将来のために、資産形成することは大切な行動ですが、いつの間にか「お金を貯めること=目的」になっている人は多いのではないでしょうか。お金はないよりはあったほうが幸せなのは間違いありません。でも、お金がたくさんあればあるほど、幸せかと言うと、そうとも言い切れません。

なぜなら、お金は使ってこそ価値があり、使うことで幸せを得られるものだからです。長い期間幸福度を高め続けてくれるものには、経験・思い出、健康、人間関係などがあります。

今回は、「幸福の最大化」を目指すために、どのような「お金の減らし方」が良いかを一緒に考えていきましょう。

お金を使わずに残していく人が多い理由は?

老後のためにせっかく貯めたお金をうまく使えていないという現状があります。

内閣府「令和6年度 年次経済財政報告(経済財政白書)」によれば、20代以降は歳を重ねるほど資産額が増え、60~64歳でピークを迎えます。65歳時点の平均値は1800万円、中央値は1000万円です。しかしその後は資産額があまり減らず、80歳時点で1~2割程度しか減っていません。

【図表1】年齢階層別の資産の保有状況
出所:著書「50代から考える お金の減らし方」(成美堂出版)より抜粋

将来何があるかわからない、寿命がどのくらいなのか分からない…、そんな不安に備えるために、ある程度のお金を貯めておくのは仕方ないことでしょう。しかし、老後の大切な収入である公的年金は死ぬまでもらえます。過度にお金を貯め込んでいてももったいないだけです。

そのようなジレンマを抱えている世の中に、大きな影響を与えたのが「貯金ゼロで死ぬ」をテーマにした書籍『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著、ダイヤモンド社)です。

同書では、「1000万円の資産があれば、1000万円分の経験ができる。そのお金を残して死ぬということは、使って得られたはずの経験を得られない。人生の最後に自身の記憶に残るのは『モノ』よりも、さまざまな経験から得た『思い出』なのだから、経験や思い出に惜しみなくお金を使っていこう」と説いています。

お金や時間を使えるときは限られています。いつか「スキューバダイビングがしたい」と思っていても、80代になってからするのは難しそうです。ですから、貯めたお金を使い、今しかできないことをするのも大切。お金を使うことで今の生活が充実し、その結果、人生の幸福度を上げることができるのです。

経験・思い出からは「記憶の配当」「幸せの配当」が生涯得られる

20代のうちに世界一周旅行をしたら、その経験を家族や友人に話したり、アドバイスをしたりできるでしょう。そして、そこから新たな出会いや交流、ビジネスが生まれたりするかもしれません。

経験から得られる価値は、時間が経つほど高まります。こうした「記憶の配当」からは「複利効果」が得られます。

また、経験を楽しむ能力は年齢が上がるにつれて低下します。健康状態がよくない場合、より早く低下すると言われています。したがって、お金を使う価値は若いほうが圧倒的に高いのです。

【図表2】年齢と活動能力の関係
出所:著書「50代から考える お金の減らし方」(成美堂出版)より抜粋

「記憶の配当」は「幸せの配当」にもなります。世界一周旅行の思い出も、思い出すたびに自分に喜びを与え続けてくれて、幸せを感じられるからです。大切な家族や友人と過ごした日常や旅行など、人は思い出を通じて人生の出来事をいつでも振り返り、再度体験できます。そして、そこからいつでも幸せを得ることができます。つまり、思い出は生涯にわたって「幸せの配当」を与え続けてくれるのです。

たくさんの思い出が積み重なるほど、複利効果によってその人の幸福度が高くなると考えられます。

人生の幸福度を高める「健康」「人間関係」「趣味」「文化芸術」

人生の幸福度を高めるものとして、「健康」「人間関係」「趣味」「文化芸術」が挙げられます。

幸福度を高める重要な要因「健康」

人生の幸福度を高めるために、まず重要なのが「健康」です。

マーケティング会社イプソスが30ヶ国を対象に行った調査によると、もっとも大きな幸福をもたらすもののランキング1位・2位が「身体的な健康とウェルビーイング」「精神的な健康とウェルビーイング」となっています。

【図表3】もっとも大きな幸福をもたらすものランキング
出所:著書「50代から考える お金の減らし方」(成美堂出版)より抜粋

経験を楽しむ能力に、健康ほど影響するものはありません。若いうちから健康に投資しましょう。健康で重い病気を予防できれば、生涯医療費も抑えられます。そして何より、さまざまな経験をする時間を長く持つことができ、人生が豊かになります。

幸福度を高める重要な要因「人間関係」

健康で幸せな生活を送るには、良い人間関係が必要です。

米ハーバード大学が1938年から続けている「ハーバード成人発達研究」では、2,000人以上の幼年期から老年期までの生活状況や健康を調査しています。それによると、50歳のときの人間関係の満足度が高い人ほど、精神的にも肉体的にも健康な80歳を迎えていると示唆されています。

また、人間関係の質も重要です。たとえば一緒に出かけるなど人間関係の向上に役立つことにお金を使えば、家族や友人、職場の仲間といった人とのつながりをともに深めることができるでしょう。

幸福度を高める重要な要因「趣味」「文化芸術」

人生100年時代のウェルビーイングをテーマに活動している「100年生活者研究所」(運営:博報堂)の調査結果によると、好きなことや続けていること(隠れ趣味)が4~6個ある人がもっとも幸せとのこと。生涯にわたって楽しめる趣味を見つけられると人生も充実するでしょう。

【図表4】趣味と幸福度の関係
出所:著書「50代から考える お金の減らし方」(成美堂出版)より抜粋

また、京都大学こころの未来研究センター(現在は「京都大学 人と社会の未来研究院」に改組)が行った調査によると、1年以内に文化芸術の鑑賞をした人や、実際に創作活動や演奏活動などをした人は、しなかった人に比べて幸福度に関わる指標がいずれも高かったとのこと。

コンサートや美術館、映画、歴史的な文化財といった文化的・芸術的なものに触れる機会にお金を使ってみることも、人生の幸福度を上げる要因のひとつとなるでしょう。

築いた資産を自分のために使い切るためのポイントは?

「幸福の最大化」を目指すならば、死を迎える時にお金持ちという「富の最大化」を目指すのではなく、「経験・思い出」「健康」「人間関係」「趣味」「文化芸術」にできるだけお金と時間を使って最期を迎えたほうがよいということです。

ただし、資産を使い切って死を迎えるというのは、現実的には難しいものがあります。なぜなら、寿命がわからないなかで資産を取り崩していくのは、ただ不安になるだけだからです。

そこで、死を迎えるときまで使わない資産額を決めて、心の安定資産として保有をする戦略を取ります。その資産自体がお金を生み出すモノに換えておくのがポイントです。

死を迎えるまでに使う資産は、資産寿命を延ばすために運用しながら取り崩して、幸福度を高めるモノに使っていきます。

【図表5】幸福の最大化を目指す戦略
出所:著書「50代から考える お金の減らし方」(成美堂出版)より抜粋

死を迎えるときまで使わない資産には、預貯金と「キャッシュフロー資産」を提案します。

高配当株、債券、REIT(リート:不動産投資信託)など定期的にキャッシュフローを生む資産を保有すれば、生涯不労所得を得られ、心理的な負担も減ります。いざとなれば売却できるという選択肢もあります。

キャッシュフロー資産はあくまでも資産の一部として保有し、残りの資産は運用しながら取り崩します。

取り崩しが終わっても公的年金はもらえ、キャッシュフロー資産は手元に残ります。キャッシュフロー資産からは、月数万円の不労所得が年金収入に加えてもらえ、収入がゼロになることはありません。

資産の取り崩しは「前半定率・後半定額」がおすすめ

資産の取り崩しには、毎月一定額ずつ取り崩す「定額取り崩し」と、毎月資産の◯%ずつ取り崩す「定率取り崩し」があります。

定額取り崩しは毎月取り崩す金額が一定なのでわかりやすく、生活費の目途が立てやすいのですが、資産の減りが早いのがデメリットです。

定率取り崩しでは定額取り崩しよりも資産が長持ちしますが、受け取れる金額が年々減ります。また、毎年取り崩せる金額が変わり、いくら取り崩せるかがわからないというデメリットもあります。

それぞれの取り崩しのデメリットを補完する方法として、資産が多いうちは定率で取り崩し、少なくなったタイミングから定額で取り崩す「前半定率・後半定額」というやり方をおすすめします。

【図表6】資産の取り崩しは前半定額・後半定率で取り崩し
出所:著書「50代から考える お金の減らし方」(成美堂出版)より抜粋

老後前半の元気なうちに「定率取り崩し」を行うことで、お金をたくさん取り崩して使うことができます。その後、定率取り崩しでは受け取れる金額が減る老後後半に、「定額取り崩し」に切り替えることで、受け取ることができる金額を維持しながら、「取り崩し資産」を最後まで使い切ることが可能です。

たとえ予想以上に長生きしたとしても、預貯金とキャッシュフロー資産が残っています。終身でもらえる公的年金もありますので、完全に収入がゼロになる心配はありません。心理的な余裕をもって過ごすことができるでしょう。