中国発AI、DeepSeekはヘッジファンドの社内プロジェクトから誕生
中国発のDeepSeekが公開したAI(人工知能)のLLM(大規模言語モデル)が市場の話題を集めている。米オープンAIが手がけるChatGPTやグーグル(アルファベット)[GOOGL]のGemini等、膨大な金額と時間をかけて開発しているモデルと同じ性能を600万ドルで開発したという発表は大きな衝撃となった。
DeepSeekは元々、中国のヘッジファンドHigh-Flyer社の企業内のプロジェクトとして始まった。半導体およびAI業界に特化した独立系調査分析会社であるSemiAnalysisの1月31日付けの記事「DeepSeekに関する議論:コスト、真のトレーニングコスト、クローズドモデルへの影響に関する中国のリーダーシップ」によると、High-Flyer社は取引アルゴリズムにAIをいち早く採用していたことが記されている。
High-Flyer社は金融分野以外におけるAIの可能性と、スケーリング能力について早くから気づいており、2023年5月にDeepSeek社を分社化し、より集中的にAI能力を追求するに至った。従業員数は200名弱と見られており、最新モデルである「R1」を開発するのにかかったコストは、わずか560万ドル(日本円にして約8億7000万円)と既存モデルの10分の1程度とされている。
米大手ハイテク企業を中心にさまざまな生成AIサービスがリリースされているが、優秀なAIモデルの開発はグーグルやメタ・プラットフォームズ[META]など、資金力のある一部の米国企業に独占されているのが現状だ。最先端のAIモデルを開発するためには、高額な最先端GPUを大量に確保し、高度な技術を投入する必要がある。このため莫大な予算が必要だと考えられていた。しかし、DeepSeekがこの前提を覆したため、AIにとってのスプートニク・ショックだと指摘されている。
DeepSeekはオープンソースによるモデルだと伝えられているが、関連する記事や資料等を見ていくと、オープンソースではなく、正しくは「オープンウェイト」による公開だということが指摘されている。オープンウェイトとオープンソースは公開する対象と利用の目的が異なる。オープンソースはソフトウェアの開発と改良が主な目的であるのに対し、オープンウェイトはAIモデルを利用し、応用することが主たる目的となる。
近年、AI開発の分野において、このオープンウェイトという概念が注目されているそうだ。オープンソースは開発に関わるソースコードが公開されており、自由に再配布したり、改変したり出来るのに対し、オープンウェイトは学習済みのAIモデルを公開し、それを誰もが自由に利用出来るようにすることを指している。トレーニングに膨大な時間と資金を必要とするAIモデルが学習済みの状態で公開されるため、商用利用を含む幅広い用途で利用されることが想定される。
「ジェボンズのパラドックス」でAI開発や収益化が加速する可能性
1月28日付けのブルームバーグの記事「Cathie Wood Welcomes AI Competition as DeepSeek Could Lower Costs(キャシー・ウッド、DeepSeekによるコスト低減によってもたらされるAIの開発競争を歓迎)」によると、ブルームバーグの番組に出演したアーク・インベストメント・マネジメントの創業者兼CEOであるキャシー・ウッド氏は、中国のDeepSeekの登場により人工知能分野における競争が起き、テクノロジー企業のコスト削減とプラットフォームの改善をもたらすというポジティブな展開だと述べた。
ウッド氏は、テクノロジー企業における「シェアのシフト」が起こりつつあるとし、「コストの低下は素晴らしいことだ。無理な状況にあったものを、DeepSeekが一歩前に進めた」と語った。アーク・インベストメント・マネジメントは、メタ・プラットフォームズやアマゾン・ドットコム[AMZN]といったハイパースケーラーの株式を保有しているが、ウッド氏はこうした企業もDeepSeekの技術やアルゴリズムの一部を利用してプラットフォームを改善できる可能性があると考えているようだ。また、トランプ米大統領がAIに対する規制を緩和すれば、イノベーションがさらに促進され、テクノロジー業界が活性化するだろうとし、「今は厳しく規制すべき時ではない」と語った。
日本経済新聞の1月29日付けの記事「DeepSeekショック2日目、M7株高に『ジェボンズの逆説』」も、同様にコスト低減のメリットを報じている。DeepSeekがAIの推論のコストを下げ、より良いモデルを早く安く開発できるようにするならば、端末側にAIを搭載する「エッジAI」の開発に有利になる。エッジAI対応のスマートフォンを手掛けるアップル[AAPL]は長期的にAIの恩恵を受ける主要な銘柄だと報じている。また、メタ・プラットフォームズやアルファベット、マイクロソフト[MSFT]についても開発コストの低下等からポジティブであるとしている。
マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、1月27日、ソーシャルメディアのXに次のように投稿した。
「ジェボンズのパラドックスがまた起きた!AI がより効率的かつアクセスしやすくなるにつれて、より使われるようになり、いくらあっても足りないほどの商品に変わっていくだろう」
ジェボンズのパラドックス(逆説)は、19世紀イギリスの経済学者ジェボンズが主張したとされ、技術の発展で資源利用の効率性が高まっても、全体としての資源の消費量は減らずにむしろ増えるというものだ。ジェボンズ氏が著書において、石炭の利用効率の向上と消費量の増加を例に挙げて指摘したものであり、近年では低燃費の自動車や省電力型のエアコンなどで、同様の傾向が見られるという。
前述の日本経済新聞の記事は、米企業による巨額のAI設備投資が正当化されるか、競争激化が旺盛な収益をむしばむのか、中国発のAI企業がもたらした衝撃の影響を見極めるにはまだ時間がかかりそうだとする。その一方で、ジェボンズのパラドックスが、AIインフラに巨額投資してきた米企業による開発促進や早期の収益化につながるとの楽観を支えていると指摘している。
DeepSeekはシンガポール経由でエヌビディア[NVDA]の先端半導体を購入か?
米ブルームバーグ通信が報じたところによると、米当局がDeepSeekについて、シンガポール経由でエヌビディア[NVDA]の先端半導体を購入したかどうか調査していることが明らかになった。第三国を迂回することで、米国の輸出規制を回避した可能性がある。すでに、米ホワイトハウスとFBI(連邦捜査局)は、東南アジアの仲介企業を通じての購入について調べているという。
エヌビディアが2024年11月20日に発表した2025年度第3四半期(2024年8~10月)の決算は、売上高が前年同期比94%増の350億8200万ドル(約5兆4500億円)、純利益は1年前の約2倍となる193億900万ドルだった。売上高、利益とも市場予想を上回り、四半期ベースで過去最高を更新した。


2022年10月に米商務省から先端半導体の対中輸出規制が出されてからというもの、エヌビディアは規制の網にかからないように性能を落とし、仕様を変更した中国向け製品を開発し投入してきた。しかし、規制の強化により、こうした商品にも網をかけられた状態になっていた。まだ調査中であり、事態が刻々と変化しているため、第三国を経由しているのかどうかについては確定した話ではないものの、シンガポール、中国という点のつながりが改めて浮かび上がってきた格好だ。
短期的にはエヌビディア株への大きな影響も懸念
今回のDeepSeekの登場がエヌビディアの業績にどのように影響するのか、それを探るためには台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)[TSM]の動向を見ておくことが必要になるだろう。
前回のコラム「台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)の1強体制、強さの理由は?」で取り上げたように、エヌビディアが開発、設計した最先端の半導体はTSMCで製造されており、目下のところTSMCの業績は好調だ。
2024年度第4四半期時点の売上高と純利益はともに過去最高を更新、営業利益率は50%に迫っている。エヌビディアなどが開発するAI半導体の生産をほぼ総取りしており、最先端ロジック半導体の生産シェアは6割拡大している。

前回のコラムでは最大の懸念材料として、トランプ政権による「米国第一主義」を指摘した。シンガポールを迂回してエヌビディアの最先端半導体が中国に流れていることが明らかになるという事態になった場合、関税や輸出規制の強化ということにもなりかねない。短期的には上記調査に関する報道で株価が大きく揺さぶられることも想定される。
DeepSeekの出現は、米国のテクノロジー企業の「成層圏のバリュエーション」に疑問を投げかける可能性があると、ドイツ銀行は言う。DeepSeekショックの衝撃は、今のところはグレースワン(灰色の白鳥)だが、米国株にボディ・ブローを放ったことは間違いがない。
ブルームバーグのMark Cudmoreは以前、DeepSeekの登場は世界の成長と生産性にとって素晴らしいニュースだと述べた。しかし、この新しい無料オープンソースの大規模言語モデルは、米国メガ株がAIの研究開発に支払っている多額のプレミアムを損なうものであり、この開発は15年にわたる米国株式市場の例外主義を終わらせるきっかけとなり得ると警告した。