一年に一度、土用の頃に鰻重を持ってやってくる知人が、今日も来ました。今日のは特に美味しかったなぁ。例年のように、昔話に花を咲かせました。昔とは、今から20年ちょっとぐらい前の、前職米系投資銀行時代の話です。
あの頃の私は、文字通り血気盛んで、喜怒哀楽が激しく、目の前のことに恐ろしく集中して、回りのことにあまり目が行き届かない状態でした。前にも書いたことがありますが、その頃のことはあまり良く覚えていないのです。マーケットや画面の中にあまりにも集中してしまい、その他のことが頭の中を通り過ぎてしまっている感じです。マーケットにしても、全体の文脈の中での目の前の事象の位置を理解することはなく、正に文字通り目の前のことだけに集中していて、同じマーケットの中でも、他の資産クラスや他の国のことはほとんど知りもせず、記憶もしていない始末です。とにかく視野が狭かったあの頃。
今は随分視野が広がり、様々なことを遠目に、そして色々な文脈の中で見て、捉えるようになりました。何故だろう?歳だからだろうか?人は皆同じように変化するのだろうか?答えは良く分かりません。経験の結果だと云うとそれらしいですが、若い頃の方が注意力や動体視力のようなものは優れていた気がします。様々な経験をする中で、痛い目にも遭いながらケース・スタディを積み重ね、それが引き出しとなってより広い範囲に気を配るようになる、との仮説もあり得ますが、そもそも広い範囲に目を向けていないのに、そういう範囲での事象に関するケース・スタディを重ねることは、帰納法的に矛盾があるように思われるので、やはり謎です。
前職の中でも昇進してそれまで知らなかったこと(マネジメントとか)をやらされたり、会社を創業してそれまで苦手だったことも含めてやらざるを得なかったり、そういう形で知らないこと・専門外のことが身の回りに増えていったので、新しい対処法を身につけていったのでしょう、恐らく。知らないことをすることには、そんな効用があるのですね。20年前からの訪問は、そんなことを私に思い知らしめるのでした。さて、またなんか知らないことに首を突っ込もうっと!