インターナショナル・ビジネス・マシーンズ[IBM]の主な事業セグメント

インターナショナル・ビジネス・マシーンズは、世界170ヶ国以上でビジネスを展開する大手IT企業。ダウ平均株価の構成銘柄の一つで、時価総額2,440億ドル、2024年12月期年間売上高628億ドルを誇る世界屈指のIT企業です。研究機関としても知られ、DRAMやフロッピーディスク、SQLプログラミング言語やバーコード、現金自動預け払い機(ATM)といった技術革新を数多く生み出してきました。

2024年には米国特許商標庁(USPTO)に2,465件の特許を登録し、世界第8位、米国内では第3位の実績を誇ります。世界12ヶ所に基礎技術研究所を持っており、量子コンピューターの開発にも取り組んでいます。

昔はハードウェアの提供を中心としていましたが、今では、AI、ハイブリッドクラウド、量子コンピューティングといった先端分野のITサービスを提供しています。現在、主な事業セグメントは、「ソフトウェア事業(2024売上高の約45%)」、「コンサルティング事業(約33%)」、「インフラストラクチャー(約22%)」の3つで構成されます。

1. ソフトウェア事業

ソフトウェア事業では、クラウド・AIプラットフォーム(Red Hat、Watson AIなど)、ハイブリッドクラウド向けソフトウェア(企業のオンプレミスとクラウドを統合)、セキュリティ・データ分析・アプリケーション管理ソフトを提供しています。ハイブリッドクラウドと AI 上でソフトウェアを構築、展開、管理できる唯一の企業です。

ハイブリッドクラウドと AI の相乗効果によりクロスセルとアップセルが促進されており、ソフトウェア事業はいまや150億ドル以上の年間経常収益を誇る基幹事業となっています。粗利益率が80%を超える高利益事業であり、ソフトウェア事業の成長によって同社が重視する税引前利益(PTI)マージンは、2020年の10%から2024年には18%まで上昇しました。なお、全体での粗利益率は56%と業界でも突出しています。

2. コンサルティング事業

コンサルティング事業は、IT戦略コンサルティング、クラウド・AI導入支援などを75ヶ国で提供しています。2021年から2024年にかけて、IT戦略で年間6%成長を、ハイブリッドクラウドサービスで年間15%成長を、そしてAIサービスで23%の成長を記録しました。また、この3年間で5,000万ドルを超える大型案件が2倍に増加しています。

フォーチュン500社の93%がIBMのハイブリッドクラウド製品やソリューションを利用しており、銀行、自動車、テレコム、メディア、リテイル、ヘルスケアいずれの業界に置いてもトップ10社と取引実績を持ちます。同社では、ソフトウェア事業とコンサルティング事業を成長の柱として事業比率を高めてきました。事業比率は2018年の50%から2024年には75%まで拡大しており、さらに80%まで高めたいと考えています。

3.インフラストラクチャー

インフラストラクチャー事業では、IBMメインフレーム(Zシリーズ)やストレージを提供しています。売上の8割は、全ての事業セグメントを利用する顧客から生まれています。クロスセルが機能しており、利益成長に寄与していると見られます。

ハードウェア企業からサービス企業へ転換

同社は1990年代からハードウェア中心の事業モデルからコンサルティングサービスやソフトウェア中心の事業モデルに舵を切り、さらにハイブリッドクラウドやAI、自動化といった先端分野のITサービスを提供する事業モデルへと事業転換を進めてきました。その流れの中で、ハードディスクドライブやパソコンに代表されるレガシー事業を手放し、またファブレス化のために商用半導体事業も売却するなど、成長分野に集中させるための事業整理を進めました。一方で、クラウドやAIの成長分野で多くの買収を行ってきました。2000年以降で行われた買収は150件を上回ります。

中でも2019年に買収したオープンソース・ソフトウェア&サービス・プロバイダーのRed Hat(レッドハット)は、340億ドルの大型案件で、現在、同社の事業のコア部分を担う存在となっています。この買収を機に同社はハイブリッドクラウドのリーディングプロバイダーとしての地位を確立しました。

買収以降、28ヶ国に新規参入し、海外売上は約50%に達しています。これらの結果、OpenShiftの収益は13倍以上増加し、2024年にはARR(年間経常収益)が約14億ドルに達し、Red Hatの売上は倍増しています。

成長の中核:ハイブリッドクラウド×AI技術

Red Hat拡大の原動力となっているのが「Red Hat OpenShift + watsonx」というハイブリッドクラウドとAIをかけ合わせたビジネスモデルです。ハイブリックラウドは、インターネット経由で提供される「パブリッククラウド」と企業内で独自に構築された「プライベートクラウド」を柔軟に組み合わせてシステム環境を構築する方法。例えば、データの機密性が高い業務はプライベートクラウドを利用するなど使い分けができ、データの管理やシステム運用の効率性を高める効果が得られます。

AI導入にはそれを支える環境が必要ですから、セキュリティリスクに対応でき、必要な時にスケールアップできる柔軟でコスト対効果の高いハイブリッドクラウドが最適と考えられています。同社のAIプラットフォーム「watsonx」は、このハイブリッドクラウドプラットフォーム「Red Hat OpenShift」に支えられているというわけです。

エンタープライズAIに特化

同社のAIはビジネスへの活用に特化したエンタープライズAI(企業向けAI)であり、ChatGPTのように一般消費者向けには展開していません。エンタープライズAI市場は、2024年の2,450億ドルから2029年には8,350億ドルへ成長する見込みです。企業の98%が生成AI(GenAI)を試験導入しているが、本格導入に踏み切ったのはまだ26%程度で、成長余地はかなり大きく残されています。

同社は、数十年も前からAI開発に取り組んできたパイオニア的存在です。同社が開発したコンピューター・チェス「Deep Blue」が世界チャンピオンに勝利したことで(1997年)、機械学習システムの成功が世に知れ渡りました。その後2006年に「IBM Watson(ワトソン)」が登場しますが、2011年にクイズ番組『ジョパディ!』で2人のクイズ王を破ったことで一躍有名になり、さらに2016年には白血病患者の病名を特定したことで世界を驚かせました。以来、同社の機械学習システムは、ビジネス、医療、研究開発などの分野で採用されています。

エンタープライズAIは、2023年に「watsonx(ワトソンエックス)」として登場し、音声認識(会議中の会話の文字起こしや文字の音声化)、画像認識(大量のデータから特定の画像を探すなど)、文書検索(取り込みからエンリッチ機能、チャットボットのような仕組みも作れるクエリー機能)、性格分析(買い物時の行動分析等)、感情分析(カスタマーサポートで活用)といった機能を持ちます。

そして、watsonxの特徴として競合(GoogleやOpenAI)との差別化ポイントとなっているのが、AWSやAzureなどのパブリッククラウドと連携できることです。例えばAWS上から、watsonxプラットフォームが使えるなど、企業はあらゆる環境でAI技術を使うことができます。これは、パートナーシップが拡大するほどにビジネスチャンスが増えるということになります。

2024年5月に開催されたIBMカンファレンス“ Think 2024”においても、AI活用の拡大に向けたパートナーシップの拡大が発表されました。これはAWSの「Amazon SageMaker」、Microsoftの「Azure Marketplace」、Salesforceの「Einstein」、SAPの「RISE」といった大手プラットフォームと提携を強化しIBM Granite(グラナイト)シリーズの利用を拡大しようという計画です。売上の50%を協業ビジネスで実現したいと考えています。企業の多くはパブリッククラウドを利用していることからも成長の原動力として機能するでしょう。

注目すべき特徴:オープンソース化

Graniteというのは同社が開発した大規模言語モデル(LLM、基盤モデル)です。大きくはプログラミング向けで、もちろんビジネスユースをターゲットとしています。そして注目すべきは、オープンソース化を実現していることです。市場にショックを起こしたDeepSeek R1がオープンソース化に成功していますが、オープンソース化しているとされるLlama 3.3や仏のMistralなどはダウンロードしてあくまでも自社用のAIとして導入できるというものです。

LLMそのものは非公開でAIモデルそのものを拡張することはできません。これに対して同社は、全ての人が基盤モデルの拡張に携わることができるInstructLabというオープンソースプロジェクトを打ち出しました。こちらは「オープンコミュニティの力で基盤モデルを進化させていこう」という取り組みです。「Granite」は、様々なビジネスニーズを満たすため、言語モデルからコード、地理空間データなど6種類のモデルがリリースされています。これを基盤にカスタマイズできるということになります。

提携の強化によってAWSやAzure上でAI製品を使えること、さらにオープンソース化によりコストを抑えながら法規制や事業環境に合わせてカスタマイズできるようにして、同社はより多くの顧客にアクセスできるようになります。企業のAI活用のパイそのものが大きくなり、将来的に同社の成長に繋がっていくのです。

また、AI技術の導入が拡大すると共に、複雑化により自動化の需要が増大していくと予想されています。これに対してもソリューションを提供しており、全方向からエンタープライズAIの導入を促進する体制が構築されています。

業績:AI需要を享受していることを確認、予想を上回るサプライズ決算

こうしたAI×ハイブリッドクラウド戦略が功を奏し、業績は好調に推移しています。「watsonx」を活用した生成AIビジネスの総受注額は、ソフトウェア事業とコンサルティング事業全体で2023年半ばから累計50 億ドルを超えてきました。前四半期から 20 億ドル増加しています。1月29日に発表された2024年第4四半期および2024年通期の業績は、予想を上回りました。第4四半期の売上高は前年同期比1.0%増の176億ドルで、市場予想の175億ドルを若干上回り、為替変動の影響を除いた場合の伸びは 2%でした。

AI需要を享受する勝者になる可能性

この10年で、AI、ハイブリッドクラウド、自動化、量子コンピューティングを中心とするハイテク企業へと変貌を遂げ、新しい成長ステージに立ったのではないでしょうか。AIの受注は急拡大しており、しっかりとエンタープライズAI需要を享受できていることが伺えます。

エンタープライズAIは、消費者向けと違って、実際に導入されるまでに検討から試験と色々ステップが多く時間がかかるものです。エンタープライズAIは、じわじわと広がっていくのでしょう。その反面、一度導入されると継続して利用される傾向が強いので、将来に渡る経常収益基盤がさらに成長する可能性があります。経常収益基盤による利益率の高いソフトウェア事業の成長により、キャッシュフロー創出力は高く、営業キャッシュフロー・フリーキャッシュフローいずれも長年プラスで推移しています。

この3年間においては、フリーキャッシュフローは2022年の93億ドルから2024年には127億ドルに増加しました。前年比成長率は14%と驚異的でした。売上高成長率よりも速いペースで成長していることから、フリーキャッシュフロー利益率は15%から20%まで大きく上昇し2024年には過去最高を記録しています。2025年には135億ドル、利益率21%が予想されています。この予想は市場予想の129億ドルを上回るもので、市場はこれを好感。決算発表翌営業日に株価は10%上昇しました。

なお、フリーキャッシュフローの成長は、利益成長だけではなく、設備投資の削減による効果も大きく作用しています。過去5年平均20億ドルだった設備投資額はこの1年では11億ドルまで縮小しています。フリーキャッシュフローは成長投資と株主還元の源です。

同社には100年に渡って培ってきた強い顧客基盤があり、ここへRed Hatを軸とした「ハイブリッドクラウド×AI戦略」を仕掛けることが出来ます。そこではクロスセルが生まれ、利益成長が促されることが期待されます。AI時代におけるAI実装企業として需要を享受していくことが出来る立場にあるといえるでしょう。

【図表1】インターナショナル・ビジネス・マシーンズ[IBM]年間配当推移
出所:Bloombergより筆者作成(1990年~2024年)
【図表2】インターナショナル・ビジネス・マシーンズ[IBM]とS&P500の株価推移比
出所:Bloombergより筆者作成