン価格の低下などによる恩恵が本来最も大きいと考えられる中低所得層の実質的な購買力改善が当初は限定的なものに留まることによるものと思われます。ガソリンが少々安くなったからといって、すぐさま高額な買い物を次々とするわけにも行きません。
とどのつまり、米国経済の先行きを考えるうえで重要なカギを握るのは、やはり米国の家計消費全体の過半を占める中低所得層ということになり、その点においては今大きく2つの期待があります。一つは、昨年あたりからウォルマート・ストアーズやギャップ、マクドナルドなど、主に中低所得層が勤務する企業において賃上げの動きが拡がっていることです。もう一つは、来年の次期大統領選に向けた選挙戦がいよいよ本格化するなか、その最大の争点が「いかに中低所得層の支持を多く集めるか」にあるということです。
原油安にプラスの効果、マイナスの効果が其々あることはFRBも重々承知しているはずです。そもそも原油安の状態が続けば、なかなかインフレ率も上向いてはきません。そのうえで、イエレンFRB議長は年内の利上げ実施を示唆しています。7月の議会証言では「長すぎる先送りは(後々の)早い利上げを意味する可能性も」、「早目の初回利上げは(後々の)より緩慢な引き締め軌道を可能にする」とまで述べていました。
「初回利上げは早目に」、「2回目以降は緩慢に」が現実になるとすれば、初回利上げの時期に相前後してドルの強気相場は一旦ピークを迎える可能性があるものと思われます。ドル/円で言うと、今後一旦は127-128円あたりを試す可能性があるものの、初回利上げ実施後は一旦まとまった調整を交える可能性があるということになるでしょうか。「年内」というのであれば、そろそろ初回利上げ後のことも想定しておきたいものです。
コラム執筆:田嶋 智太郎
経済アナリスト・株式会社アルフィナンツ 代表取締役