ムーディーズによる格下げ、市場への直接的な影響は限定的

5月16日、ムーディーズ・レーティングスは米国政府の信用格付けを最上位から一段階引き下げました。事実上の国債格下げです。大手格付け3社のうち、他の2社は過去に最上位から格下げを行っています。

S&Pグローバル・レーティングは2011年に初めて格下げしましたが、その際は株安の一方で米ドル高・金利低下となりました。市場はリスクオフ反応でしたが、債券やドルが買われた背景には、米国内で債務上限問題が決着したことや、同時期に欧州で債務危機が深刻化していたことがありました。

2023年にフィッチ・レーティングスが格下げした際は、株安・ドル高・金利上昇となりましたが、市場への直接的な影響は限定的でした。当時は利上げ最終段階であり、今後の経済・金融政策の行方に注目が集まる時期でした。

今回のムーディーズによる格下げは、現時点では市場への直接的な影響は限定的です。格付けはあくまで民間機関による意見表明であり、新たな材料を提供するイベントではありません。過去を振り返っても、市場のテーマは常に当時のマクロ経済環境に左右されています。現在は、トランプ政権の政策の行方が世界経済に与える影響に関心が集まっており、米資産からの資金流出が継続するかどうかが注目されています。

これまでも米ドル資産の比率は徐々に低下してきましたが、規模や流動性の面で米国市場に代わる存在は見当たりません(図表1)。急激な資金シフトは市場の混乱を招くおそれがあるため、今後も米ドル資産からの移行は緩やかなものにとどまると見られます。当面は、米ドル資産が運用の中核であり続けるとの見方に変わりはありません。

【図表1】外貨準備に占める通貨割合
出所:IMF

世界的に長期金利が上昇

米金利に上昇圧力がかかっています。特に長期金利の上昇が目立ちますが、これは米国に限らず世界的な傾向です。コロナ禍で財政支出が拡大し、持続可能性に疑問のある政府債務に金利市場が警鐘を鳴らしています。財政余力の乏しい日米では金利上昇が株安要因となる一方、財政余力ある欧州では財政支出が株高材料となります。

市場評価が過度に進んでいる面もあります。各国の格付けとCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の関係を見ると、米国の市場評価は実質的にBBB水準と、かなり低い評価ですが、政策の安定化が進めば再評価も期待されます(図表2)。

【図表2】各国格付けとCDSの関係
出所:Bloomberg

財政運営は予断を許さないものの、日本でも減税への慎重な姿勢や債券発行計画の見直しが進んでいます。米国でも4月、金利上昇を受けて一部の関税措置を90日間延長するなど、政策修正を余儀なくされました。

関税は景気下押し要因となる一方、減税は景気刺激策として期待されてきましたが、現在米国で審議中の減税策「OBBB(One Big Beautiful Bill)」のGDP押上げ効果は10年で0.8%にとどまり、効果は限定的です。今後も、金利上昇が政策余地を狭めることで、結果的に景気の鈍化が金利低下へとつながる可能性があります。

米10年金利は、健全な範囲内での動き

なお、債券の主要指標である米10年金利は、利下げ予想、つまり経済の見通しに沿って動いており、健全な範囲内での動きです(図表3)。その経済動向は、FRB高官の相次ぐ発言にもあるように、確認には数ヶ月を要するでしょう。その間金利は方向感を示しづらい展開が予想されますが、やがて景気鈍化の確認が金利低下を促すでしょうし、この不透明な時間帯はエントリーポイントとして魅力的なタイミングといえます。

【図表3】米10年金利と利下げ予想の推移
出所:Bloomberg

企業の設備投資意欲は減少

経済指標は関税前駆け込みとその反動で見えづらく、そのトレンド確認に数ヶ月を要しますが、目下の不透明感によって企業の設備投資意欲が減少していることは、今後の投資活動抑制につながる懸念が台頭しています。

【図表4】企業の設備投資マインドと資本財受注
出所:Bloomberg

投資妙味が増した債券は分散投資の有力な選択肢

米国経済はこれまで力強い成長を維持してきました。短期的には米国離れが分散投資のテーマのもとで進む可能性があるとしても、資産運用の中心としての米国の地位は当面揺るがないと見られます。米国の成長の恩恵を享受する手段として株式投資は依然有効です。また、金利上昇により投資妙味が増した債券投資も、分散投資の有力な選択肢となっています。

なお、年金基金の資金充足状況をみると、現在は余剰状態にあります。これは運用においてリスクをとる必要性が低下し、債券投資が選好される環境にあります。こうした買い手の存在は、中期的な金利低下圧力として期待されます。

【図表5】米年金基金の資金充足状況
資金充足状況は0を上回れば余剰状態、下回れば不足状態
出所:Milliman