◆壷が2つある。壷Aには、黒玉50個と白玉50個が入っている。壷Bにも黒玉白玉合わせて100個が入っているが、白黒の配分はわからない。目をつぶって壷の中から1つ玉を取り出して、色を当てるゲームをする。取り出した玉の色が、前もって宣言した通りだったら、賞金がもらえる。Aの壺は白黒半々だから、たとえば「白玉を取り出す確率」は50%とすぐわかる。Bの壺の場合はその確率はわからない。どちらの壺を選んで色当てゲームをするかという実験をすると、みんながAを選ぶ。これは行動経済学の分野で「エルスバーグの実験」として知られる有名な実験結果である。
◆先週金曜日、日経平均は454円安と大幅に下落した。地政学リスクが警戒されたことが急落の背景である。地政学リスクとはある特定地域の政治的・軍事的・社会的な緊張が高まることによって、世界経済への影響が不透明になること。主に、地域紛争やテロなどがその要因である。この日は、経済制裁を巡る西側諸国とロシアの関係悪化、ウクライナ情勢の緊迫化、イスラエルのガザ侵攻、エボラ出血熱の深刻な拡大など、地政学リスクが徐々に高まっていたところに、米国のイラク空爆承認というニュースがとどめを刺した。
◆マーケットの世界では「不確かなこと」を「リスク」という。リスクには2種類のリスクがあって、ひとつは不確かながらも確率計算で起こり得る範囲がある程度、把握できるもの。株価の変動率などはこちらのリスク。もうひとつは、まったく予見不可能なもの。そういうのを「真の不確実性」といい、地政学リスクはこちらのリスクである。そして、「エルスバーグの実験」からもわかる通り、ひとは不確実性のリスクをより嫌う傾向がある。だから、これだけ地政学リスクが重なると、不確実性が高まり過ぎて許容できるリスクの量を超えてしまった。それが金曜日の暴落である。
◆「エルスバーグの実験」だが、このゲームで「賞金を貰える確率」という点では実はBの壺も半々50%なのだ。詳しい説明は省くが、白黒の比が6:4であっても、7:3であっても、「白玉を取り出す確率」ではなくて、問題は「宣言通りの色の玉を取り出す確率」だというのがミソである。よく考えれば確率は同じだが直観的にはわからない。人間がいかに非合理的な意思決定をするかという見本である。
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト 広木 隆
【補論】 「取り出す玉は白」と宣言したケースで、白が70個の場合は70%の確率で正解となるが、白が30個の場合は正解率は30%、平均すると5割の確率で当たる。「取り出す玉は黒」と宣言するケースもまったく同様である。白黒の比が6:4であっても、7:3であっても、足すと100%。つまり6の裏には4があり、7の裏には3がある。これを難しい言葉でいうと「確率の加法性」という。「エルスバーグの実験」が示したひとつの結論は、人間の主観に基づく確率では加法性が成り立っていないということである。